JD-121.「決意の色は何色か」
始まりは、些細な事だった。
必要な物資を買い込みに、ハーベストの町を歩いていた時のことだ。恐らくは水桶に水を出そうとしたのだろう。一人の女性がその手に貴石術のためにマナを集めるのが近くにいる俺たちには感じられた。
そして、そのマナの集まり方がどうもおかしいことも。
「きゃっ!」
ばしゃんと大きな音を立てて、水桶に倍以上の水が産まれ、周囲にまき散らされる。水を生み出した本人はもとより、近くにいた人も濡れてしまうほどの物だ。
「はい、どうぞ」
それを見たジルちゃんは走り寄り、手持ちからタオルのような布を取り出して女性に手渡す。
女性はお礼を言って顔や服をぬぐう、と優しい光景。たまたまの偶然に過ぎない出来事。その時は……そう思っていた。
しかし、必要な物を買い込んで店を出た俺達の目に飛び込んできたのは、当たり前ではない光景だった。
「マスター」
「うん。何だろう……おかしいね」
あちこちで、ちょっとした騒ぎが起きているのを感じる。と同時に、何か引っかかる感じでくすぐったいというか、不快にも思える流れの感覚。これは……マナの流れ?
俺ですらわかるほど、何かが違った。
「うう、ご主人様。ジル……気持ち悪い」
「ジルもなの? 私だけじゃないのね……クラクラしてくるわ」
ジルちゃんに始まり、立て続けにルビーたちも体調の不良を訴えてくる。ラピスはまだましなようだけど、いつもにこやかな顔をしている彼女が眉をひそめている。
あまり見ないでくださいな、なんて呟く姿も魅力があるけれど今はそう言う時ではないよね。
ひとまず全員で宿へと向かうことにしたのだけれど、街中は思ったよりもひどいことになっていた。
みんなと同じようによろけ、倒れ込んでいる男女。そんな彼らを必死に介抱しようとしている平気そうな男女、まるでめまいを起こしたように座り込む貴石術使いに見える老人等様々だった。
「平気な人とそうじゃない人がいる……病気か!?」
この世界の医療技術は正直、微妙だ。貴石術による癒し、治療が発達しているために怪我を治りたり、毒を抜くぐらいは薬草の類で行うけれどそのぐらいだ。薬、としての文化はほとんどないようだった。
そんな中では手術なんてものは言葉も無い状態で、盲腸をやっておいてよかった、なって思った日もある。
この状況の原因が見えないウィルスの類のせいだったら俺にも手が打てない。そんな知識もないし、今から機材を開発する余裕なんてありやしないだろうからだ。
一番症状の重いジルちゃんを背負い、みんなでよろけるようにして宿へたどり着く。
すぐに部屋へと飛び込み、全員をベッドに寝かせることに成功した。
「ご主人様……」
「ここにいるよ。大丈夫」
いつもは白いと思う顔を赤くさせ、明らかに何かの病気に思える姿で荒い呼吸を繰り返すジルちゃん。
伸ばされた手をそっと握ると、安心したように目を閉じる。辛くて寝られないということは無いようだった。
「トール様、近くにいたらうつるかもしれないのです」
「そうだよー。離れてた方が良いよぉー」
こんな状況にも関わらず、体を起こしてこちらを外に出そうとするニーナ、そしてフローラを逆にベッドに押し倒しておでこを撫でて微笑む。
心配そうな顔をしてしまえばみんな気にするだろうなというのがわかるからだ。
多少鈍いのを自覚している俺でもそのぐらいは……わかるさ。
「ルビー、ラピス。辛いだろうけど付き合ってくれないか。……どう思う」
「何が原因かはともかく、一番の問題は私達も症状が出てる事よ。私たちは人間じゃないんだもの。普通の病気は意味をなさないわ。石が風邪を引かないようにね」
辛いだろうに、それをあまり顔に出さずに寝転がりながらもルビーは気丈な声で自分の推論を口にしてくれる。
人間じゃないと彼女たちから言われると少し悲しい事ではあるけれど、今回はその割り切りが頼もしいように思えた。
彼女の言うように、ジルちゃんたちは風邪を引かない。これは女神様にも言われていたことだ。
「はぁはぁ……実は、私さっき癒しを試みましたの。でも……駄目でした。そのまま使えば癒すどころか相手が過剰回復からダメージを負うだろうな、というぐらいでしたの」
「過剰に……? あ、そういえば朝見た水桶の!」
あふれ出た水、それがラピスの言う過剰な癒しとつながってくる。貴石術が……暴走している?
