JD-112.「水晶獣を討て」
まるで某映画のような大きさの狼。それは獣とはもう呼べず、間違いなくモンスターの類だろう。知性があるのか、こちらを油断なく眺めつつも自信にあふれた顔つきをしている。
その瞳には白い光、本来であれば黒目のような部分にはまっている石が光を放っていた。
それ以外にも尻尾や後ろ足、そして牙が水晶と化している。この辺はまとめて水晶獣とでも呼ぶべきかもしれない。
「させないのです! きゃっ!」
瞬きの間に踏み込んできた相手の前にニーナによる岩壁が出現するもスポンジをつらぬくように相手の爪先が打ち砕き、破片がこちらに逆に襲い掛かってくる。
咄嗟に下がりながら聖剣を構えるけど、相手が追撃を行ってこない。それどころか、ニヤリと笑った気さえした。
「解放してる暇はないから……援護お願い!」
実力で言えばジルちゃんたちを解放して挑みたいと思う相手。だけどあれにはなんだかんだと時間がかかる。彼女たちが解放されるのを相手が待ってくれる保証はないのだから。そこで、聖剣の力を信じて俺が前線に立った。
なんとなく、こちらが実力を隠しているのを察し、それごと打ち砕きたいというような感じを覚えたのだ。
そんなことをモンスターが考えるわけがないと思いながらも、嫌な気持ちはぬぐえずにいた。だから他の人に少し任せて解放を行うという選択肢は取らなかった。
周囲では一緒に兵士、冒険者が町にいるモンスターたちと戦いを始めている。目の前の相手よりは小柄とはいえ、どれも十分な恐怖の源だろうと思う。なんだったかな、犬猫とまともに戦えるのは限られた大きさだから、なんて聞いたこともある。
低い姿勢となり、そこから飛び上がってくる相手をなんとか回避し、逆に小さい動きで切り付ける。こんな早い相手に大ぶりの攻撃はまず当たらないだろう。
かするように当たった剣先にわずかな肉片と毛、ダメージはとおるようだった。
「こんのぉ!」
ならばと、こちらに突き出された恐ろしいほどの鋭さの爪を身をひねりつつも避け、そこに聖剣をたたきつけた。
さすがの巨体も、突き出した腕をひっこめるには時間がかかる。そう思ったのだが、思ったよりも相手がひく速度が速く、俺の肘から先ぐらいあるような爪を指1つ分ぐらいしか切り取れなかった。
だけどそれで俺の方を脅威と感じたのか、相手の視線がはっきりと俺の方を向く。その間にもジルちゃんたちから支援の射撃が飛ぶのだけど、後ろにも目があるかのように絶妙に避けるダイヤウルフ。
いくつかはその毛皮にはじかれているあたり、相当な物だ。
そして咆哮が響いたかと思うと、その体に膜のような物が出来る。すると、先ほどまで避けていたような攻撃もその場で受け止めるダイヤウルフがそこにいた。バリアのようなものなのだろう。今の皆ではあれは貫けない、そう直感した。まるでダイヤは簡単には傷がつかないと言わんばかりだ。
(だったら……!)
「来いっ!」
「ご主人様!」
俺がもっと武術を学び、実力者となっていたら話は違ったかもしれない。だけど元一般人の俺に出来ることはがむしゃらに挑みかかるか、カウンターを決めるぐらいな物。
速度では負けるだろうから斬りかかるのは難しい。そうなれば取りうる手段は1つ。
こっちが貫くか、相手が貫くか、だ。
なんだかいつも強敵相手には突撃か、一撃に賭けているな、そんな感情が胸に飛来する。これじゃあみんなに心配ばかりかけている。だからジルちゃんも……気にするのだろう。
そんな俺の心の揺れを感じたのか、ダイヤウルフは一吠えして、まっすぐ突っ込んできた。
聖剣をただ振ったり突き出したのでは届かない……そんな体格差だ。きっとルビーには命を賭ける場所なんて別にあるでしょう!等と怒られるのだろうな、とも思った。あるいは自分たちに任せておけばいいとか言うのかもしれない。でも賭けをするのは俺でいい、そんな身勝手な感情が俺の背中を押した。
肩口を相手の爪がえぐるように通り過ぎるのがわかる。でも聖剣を握る手に問題はない……左肩だったからね。
放たれた矢のようにまっすぐな姿勢となって、足元に生み出した風が爆発的な勢いを伴って俺を前に押し出した。
それは相手に口を開くという隙を与えずにその喉元から下、石英があるであろう部分へと俺の右手を導く。
ずぶりと、突き出した俺の腕が肘どころか肩ぐらいまで沈み込む。飛び込んだ勢いと、相手の勢いとが相まっての結果だった。もちろん、剣先には硬い手ごたえとそれが砕ける感触。
感じる重みに慌てて聖剣を腕ごと引き抜き、数歩下がる。
失われかけている狼の瞳が目の前で俺を見据えたような気がし、その込められた強さに息をのむ。と、その瞳から光が消え、目の前で巨体が倒れ伏し音を立てる。
「ご主人様!」
慌てて駆け寄ってくるジルちゃんを綺麗な左腕で抱き留め、よろけそうになりながらもまずはと狼の右目に光る石、俺が通販じゃなく直に見て買った小さな小さな、ダイヤモンドを取り出した。街の隅っこにあるような骨董屋にあった年代物の胸元につけるブローチとしての台座もそのまま。でもそこから感じる確かな力に、俺は微笑んでしまう。
(これでジルちゃんも……)
強くなれる。そう思った時だ。
「トール! まだ終わってないわ!」
「何か来るよーっ!」
ルビーとフローラの焦りの声に答えるように、周囲でも兵士達の動揺の声が響く。俺も座り込んだままそちらを向くと、アニメやゲームでしか見たことの無いような光景が広がっていた。
まだ離れているけど、あちこちに俺が両手を広げたぐらいの大きさの魔法陣がいくつも生まれてきたのだ。
禍々しい、赤紫や青紫の色をしたそれは確かな力を感じた。
町の中にいた大体のモンスターを倒し終えているらしい面々が武器を構えなおし、その魔法陣から出てくるであろう相手をかたずをのんで見守っていた。
先手を打とうにもどうしたらいいのか、魔法陣に何かすればいいのか?といったところだ。
あまりにも目立つ魔法陣たち、その数は10ほど。その光景に誰もが目を奪われていたからだろう。
─その気配を感じるのが誰もが間に合わなかった
「ご主人様、上!」
「えっ!?」
見上げた空には一際大きな魔方陣。そこから、巨体が降って来た。四本の足、大きな一対の翼。大地を揺らして立つその姿はまさに覇者……ドラゴンだ。そうとしか言いようのない相手。
外からは貴石がはまっているようには見えず、その光も無い。ただ全身のほとんどが、水晶と化していた。水晶となっている部分が多いほど厄介だと聞いている。つまりはこいつはとびきり厄介な相手だということだ。これまで空を飛んでいたのか、どこからかやってきたのか、それはわからない。
「馬鹿っ、避けなさい!」
「マスター!」
その異様さにか、俺が動けていなかったことに気が付いたのはドラゴンの顔がこちらに迫ってきてからだった。
とっさに押される体。犯人は……ジルちゃんだ。
その体からは予想もつかないほどの力で俺は突き飛ばされ、その代わりにジルちゃんの小さな体がドラゴンの牙の前にさらされる。
「ジルちゃん!」
なんで、といった言葉が頭をめぐり、どこか冷静な部分が自分を守るためだろ、と冷たく宣言する。
知っていたはずだ。彼女たちが誰よりも自分を優先し、自分のために生きていることなんて。
ドラゴンは違う物をかじった、不快だ、と言わんばかりにその口元からジルちゃんをこちらに投げてよこした。
その勢いも相まって転がるようにして受け止めた俺の腕の中で、ジルちゃんは息をしていなかった。
右わき腹にかけて大きく穴が開き、腕の中のジルちゃんからは鼓動が聞こえない。
(そんな……)
「呆けてないで早く傷口にマナを注ぎなさい!」
絶望に支配されそうになる俺を叱咤したのは他でもない、ルビーだ。顔を上げればみんなもドラゴンの前に立ちはだかっている。
止めようとする俺にルビーは鋭い視線を向けた。
「ジルはアンタをかばったのよ。そうなるとわかってもね。誰よりも、生きてほしくて。だけど私達だって同じ。それにジルにだって消えてほしくないというのも一緒。ここはなんとかする、だからアンタはジルを助けなさい」
「マスター、また石英のため直し、頑張りましょうね」
そして、赤と青の光があふれる。
「宝石娘の本気、見せてあげるのです!」
「もう、ボクは怒ってるんだからね!」
先の2人の光に寄り添うように、茶色と緑の光もまた、あふれ出した。みんなが緊急解放を行ったのだ。
貴石解放の状態だとしても、ドラゴン相手には荷が重いかもしれない、そんな考えを振り切って今はジルちゃんの傷口に手を当て、全力でマナを注ぎ込み始めた。
「ジルちゃん……ジルちゃん!」
必死に声をかける俺はその時気が付いていなかった。いつの間にか、手にしたはずのダイヤがどこかに消えていたことに。
明日もちゃんと更新します!
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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