JD-119.「蒼光、闇夜を照らし出して」
「今日は満月……うんうん、綺麗ですわね」
一人、夜中に起きてしまった私は寝間着姿からいつもの姿へと光と共に着替えて外に出ました。ジルちゃんたちはまだ寝ていますし……起こしてしまわないようにゆっくりと外へ。
特に何を、ということもないですけれど……なんとなく、そうなんとなく外に出ようと思ったんですの。
月明かりが照らし出すアラカルの町並みは片付いていない場所も含めて、少し不気味さを感じる、というと言いすぎでしょうか?
なまじ月明かりが強い分、陰影がはっきりして今にも何かが飛び出してきそうです。
「こういう感情も……全部マスターのおかげですわ……」
今も、鮮明に覚えているのは自身の貴石へと口づけされた時のマスターの熱と思い。きっと本人は特に覚えていないとは思います。だけれども、私にとっては世界を変えてくれた最初で一番の刺激なのですわ。
精霊でしかなかった私たちが、ある種孤独な牢獄から出てくることができた素敵な力。
ジルちゃんは女神様であるお母様の手によって解放されたようですけど、それはそれで羨ましいなと思いますの。
ともあれ、マスターは私にとって、そしてみんなにとっては唯一の存在。それは男女だからということも含め、私達にはマスターしかいないのですから……当然ですわ。
私たちは1人がかけても、考えたくはない出来事ですけど最悪そうなったとしてもマスターさえいれば頑張れるかもしれませんわ。
だけど、マスターがいなくなれば……私たちは存在意義を見失う。主無き宝石娘はただの石ころですの。
「本当はご一緒したかったんですけどね……ふふっ。フローラちゃんもちゃんとやってますでしょうか」
マスターは私のことを色々と知っていてみんなを導いてる、なんて思ってるのかもしれません。それが計算かもしれない、とか考えてくださってるのかしら?
私だってあなたを慕う女の1人何ですよ、なんて呟いたらどんな反応を返して……?
「今何か……」
瞬時に、頭を戦いのそれに切り替えました。人を越えている私たちの感覚は何もなしに違和感を覚えたりはしませんから……。
咄嗟に壁を背にして、後ろからの襲撃は無くした状態で町中を観察します。
町中にはよっぽどのことが無い限りモンスターは入ってこれません。もしそうなれば銅鑼を鳴らすかのように色々と響き渡るはずですから。
そうなると……壁の上?
見張りは当然いますけれど、全部の箇所を常に、とはいきませんわ。ですからどうしても死角はあるはず。モンスターではないとすると、人間さんでしょうか? だとしてもこんな夜中に……?
私は少し悩んで、みんなは起こさずに一人、月明かりの道を手早く駆け抜けます。向かう先は、町の周囲に残っている壁の残骸。
まだまだ補修途中ですけれど、逆に言えば結界ぎりぎりに隠れるにはうってつけと言えるかもしれませんわ。
建物から建物へ、もし向かう先に何かがいるとしたら見つからないようにと思っての複雑な移動。でもそれがうまくいったのを知ったのは、とある物陰から外を見た時ですの。街中ではないけれど、ぎりぎりの位置。
(虫型……しかも吸血系……あれが馬が出たがらなかった理由?)
