JD-132.「人を継ぐ者」
「そういえば、そもそもなんでアンタたちは人の言葉が喋られるわけ?」
「実は中身は人間……なんてことはないよねー」
コボルト2匹に先導されて、みんなして森を歩く中そんなことをルビーが聞いていた。フローラの言うようなことはたぶんないと思うけど……どうなんだろうな。
前に出会ったコボルトは何か叫ぶし、仲間同士だと会話はしてるようだけど話が通じる様子はなかった。
見た目の綺麗さはともかく、コボルトはコボルトだと思うんだよな……。
『おいらの爺ちゃんの爺ちゃんぐらいの時に、人間がこの森にやって来たんだ。ボロボロの格好でね。
でも人間たちは強かった。そんな姿でも襲い掛かるオークなんかをえいやって倒してたらしいよ』
『細かい話は後でいいだろう? それより……やれるのか? 頼んでおいたこっちが言えることじゃないけど』
体の造りはやはりコボルトということで、多少聞き取りにくいけどしっかりと人間の言葉をしゃべるし、話が通じるコボルトという面白い相手との会話。
どことなくマリルを思い出すけど、かなり状況は違うようだ。犬のような顔を器用に心配を張り付けた顔にしてこちらを見てくるコボルト兄にみんなの代わりに力強く頷いて見せた。
「少なくともつかまったコボルトを逃がす時間ぐらいは作れると思うよ」
「そうなのです! トール様は見捨てないのですよ!」
「うん……ジルも頑張る」
コボルトを勇気づけようとしてか、いつもより強めに声を上げる2人に対して、ルビーは静かに周囲を睨みながら歩いていた。
今のところ、オークの気配は感じないけれど……何か気になることがあるんだろうか?
「マスター。助けるのは賛成ですけれども、その後はどうしますか? 私たちは部外者ですの」
『安心してくれ。この依頼が終わったら自由だ。そりゃあ、終わったその場でばっさり斬りかかってこないでくれるとありがたいけどよ』
思った以上にこのコボルトは頭がいいように思える。物事を良く知っていると言っていいのかもしれないね。まさかコボルトの口から皮肉のような言葉を聞くとは思わなかったよ。
苦笑しながら、そんなことはしないさと答えるにとどまった。
しばらく歩いていると、2匹の足が止まる。そのまま鼻をひくひくとさせて何かを嗅いで……。
「下がって!」
「そんな奇襲では通じないのです!」
比較的見晴らしのいい獣道のような道の先から、殺気と共に何かが飛んでくるのがわかった。俺は咄嗟に前に出て、ニーナと共に岩壁を作り出してそれを受け止める。軽い音を立ててはじけるということは矢か何かだろうか?
散会して、コボルト2匹を守るような位置に散らばる俺たち。その視線の先に……大き目の体が見えてきた。
何度か見た覚えのある姿、オークだ。やや大きいような気がするが、見た目そのものは他の土地で見た相手とそう変わらない。
新緑とも黒とも判断が付きにくい肌が特徴だろうか。強い種となっていると想定して動いたほうがよさそうだ。
『あいつらだ! くそう、父ちゃんたちを返せ!』
「ここはジルたちにお任せ、だよっ」
駆け出そうとするコボルト弟を押しとどめ、ジルちゃんが掛け声1つ、走り出した。いつかのように焦りを持った突撃じゃなく、自分たちにオークの気を引くための動きだ。
増援に警戒しつつ、俺達もオークとの間合いを詰めていく。余分な脂肪のなさそうな姿はその内包された力を感じさせるが、負けてあげるつもりは全くないね。
そんな姿でも豚のような声を上げ、こちらに襲い掛かってくるオーク達。彼らは人の言葉はしゃべらないようだ。
フローラとラピスの援護射撃が背後から抜けていくのを感じながら、一番近くの相手に聖剣を振り抜いてまずは腕1本を貰う。よほど自信があったのか、悲鳴を上げるまでに少し時間がかかった。
仲間の悲鳴に他のオークが思わずそちらを向いたようだけど、それはこちらにとって大チャンスだ。
「炭になりなさい!」
「えいっ、やっ!」
大人と子供……まあジルちゃんたちはいつでも子供な姿だけど、体格差を逆に生かして懐に踏み込んだルビーの手から貴石術の光があふれ、その力はオークの胸元で相手の命を刈り取る光となった。ジルちゃんは踊るように両手に生み出した剣で切り裂いている。
1匹、また1匹と倒れていくオーク達。コボルト兄弟はその間、ニーナによって守られており無事だ。
自分たちが思ってる以上に俺達が強いことに驚いているようであった。まだまだ慢心するわけにはいかないけど、少しはやれるようになってきたのかな?
10匹ぐらいはいたオークが全て沈黙したのはそれからすぐの事だった。石英を回収し、牙等の素材になりそうな部分を一応切り取っておく。
今のところ、増援の類は無いようだけど……そうするとコボルトの連れていかれた先に改めていかないといけないわけだ。
『行ったことはないけど、オークが住んでるならこっちだよ』
『父ちゃんたちがいつも、こっちには行くなって言うからな……たぶん間違いない』
きっと家族が心配なんだろう。見慣れていないコボルトの顔だけど、それでも表情がわかるほどだ。
俺もみんなもその表情に心を打たれ、自然と歩く足にも力が入る。これ自体が罠かもしれない、と考えるのが正しいんだろうけど今はそういうことを考えることができなかった。甘いかな?
「コボルトで無事なのがあんたたちだけってことは無いわよね? 他のコボルトは村か何かで待ってるの?」
『うん。柵を作って、穴も掘ってる。今回は外に出てた時を襲われたんだ……急だった』
その後も移動しながらなのでとぎれとぎれとなった話をまとめていくと、コボルトの集落は彼らが知っているだけでもこの地域に20以上あるらしい。オークの集落もまた。離れた場所にだがいくつもあるそうだ。
仲良くとまではいかなくても、これまでは襲われるようなことはほとんどなかったらしい。大体は縄張りに入ったからという理由だけだったそうだが……。
オークが何故急にコボルトを襲うようになったのかはわからないけれど、少なくとも話が通じる方へ肩入れしたくなるよね、うん。
いくつかの川を越え、少し開けた場所にやってきた時に俺は足を止めた。みんなもだから気のせいじゃないんだろうね。
どうも、空気が変わったというか、コボルトの土地からオークの土地に変わった、そんな印象を受けたんだ。
何の根拠もないのだけれど、警戒して置いて損はなさそうだった。
「……ねえ、アレがあるんじゃない? 人間の使う結界みたいなのが」
「えー、オークにそんな器用なことができるのかなー? ボクは無理だよー?」
ルビーとフローラの会話を聞いて、感じたもののが似ている物を思い出した。確かにあの街にある結界と近いような気がする。
感じとしてはすごく原始的な、荒い感じだけどそう考えると逆にすっきりする。
人間の使う物をモンスターが使わないなんて決まってるわけじゃないもんね。おまじない程度かもしれないけれど、オークがそういったことをしていても不思議じゃない。
でも……もしそうなると、オークもそれが必要だと感じる外敵がいるということになるのだ。
「トール様、気を付けるのです」
「思ったよりも厄介なことになるかも……しれませんわね」
ごくりと、誰かの喉が鳴ったような気がした。死角が出来ないように、互いをカバーしあいながら確実にオークの領土であろう場所を進んでいく。しばらく進むと、音が聞こえた。
何かが争い合うような音だ……。
『っ! 父ちゃんの気配だ!』
『あっ、待ってよ兄ちゃん!』
俺達が周囲を囲む中、止める間もなく駆け出してしまったコボルト2匹。俺達も慌てて彼らを追いかけ始める。
気のせいじゃなければ、聞こえてくるのは……オークの悲鳴だ。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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