JD-128.「蒼の刃」
地上をひた走る私たちの視線の先で、マスターとフローラちゃんが巨大亀に襲い掛かるのが見えました。
マスターの記憶にあるような特撮……でしたっけ?のような体格差には驚くほかないですけども、やってやれないことはない、そう思うのも事実ですの。
実際、私たちの手には力があります。不利を覆し、勝利を引き寄せる力が。
「ラピス、私やジルがなんとかしてアレを取ってくるからすぐに取り込んじゃいなさいよ」
「ええ、もちろんですわ。そのつもりですもの」
すぐ隣を一緒に走るルビーに笑みを返し、私は手の中に水の刃を生み出します。かつて、まだ宝石でしかなかった私を持ちながらマスターは色々と話しかけてくださいました。
きっとマスターはそこまで覚えていませんし、私だってそんなことを言われたような気がする、というぐらいの記憶。
ですけど、それは私だけじゃなくみんなの大元にしっかりと刻まれたマスターとの絆に他なりません。
「読めたのです。そこっ!」
じっと何かを考えていたニーナの叫びは力となって巨大亀の足元に飛びました。その結果は……大穴。
そこだけ急に陥没したかのような穴に巨大亀は足を取られ、斜めに傾いて倒れそうになります。
その隙にと攻撃を集中させる周囲の冒険者さん、そして私たち。
「この亀さんはどこかに連れてってくれるかな?」
「たぶん無理ねっ! ほらほら、行くわよ!」
こんな時でも可愛らしく、本人はそのつもりが無くてもくすっとしてしまう言葉を発するジルちゃん。
ルビーも釣られて笑みが浮かんでいるようですけど、せかすように走り巨大亀の甲羅に飛び乗っていきました。
私はその間、ニーナとも協力して巨大亀の足元を固めてしまいます。
すぐに砕かれそうな気もしますが、それでも稼げる時間は貴重な物。その間にも周囲からの攻撃による音が響き渡っています。
(随分と硬いようですわね……)
甲羅が駄目なら生身の部分に、と切り付けている男性の剣も浅く切るにとどまっているようで、致命傷には程遠いように見えますの。
これを切り裂くにはもっと鋭い……そう、マスターの記憶にあるような……。
「ラピス!」
周囲に響き渡るマスターの声、同時に巨大亀の悲鳴も響きました。見上げれば、甲羅の頂点部分でマスターが切り取ったであろう甲羅の一部分と一緒に光る貴石を持ち上げているのが見えました。
少し遠めですけど、きっと少年のように輝いた笑顔に違いありません。いつだってマスターはそうですわ。
フローラと一緒に風を産んだであろう速さで、こちらに飛んでくるマスター。
「お待たせ」
「いえ、私も来たところですわ」
大よそ戦場には相応しくなさそうなやり取りの末、マスターの手から青く光る……サファイア。
宝石としての価値としてはあまりない、小さな小さなものです。ですが……マスターのサファイア。
こちらを向くマスターの後ろではみんなと巨大亀の戦いが再開されていました。
大きな音が響く中、その瞬間だけは、私とマスター……2人きりでしたの。
だから、私はマスターからサファイアを受け取りながら……背伸びをしながら抱き付いてキスをしましたの。瞬間、私の意識ははじけました。
ふわふわと、足元の感覚のわからない場所に私は浮いていました。すぐにここがジルちゃんの言っていた、本当ならたどり着きたくないと感じる場所だとわかりました。
知っていたからか、あるいは今の私がピンチではなかったからか、ジルちゃんが言っていたほど寒さを感じるようなことはありませんでした。
「静かですわね……自分を振り返れということでしょうか」
口に出した言葉も、響くでもなく……かといって誰かに聞こえないというほどでもなさそうです。
不思議な、宝石娘だけがたどり着けそうな場所でした。
ジルちゃんに聞いた話通りなら、ひどく不安に思う場所なんだと思います……けれど、今の私にはちょうどよかったのかもしれません。
「3つの貴石はなじませるのに工夫がいりますもの。ジルちゃんの場合には、もう1人のジルちゃんがいたみたいですから案外簡単だったんですの」
