JD-102.「命の証とは」
「また狼さん……しつこいね」
「このあたりは人間があまり来なかったんだろうな。あまりこちらを警戒していないように見えるしね」
速度を上げている馬車の後ろからいくつもの獣、狼が追いかけてくる。大きさからして獣というよりはもうモンスターに近いだろう。
実際、子供ぐらいなら乗せても大丈夫そうな体格をしている。
「トール、また毛皮を剥ぐの?」
「その予定。ニーナ、御者よろしくね」
「はいなのです!」
相手から素材を取る時には向かない攻撃方法であるルビーはお留守番の多い旅だ。馬車に襲い掛かって来た不意の襲撃には活躍してもらっているけど、今回のように剥ぎ取りをしたい場合には焼け焦げてしまうのは勘弁してもらいたいのだ。
自然と、俺やジルちゃんといった切り傷以外痛みの出ない攻撃方法が選ばれることになる。
「目くらまし、行きますわ!」
叫びと共に、馬車から飛び降りた俺達の背後からラピスの生み出した吹雪のような氷の小さな礫が狼に迫る。
これには攻撃力は皆無だけど、正面から目元に小さいながらも氷のつぶてが無数に襲い掛かってくるのだ。
相手にとってはたまったものではないだろう。現に、狼たちの動きは阻害され、その場で叫び声をあげている。
「えいっ」
「ふっ!」
息の合ったジルちゃんとの斬撃が狼たちの首元に吸い込まれ、その命を刈り取る。
後は手慣れた手つきで毛皮を剥ぎ取っていく。どんな仕組みかはいまだに良くわからないのだけど、現実に獣の皮を剥ぐには相当大変なはずなのにこうして皮を剥ごうとすると肉の部分が瞬きの間にどんどんと溶けていくのだ。
それは一見するとひどく不気味なのだけど、前からそうだからと誰も説明ができないのだ。
便利だからいいじゃないかという気持ちと、死体が残らないということに恐怖する気持ちとが心に今も湧き立つ。
恐らくはマナに還っているという理屈になるのだろうけど……俺にはこの世界で1つだけ、どうにもずっと気になるであろうことがある。
それは、お墓が無いということ。
正しくは、お墓そのものはある。だけどその中に安置される遺骨や遺体という物が全くないのだ。それは人間すら、残るのは衣服と石英だけという事実のためだ。
お葬式というものはあるけど、生が終わるとどんな人間も見る間に溶けて消えていく。
後には石英と思い出しか残らないのだ。
「とーる、戻るよ?」
「あ、ああ……」
ついてきてくれたフローラと一緒に足元に風の貴石術を発動させ、ジルちゃんと狼の毛皮を抱えて地面をける。
バッタのように飛び跳ねては前へ進み、馬車へと追いつくと荷台の部分へと飛び込んだ。
「マスター、お疲れ様です。ジルちゃんとフローラも。あら、立派な毛皮ですわね」
「うん。思ったより大きい相手だったよ」
実際、ジルちゃんたち1人ぐらいなら寝転がれそうなほどの大きさだ。売ってもそこそこいい値段になるんじゃないだろうか?