目に入ったのは、2度ほど討伐したことがある人の頭ほどある大きさの昆虫なモンスターでした。この地方にしかいないらしい厄介な相手です。
でも普段は群れで森の中にいるはずの相手がたった2匹でこんな場所に。
何かの予兆でしょうか? まあ、今はそれどころじゃないですわね。
あの位置では町を出た途端、なタイミングなら襲われるかもしれませんもの……他に影はなし、っと。
「ふっ!」
まずは周囲を氷の檻で一気に覆います。宝石のように輝く氷が月明かりで青く輝き、周囲を不思議な光で照らしだします。
おかげで相手の姿がはっきりと見えました。間違いありません。
驚いた様子で周囲にぶつかっているようですがそんな柔な氷ではありませんからね……私が近づくまでは十分持ってくれます。
所詮は虫。ちょっとだけ開けた穴に飛び込んできたところに水の槍で真っすぐ貫いて……終わり。
「マスターの帰ってくる場所は守らないといけませんからね。他には……うーん、森の方にはまだいるような。
兵士の皆さんには不用意に壁の外側にはいかないように言っておいた方がいいですわね」
小さな石英を取り出して一人、呟きました。実際、結界ぎりぎりで見回りをしているときにわずかに結界の外に出たらそこはもう危ない世界ですもの。油断はしないほうがいいのは間違いありませんわ。
人のことは言えないわけですから私もそそくさと町中に戻りますの。
戻りながら、私は気が付きましたの。町中に、悪い感じではないけれど色々ともやっとしたものが動いていることに。
マスターの知識を借りるなら、幽霊、とでも言えそうなマナの残滓。
元々の町の住人なのか、モンスターたちの物なのかはよくわかりませんわ。
でも、大きくないですし危ない感じもしないのでそっとしておくことにします。
広間でぐるぐると踊るようにする相手もいれば、道端で語らうかのように立ち止まる影たち。
彼らを眠らせられるとしたら、マスターのように人間だけだと思ったからですの。
(今度、お化けが怖いんですの、とかやってみましょうか……)
マスターがどんな女の子とその仕草が大好きなのか、研究を欠かすわけにはいきません。なにせ、こちらは5人もいるのですからマスターが疲れるけど楽しい、と思ってもらわないといけません。
ルビーちゃんも貴石ステージの上限な壁を破れたようですし、これからですわね。
宝石娘にも睡眠は大事。だけれども、寝ないとだめってことはありません。要は気分の切り替えですから……人間らしい行動をしていないとそれらしくはなれませんからね。
宿にしている建物に戻って毛布をかぶりますけど、やはり寝るということができません。
思わぬところで戦闘となったことや、考え事のせいでしょうか。
「マスター……」
つぶやいて、己の体を撫でるようにして確認します。貧相とまでは言いませんが、豊かなとは決して言えない体つき。普通なら女性的な魅力に欠けたなんて考えるところですけれど、私たちの場合は少し違う。
マスターがこの体でいいって認めてくれたんですからこれでいいのです。
そりゃあ……マスターが少女趣味って指をさされるのは面白くはないですけれど、他の女性が寄ってこないのは助かりますの。
さすがにトスタぐらいのどかな場所ならともかく、こんな前線に私たちぐらいの冒険者は皆無ですからね。
月明かりに胸元を照らし出せば、マスターが褒めてくれる染みの無い肌。今は青白く、陶器のような輝きを放っている自分の肌。
跡を残してほしい、なんて思うのは私の我がままでしょうか?
案外、そう願えばマスターのつけてくれた跡が残るかもしれませんわね。愛してくれた証ですもの。
「ふふっ。そうなったらますますマスターが視線を集めちゃいますかね」
私たち5人の首や鎖骨あたりに残る跡、なんてものを誰かが見つけた時のマスターへの視線や態度を想像してちょっと笑ってしまいましたの。
自分で言うのもなんですが、5人とも見た目はただの少女ですからね……後ろ指をさされるというより、怪我をさせないように、なんて言ってくれるハーベストやこの町の人達はすごく……独特な気がしますの。
フローラちゃんとマスターが戻ってきたら、しっかり抱き付きましょう。
そう心に決めて、夜明けまでの時間をぼんやりと過ごすことにしました。
「ん……ラピス、おはよう」
「あらあら、寝ぐせがついてますわよ、ジルちゃん」
そして今日も朝が始まります。前線にいるからにはなんでもない日、なんてことにはならないかもしれませんけど、それはそれ。朝というのは毎日が戦いですわ。
2人の足なら、今日の昼には戻ってくるかもしれませんもの……お出迎えをしないと。
「トール様は今日あたりお戻りなんです? じゃあ今の内に準備しておくのです!」
「別にいつも通りでいいんじゃないの?」
それぞれの反応に微笑み返しながら、私は今日もみんなのお姉さんの顔になりますの。
ねえ、マスター。女の子の顔の下にはちゃんと本音が隠れてますのよ? 気が付いて……くださいね。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
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