それがどういうことなのかわからないけれど、この辺一帯のマナに何か問題が起きているんじゃないかと直感した。
というのも、ジルちゃんたちが体調を崩すとしたらマナに関する物に間違いないだろうからだ。
人間らしい仕草を維持できない、それは彼女たちのマナに異常が生じている証拠。
大きな怪我を負っているのでなければ他に原因があるはずだった。
「ラピス」
「ええ、マスターにお任せしますわ。これでは誰もが足手まとい。恐らくマスターはその聖剣とマナ容量のおかげで無事です。ただそれもいつまで持つか。動けるうちに……ぜひ」
たった一言ですべてを悟ってくれるラピスの頭を撫でてやりながら、隣に寝ているルビーも同じように撫でて立ち上がる。
視界の中ではジルちゃんたちも荒い息を吐きながらこちらを心配そうに見つめている。
ふつふつと、自分の中に感情が沸き立つのを感じた。都合が良いという人もいるかもしれない……だけど、今彼女たちを救えるのは自分だけのように思えた。
部屋を飛び出し、道へと出るとやはり周囲では倒れている人、調子の悪そうな人、逆に元気な人、と様々なままだ。
俺はその人ごみを抜け、ギルドの建物へと飛び込んだ。
「あっ、トールさんは無事なんですね」
受付の中で、たった1人元気そうなお姉さんを見つけ駆け寄る。カウンターの奥には、座り込んでいる他の受付の姿も見えたからだ。誰かの手によるものだとしたら無差別にもほどがある状況だ。
ギルドの建物内にいた冒険者も状況は外とあまり変わらない。むしろ座り込んでいる相手の方が多いぐらいだ。
無事なのは……主に前で戦う戦士タイプの人……なるほど。
ラピスのいったことが段々と理解できて来た。恐らく、この辺のマナに狂いが生じ、貴石術に適性のある人ほどその影響をもろに受けているのだ。
ジルちゃんはダイヤモンドとの同調で現在、5人の中でも一番マナの出力というか取扱量が大きいから体調も一番悪いわけだ。
俺の場合は、恐らくだけどそれでもマナ容量に余裕があり、受け止められているんだと思う。ただそれもどこまで持つか、ということだ。
問題はこの原因がどこにあるか、だと思う。誰かの仕業と考えるには大規模すぎる。何か儀式めいたことや、道具の力を借りて地脈のように大地を走るマナの流れに干渉したとかそういったことが起きていると感じた。
「なんとか。みんなは倒れてますよ。お姉さん、一帯のマナを狂わせる、そんなものに心当たりはないですか?」
「さ、さあ……あいにく私は戦えませんし……」
さすがにそうそううまい話は転がっていないのか、お姉さんは困った顔だ。当然と言えば当然かもしれないね。
そうなるとこの変なマナの流れの中を上手くたどっていけば……?
「あるぞ。かつてこの地方で魔物との戦いが起きた時、人類側が大きく敗北した戦いで起きた出来事によく似ている。
俺のじいさんがいつも悔しそうに話していたよ」
「ほんとですか!」
仲間の介抱をしていた斧を背負う男性の言葉に俺は詰め寄り気味に問いかけると、相手は苦笑しながらも力強く頷いた。
やはり、前例があるのだ。そうとなれば話は早い。その原因を見つけ……打ち砕くのだ。
「仕事の仲間を探してるんですよ。腕に自信のある方、立候補しませんか?」
注目の集まる中、そんなことを口にして俺は建物の中を見渡した。
決意の声と共に、いくつもの手が上がったのはすぐ後の事だった。
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