JD-105.「鮮度は大事」
「これはだいじょうぶ。これはダメ。あ、ルビー、それも大丈夫だよ」
「そうなの? っと、意外と簡単に抜けるのね」
先陣を切って、ジルちゃんは泉の周囲にある目的であろう薬草の群生地帯を歩いて皆に大丈夫な奴を知らせている。
俺やラピスたちはそれに従って採取を続けている状態であった。見てもあまり違いがわからないけど、確かにジルちゃんがOKを出した奴はそうじゃない奴と比べると綺麗なというか、使えそうだなと思う奴なんだよね。
植わってるときにどうしてわかるのかはいまだに謎だけど。
「ジルちゃんのイミテーションアイは真偽判定というか、鑑定に近いんですの。だからジルちゃんの目には成熟した薬草、未成熟な薬草、みたいに違って見えてるはずですわ」
「パーティーに一人いると便利なのです」
ジルちゃんは他のパーティーにはあげないぞ、等とニーナにボケを返しつつ、採取を続ける。冬も近づき、泉は随分と冷たい。
流れ込む小川からの水音や、ハーベストの方へと泉から流れていく小川の音がさらさらと心地よい。
ちょうど川の中間のような場所にある泉だからなんだかおもしろい光景だな。
青々とした葉っぱは水面を埋め尽くしそうな勢いで、中央に行かなければ水辺は砂地というか砂利というかそんな場所。
薬草はそんな場所に無数に生えて透明な水の流れに身を任せ……。
「ってこれワサビじゃないの!?」
「どうしたの、とーる。歌の練習?」
本気なのかボケなのか、よくわからないフローラのつっこみが妙に耳に届いた。両手に薬草……どう見てもワサビ、を掴んだままの俺の叫びは皆にはうまく伝わらなかったようだ。
そりゃ、1本1本が人参ぐらいあるけどさ、ワサビも大きい奴はこのぐらいにならなかったかな?
「マスター、これはコボルトラディッシュって言うらしいですわよ。通称コサビ」
「ほとんど一緒! 和訳すると犬人間大根じゃん! 結局ワサビみたいな名前だし!」
「トール様、あまり騒ぐと獣が寄ってくるですよ?」
思わず大声でツッコミを入れてしまったけど、よく考えればニーナの指摘通り、危ない。ここは大自然の中だ……そこの茂みにだって何がいるか……。
動く大根やゴボウだっていたんだ、このぐらい普通だろう、クールにいくんだトール。
見方を変えれば、確かにワサビ畑そのものだけど水がきれいだし、栄養もあるということなのだろう。
小川の先は鉱山のある山だから土地のあれこれが溶けて来てるのかもしれないね。山からの水ということでそういう状況が整っているんだ。
そんな水だからポーションの材料にもいいぞ、と。
「そうだよな。考え方を変えれば、ここで色々有益な物が採取できるってことだもんな」
「うん。はい、ご主人様も」
ジルちゃんに言われ、足元の……コサビを引き抜くとなんだか気持ちいいぐらいの手ごたえと共に抜けてくる。
やっぱり大きいな……いい感じだ。ふと見ると、ジルちゃんが手元のコサビを見て何やら思案顔だ。
「どうしたの?」
「しんせんなお野菜はおいしいって言うから……これもそうかなって」
1本ぐらいならいいんじゃないかなって思ったのでそのまま許可すると手早く皮をむいて先っちょを口に……ってワサビみたいなものをそんな風に齧ったら!
慌てて止めようとする俺の前で、ジルちゃんは指先ほどのコサビをかじってしまった。
「か、辛くない?」
ぼりぼりとジルちゃんは休まず咀嚼している。ということは辛味がないんだろうか?