でも、そこまでお金には困っていないのは皆もわかっている。こうして毛皮を剥ぐのは……。
「ふんっ……どうせ、ただ倒すと何も残らないから気にしてるんでしょ? アンタらしいわ」
荷台の前の方に腰掛けて、こちらを鋭いまなざしで見つめるルビーの言うとおりだった。
俺はその生き物が生きた証が何もないということに……少し怖さを感じ始めていたのだ。
ただの感傷で、あまり意味がない感情だというのはわかっているのだけど、ね。
俺は、死ぬつもりはない。けれどきっといつか寿命はくるし、不意の事態が来ないとも限らない。
そうなったとき……俺は何を残せるのか?と考えてしまうと何も取れないような相手を除いて、つい気にしてしまうようになったのだ。
この前の砦街でのボス格であるヒトを倒した後、何も残らなかったのが尾を引いているのかもしれない。
石英は聖剣で切ってしまい、何か人間だった時の物が残っていないか確認したけど、溶けて消えてしまっていた。
服も、装飾品も何もかも。それは当たり前のことなんだろうけど、寂しく感じたのだ。
この世界での生きた証というのは何になるのか、と。
「ご主人様、ジルたちはずっと一緒だよ」
「そうですわ。真剣に前を見たままのニーナだって同じはずですの。もちろん、フローラやルビーも……私も」
「そうだよね。ありがとう」
握られた手に感じる温もりと言葉は俺にとっては何よりの真実だ。例え彼女たちが自分を人もどきだといったとしても、俺はそれを否定する。
彼女たちは、かけがえのない隣にいてほしい女の子だ。それは誰にも否定させやしない。
「わかってればいいのよっ。落ち込んでるアンタなんてらしくないんだから……さ」
「ははっ。ルビーに嫌われるわけにはいかないから、元気出すよ」
少々強めのルビーの言葉も、今は心地良い。下がり気味だった心が上に向かってたたき上げられてるように感じるね。
正面から言うと怒られるから視線だけで答えるのだけど、それでもルビーは顔を赤くして横を向いた。
と、街道の穴の上を通ったのか馬車が揺れ、みんなで転がるようにしてしまう。
「ごめんなさいなのです! あ、地図だともうすぐ休憩できる川のはずなので準備するです」
「了解。地図だと結構広い川だったよな……」
出発前に見せてもらった地図を思い出すと、この先で大きくカーブした川に当たるはずでそこで今日は夜を明かす予定なのだ。
川向うは北にあたり、人間もモンスターもほとんど踏み入らない未開の地なのだとか。
なんとなく、モンスターは好き勝手に繁殖していそうだけどね。
奇襲に備え、見晴らしのいい場所で野営となる。1台目の馬車に乗っていたヨーダ将軍や兵士達と一緒に薪を集め、火を起こすと一息つける気がした。
火は不思議だよね、こうして眺めているだけでもどこか落ち着くんだもの。
「ここまでは順調だな。やはり、君たちに声をかけてよかった。皆優秀な術士というのが非常に大きい」
「ありがとうございます。こちらも寄り道というか、素材の確保の時間を貰えてありがたいですよ」
実際、急ぐ旅であれば素材を剥ぐ余裕や、採取といったことはやっていられない。だけど、今回は冒険者の集団の旅という設定に加えて、せっかくなので手土産も確保したいという考えが重なってのことだ。
おかげで俺の収納袋も活躍中で、既にレンタルコンテナ2つ分ぐらいは物資が詰まっている。
出す時には注意しないといけないぐらいだ。
「喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。ああ、これから向かう街の情報だが……」
旅の途中で説明する、と言われていたタイミングがようやくきた。どんな街に向かうのか、なんてことを全然聞けていなかったんだよね。
ヨーダ将軍がそれから語ってくれた内容によると、向かう先の街の名はハーベスト。
幾重にも作られた壁で囲まれた街で、常に戦いの中にあるという。
今も視界に入っている小山のふもとにあり、その山からは鉱石を採取し、そして武具へと加工。
人的な被害を豊富な武具で抑え、前線を支える街なのだという。
今に至るまで戦い続けられるということは水や食料も含め、自給自足ないし一部を輸送に頼るにしても予想よりしっかりした場所ということになる。
きっと、冒険者もベテランがそろっていることだろう。
「夜にも魔物が来る時があるというから安眠には根性が必要かもしれんな」
「出来るだけ壁から遠い場所に寝泊まりしますよ」
おどけたような俺の言葉に、違いない、と笑うヨーダ将軍と兵士達。もっとも、ジルちゃん達ならどこでも寝られそうな気がするけどね。
意外と、起きないんだよねみんな……。ピンチが迫ってるときには起きるんだけど。その辺の違いを感じ取ってるんだろうか?
その後もハーベストの話を聞いていくうちに、夜は過ぎていった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします




