JD-131.「噂の真実は?」
「喋るコボルト……?」
「おうよ。だいぶ前、北東の森で見たんだよ」
俺と同じように、熱めのお湯に体を沈めている冒険者の話に思わず問い返してしまう。風呂の席での冗談……とは思えないな。コボルトって元々何かしゃべるけど、わざわざいうからにはそういうことじゃないんだろうね。
「俺もコボルトぐらいじゃ稼ぎにならんから、見逃そうと思ってその場でじっと見てたらよ……覚えてろ!なんて叫んで逃げてったんだよ。驚いて追いかけるのも忘れちまったよ」
「へー……俺も喋るアザラシみたいな種族を知ってるんですよ。そういうのかもしれないですね」
海辺で出会った喋る知識人、シルズ……一見するとアザラシだけど貴石術の腕前は見事だった。出力というべき強さはジルちゃんたちや俺の方が上っぽいけど、その運用は目を見張るものがある。ホバー移動のように滑って動いていくのは今も真似できないからね。
その後もどの辺で見かけたのか、なんてことを聞きながらお湯の温かさに思わず天井を見上げてしまう。
調子に乗った俺達は、地球にいたころの銭湯のような大きさでお風呂を建築してしまったのだ。もちろん、許可はもらったうえでね。最初は普通の宿屋が使いそうなぐらいの大きさだったのに……どうしてこうなったのか。
出来上がって二週間。最初は怖い物見たさ、ぐらいで利用していた人たちも最近じゃあ管理が大変なほどだ。
本来なら薪も消耗が激しいところだけど、各地で研究が進む石英を燃料にした道具の改良、開発の成果がそれを解決した。
まあ、いわゆる湯沸かし器だ。前からあったものがかなり性能を向上できたらしく、このぐらいの湯船の水も良い効率で温めることが出来る。
石英の代わりに自分のマナを注ぐことでもちゃんと動くようになってるそうで、新しい仕事が産まれているそうである。
「依頼終わりにここに来ると一日がちゃんと終わる気がするんだよな……」
「わかります。ええ……」
裸の付き合いとはよく言ったもので、この場所で話す相手はよくしゃべる。うっかり長風呂してしまいそうなほどに有意義なことが多いのだけど、俺は大丈夫でも相手がのぼせることがあるのでほどほどに、だ。
お風呂の温かさは感じるのに状態異常に強くなっているというのは不思議な感覚だった。
長風呂が出来て嬉しいと言えば嬉しいけれども……ジルちゃんたちは大丈夫かな?
どちらかというと、おしゃべりに夢中になるであろう女性たちの方が心配だけど……。
「人間の言葉をしゃべるコボルトですの? 面白そうですけど……」
「わんわん、仲良くできるのかなー?」
「逃げてくんじゃないかしら……」
お風呂上り、ほかほかとしたみんなの姿は正直色々と来るものがあるけれど、話は真面目に行かなければいけない。
なぜか膝の上というか入り込んでくるジルちゃんをどかすことも出来ずにその体温を感じるばかり。
持って行かれそうになる気持ちを話に集中させるのは大変だった。
「シルズの人みたいに交流が出来たらいいのです!」
「ボクはふわもこしてるのかが気になるなー」
どうやら反対は無いようなので、明日にでもその場所に行ってみることが決まる。みんな、新しい物が好きだよね。
可愛い感じのとか、女の子が好きそうなものは大体好きだ。これはもしかしなくても、俺がみんなが石の状態の時に語り掛けていた設定が反映されているからだとは思う。
でも、その時に考えていた設定とは結構変わってきているというか、より人間らしくなってるんだよね。
不思議な事ではあるけれど、歓迎すべき状況だと思う。
「ご主人様、お団子作る? わんこ仲間になるかな?」
「鬼は……たぶんいないんじゃないかな。いや、もしかしたらいるのかな?」
俺達はまだ世の中を全部見て回ったわけじゃないし、オークとか鬼っぽいといえば鬼っぽい。そのものずばり、オーガなんてのがいたって不思議じゃないと思う。オーガの住む島、なんてのはありきたりかな?
「後は鳥と猿も探さないといけないわね」
「おじいさんとおばあさんも必要なのです!」
その後も火照った体をゆっくりと冷やす楽しい時間は過ぎていき、気が付けばみんなしてベッドで眠りつにいていた。1人じゃないって、安心して寝られると思うんだ、うん。
翌日、喋るコボルトがいるという森へ向けみんなそろって歩き出す。場所自体はそんなに危険が無いはずというか、これまでモンスターが襲撃してくることが無かったし、開拓の進んでいない方向なんだよね。
森がずっと広がっていて、開拓するにも手間のかかる大自然らしいのだ。
その分、薬草なんかも色々あるそうで、そういう依頼のために冒険者が出入りすることはあるのだとか。
「マスター、このあたり……少しマナが濃いですわね」
「確かに、これが緑の匂いが濃い、みたいな感じだったんだ」
森に1歩、足を踏み入れてすぐに感じた物。それは空気の違いというか、ラピスの言うようにマナの濃さの違いだった。
過剰という感じではないけれど、人間のいる場所が随分と薄く感じるね。
「その分、モンスターが強力かもしれないわよ? 油断しては駄目よ」
「ルビーはいつも真剣で頼りになるよね! ボク、尊敬しちゃうなー」
フローラのように大きな声を出していたら警戒も何もあったものではないのだけど、それはそれ。
逆に相手が気が付いて先に動いてくれるなら気配を感じられることもある。そう、今回のように。
木の上とかじゃなく、普通に少し先から何かが走ってくる。しかも複数。でもこの感じは……。
「? トール様、小さいのが来るのです。たぶんコボルトぐらいです?」
ニーナの言うように、俺の感じた気配もコボルトサイズの物だ。と、視界の先に飛び出てくる予想通りのコボルトが2匹。
以前見たようなぼさぼさっとした感じじゃなく、もふもふっとした感じで手入れもされているように見えた。
『やっぱり人間だ! やったよ兄ちゃん!』
『馬鹿っ! 話を聞いてくれるとは限らないだろ! 急に飛び出して!』
「……仲良しさん?」
思わずジルちゃんがそうつぶやいてしまうほど、予想外の言葉がコボルトから飛び出してきた。
そのギャップに、聖剣に伸ばしていた手を元に戻してしまう。こうなるとなんというか、戦う気は無くなっちゃうね。
「あー……別にコボルトを倒しに来たわけじゃないんだ。喋るコボルトがいるっていうからどんなのかなって」
「うんうん。ボクたちとお話しよーよー!」
出来るだけ圧迫を感じさせないように柔らかく話しかけてみると、続いたフローラの言葉に2匹がピンと耳を立てて反応した。
そういえばさっき、話を聞いてくれるとは限らない、とか言ってたよな……。
「アンタたち、人間に何か依頼でもあるの? いうだけ言ってみなさいよ」
「そうですわ。話だけならタダですもの」
真面目な会話の割に、ルビーの瞳が見るのはコボルト2匹のふわふわした尻尾。揺れに反応して彼女の瞳も動いているようだ。
まあ、俺から見てもこのコボルトにはなんというか、文明を感じる。少なくとも野良暮らしということはなさそうだ。
『悪いけど、すぐに信用は出来ない。だけど人間は報酬は裏切らないって知ってる。実は……』
兄役らしいコボルトの語る内容に、ジルちゃんたちの顔から笑顔が消え、真面目な物となっていくのはすぐの事だった。
俺もまた、手助けしてあげようというつもりになっていた。オークの一団にコボルトが襲われ、家族を攫われたという話に……。
人以外の、人とは何か?を問いかける戦いの始まりだった。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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