誰も聞いているわけでもないのに、一人口にしてしまうのはなんだかんだ言ってもこの場所に不安を感じているからでしょうか。自分に言い聞かせているのかも……しれませんね。
そっと胸の中に意識を向けると、胸の中からふわりと浮く、ターコイズとラピスラズリ、そしてサファイア。
どれもが大きさとしてはそう大きくなく、きっと地球の専門店に行けばお手頃に売っていることでしょう。
「でも、これにはマスターを……感じますわ」
そう、マスターが手にして、語り掛けてくれた貴石たち。それは他の何物にも代えられない唯一の物です。
こうして自分の手の中にあるだけで、力を感じます。
「マスターは皆に優しいですから、誰かを選んで、等といったら困らせてしまいますわ」
一見すると、自分に言い聞かせているように見える言葉かもしれません。でもこれは私の本心でもあります。
愛されるなら、他の誰かも一緒に愛してほしい。慈愛とは違うと思いますが、私とマスターだけじゃなく、ジルちゃんやニーナ、フローラにルビーもいてこその私達なんですもの。
このあたり、お母様である女神様の影響を受けている気がしますわね……あの人、男女気にしませんもんね。
「さあ、そろそろ行きますわよ……その者青き……だと危険ですから普通に行きましょうか」
最後に一言、自分を勢い付けるようにつぶやいて……私は3つの貴石の力を体に取り込み、解放しました。
唱えるべき言葉は決まっています。マスターやみんなとの絆の力、これからを紡ぐ希望の光。
「エンゲージ……約束の……光よ!!」
途端、視界が光で染まり、私は現実の世界に戻っていきました。
「ラピス!」
「マスター?」
気が付けば、私はマスターに抱きしめられていました。いつもと違い、顔がすぐ横にありました。
不思議に思ったのもつかの間、自分が普段より大きくなっていることに気が付きます。
なんというか、フリルのついた若者らしい浴衣、と言った方が早そうな衣服を身に着けています。
「なんだか面白いね。ラピスだともっと大人しい和服な感じかと思ったよ」
「あらあら、私だって冒険したいときもありますのよ?」
驚いた様子でそんな感想を口にするマスターに笑い返して、私は気持ちを戦いのそれに切り替えました。
今だって、ジルちゃんたちが戦ってくれているのですから。
「では、行ってまいります」
本当はマスターにそばにいてほしいという気持ちもありますの。だけどここは私一人で、絆の力がこんな強さを持てるようになっているんだと示すチャンスでもありました。
走りながら、手に生み出すのは薙刀。青く、グラデーションの美しい刃です。
「皆さん、どいてくださいな!」
「わっ、ラピス。可愛い!」
横合いを駆け抜けながら、大きくなっても変わらない無邪気な笑顔のジルちゃんに微笑み返します。
すぐに目の前に広がる巨大亀の体。どうやら足止めは上手く行っているようであちこちに怪我を負っているのが見えました。
でもまだまだ元気がありそうで、このままでは終わるまでに時間がかかるでしょう。
「蒼刃がこの手に踊る……参ります!」
イメージするのはマスターからもらった記憶にあるウォーターカッターというもの。
マナを糧に、私の手の先で膨大な量の水が薄く、それでいて暴力的な力を誇る刃となって生み出されました。
巨大亀は本能的にその怖さを悟ったのかもしれません。身をよじるようにして避けようとしますが……逆にそれは私の目の前に急所への道を作り出しましたの。
水面に飛び込んだ時のように私と巨大亀の間に水しぶきが上がり、その手の先で巨大亀の命を奪ったことを感じました。
「終わりましたわ……あら? あらら?」
抜けていく力、ぽんっと音を立ててきっともとに戻ってしまうでしょう。
ですが私には不安がありません。きっとマスターが……抱きしめてくれるから。
だから私は、一時の脱力感に身を任せるのでした。マスター、皆さん、私……みんなのことが大好きですよ。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
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