匂いを嗅いでみるがよくわからない……とごくんと飲み込むのが見えた。
「えっとね……甘かったよ!」
「なんでやねん!」
思わず変なツッコミになってしまった俺を許してほしい。半信半疑で自分も齧ると、確かに甘い。砂糖の甘さというよりは新鮮な〇〇は甘さがあるんですよー、みたいな野菜のパターン。
よくよく考えたらポーションの材料になるのにそんな刺激的な味だったら困るよな……。
妙な脱力感を感じながら、その後も採取を続ける。泉を見渡すと、中央に行くほど深いようだけどコサビもそちらに行くほど縦に伸びるのか、葉っぱが少し先まで広がっている。
「あ、ジル!」
叫び声と共に水音。慌ててそちらを見るとジルちゃんがいない。正確には誰かが泉の中に倒れ込んでいた。
間違いなく、ジルちゃんだろう。慌てて駆け寄り、抱き起す。
「大丈夫?」
「うん。これ取ろうとしたら深かった……えへへ」
笑う手の中には他より数倍の長さのコサビ。どうやら取ろうとして深みにはまったということのようだった。
無事で何よりだけど、さすがに俺も腰まで浸かっては冷たいし、寒い。
ジルちゃんたちは凍えるということはないようだけど、それでも冷たいものは冷たいし、熱い物は熱いはずだ。
「休憩してたき火にあたろうか」
「わかりましたわ。ルビー、お願いしますわね」
「しょうがないわねえ……よっと」
ざぶざぶと泉を揺らしながら上がり、ルビーが起こしてくれたたき火を囲むようにして休む。
まずはジルちゃんを拭かないといけない。荷物からバスタオルぐらいの布を取り出し、ざっくりとだけどごしごしと拭いていく。
「わぷっ。ありがとう、ご主人様」
「うんうん。服は大丈夫だよね、マナを使えば」
そう、彼女たちはいつもの服であればマナを消費していつでも新品状態の物になることができる。
体の汚れとかは落ちないので拭いてからじゃないとまた濡れてしまうわけだけど。
濡れた体も拭くとなると触る場所に気を付けないとこんな野外なのに気分が変わってしまうので注意してごしごしと。
「とー!」
気の抜けた掛け声とともにジルちゃんがくるりと回転し、光ったかと思うとそこには魔法少女の変身後のごとく新しい服に身を包んだ彼女が立っている。
相変わらず面白い。俺にはまだなぜかできないのだけど……。
既にたき火に当たっている俺の前にテコテコと歩いてきたかと思うと、すぽんっと腕の中に座り込んできた。
冷えたままの体が押し当てられ、ひんやりとするけどこのぐらいどうということはない。
「どうしたの?」
「ご主人様と一緒なら背中も温かいの。一緒がいい」
覗き込むような俺を見返してくるジルちゃん。ちょうどその首元からささやかな胸元が丸見えになりそうになり慌てて顔を上げる。
既にそんな関係を越えているのに、どうにも慣れない。まあ、慣れ過ぎて野外でも……なんてジルちゃんが言い出しても困るからこのぐらいの距離感が良いのだけど。
そのまま獣避けでもあるたき火にあたりながら、思い思いの休憩時間を過ごす。最初は冷たかった手足も温まり、なんとなくジルちゃんの匂いが鼻に感じるような気さえした。
「? ご主人様、どきどきしてる?」
「うっ」
正直に言う訳にもいかず、かといって抱きしめるということも出来ずに微妙な姿勢のままで固まる俺。
フローラやニーナがなんだか優しい気持ちで見てきているような気がした。
「ルビー、なんなら貴女も冷えてきていいんですわよ?」
「だ、誰がよ。別に羨ましくなんか……」
2人の掛け合いには無理にツッコミは入れず、平和な時間を味わうことにした。
が、その時間は長くは続かない。
「とーるうう! ボクも冷たい!」
「ちょ、背中に手を入れたら、ひいいいい!」
我慢しきれなくなったフローラの乱入もあり、結局ドタバタした時間を過ごすのだった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします




