JD-101.「来訪時には手土産を」
天気は残念ながら曇りだった。雨が降る様子はないけど、遠く彼方まで雲が占領しており、休憩時は松明か貴石術による灯りが欲しいな、そう思わせる暗さだ。
季節は夏を過ぎ、地球で言う秋の様相があちこちで見られるようになってきたころ。
俺達は同行者を増やして大陸の西側、中央を目指して馬車で進んでいた。
「こっち側の街道は人通りが少なそうだな……」
「なんでも目標の街には多くが迂回して、1つ向こうの街道で移動していたそうですわ」
懐から地図を取り出し、ラピスに言われたルートを確認してみる。
奪還した砦街のあるリブカ半島はスーテッジ国の領土でも北西になる位置にある。だいぶ海が食い込んだ……人間の脇と腕みたいな形だな。
向かう先はさらにその先……確かに、砦街がモンスター支配下だとすると迂回しないと危険が増すルートが今進んでいる道だ。
視線を前の馬車に戻すと、そこにはいかにも冒険者ですという格好の若い兵士達が数名、モンスターの襲撃を警戒して歩いていた。
こうして外を歩くのは交代しての旅路だが、俺以外の皆にはずっと馬車に乗ってもらっている。
兵士やおじさん……ヨーダ将軍がジルちゃんたちが見張りに立つのを良しとしなかったのだ。
それは女子供を戦場に、というようなプライドのような物も無かったわけじゃないだろうけど、一番の理由は見た目の問題だった。
これから向かう先は最前線の1つ。そこに向かうには俺はぎりぎりだけど、ジルちゃんたちはたぶん、アウトな見た目だ。
着いてしまえばどうということはないだろうけど、普通であれば少女5人が行くような場所ではない。
そこで今回は彼女らの護衛も兼ねている体を装っているのだ。
ただ、このルートはあまり使われていないようで今のところ俺達以外に人間と出会うことが無い。
(こうまでしないといけないとか、ヨーダ将軍はかなり有名なんじゃなかろうか?)
本人や周りに聞くと驚かれそうなので敢えて黙ったままだけど、きっと向かっていることが知れ渡ると問題になるぐらいには有名なのだろうとは思っている。
普通の冒険者を装うぐらいなので、あまり急がず無理のないペースでの進み具合だ。
それでも野営の時の手際の良さは軍人らしさというか、手際の良さをすごく感じる。
「? ご主人様、ハチミツさん」
「え? おやつには早いんじゃないかな」
突然そんなことを言い出したジルちゃんを見ると、ハチミツが欲しいということではないようで、街道沿いの森のほうを見て指さしている。となると……ん、羽音だ。
「何か飛んでくるわっ!」
「敵か!」
にわかに前の馬車でも気配が膨らむのがわかる。モンスターとの戦いはどちらが先手を打つかでその後の有利不利がだいぶ違う。
来るのがわかっているなら先手を狙うのが常道だ。ただ、今回の相手は恐らく……。
「ハニービーだ! 何かに追われてる!」
少し離れた場所から街道に飛び出してきた飛ぶ影、見覚えのあるフォルムのそれはハニービーに他ならなかった。
すぐ後ろをより鋭角的な姿の何かが追いかけている。間違いない、キラービーだ。
「ハチミツさんをいじめちゃダメ!」
「隙ありなのです!」
キラービーは目の前の獲物であるハニービーに夢中なのか俺達を気にも留めずに飛び去ろうとしたがそれが運の尽きだ。
一気にみんなの手から放たれた貴石術による短剣サイズの光がキラービーたちに突き刺さり、鳴き声のようなものを響かせてキラービーは全て落下した。
『ニンゲン……どうして?』
以前のような流ちょうな声で、ハニービーは油断なく少し離れた場所でホバリングしながらこちらに問いかけてきた。
大きさは以前見た物より2周りは大きい。それが都合4匹ほど。
「ちょっと君たちの仲間と仲良くしたことがあってね。放っておけなかったんだ」
「ハチミツさん、大事なの!」
(ジルちゃん……ハニービーって呼んであげようよ、ね?)
そんな俺の内心が伝わったのかどうかはわからないけど、ハニービーは無言のままこちらに近づいてきたかと思うの何やら確認するように周囲を飛び始めた。
何か匂いでもする……わけはないよな。だいぶ前だし。
『嫌な感じがしないニンゲン。ありがとう! あ、ナカマも助けないと!』
「待った! 将軍、行ってきてもいいですか? 可能なら確保してきますけど」
すぐに飛んでいこうとするハニービーを呼び止め、お土産を作っていかないかと将軍に呼びかけてみた。
時間を考えると遅くなるのは回避した方が良いのはいうまでもないが、なかなかないチャンスでもある。
そして、ヨーダ将軍は後者を選んでくれた。
フローラとルビーを馬車の護衛に残して、ジルちゃんたちを引き連れて森へと向かう。
ただでさえ曇り空だけど、森に入ることでその暗さは濃さを増す。俺たちはハニービーに置いて行かれないようにするので必死だった。
俺以外の3人は元気というか、ものすごい真剣だ。そんなにハチミツが……大事なんですね、わかります。
こういう時の女の子には口出ししないのが正しいと俺もようやく学んだのだ。
『いた! まだ無事だわ!』
「ジルちゃん、ニーナ。派手に音を立てて惹きつけますわよっ!」
いうが早いか、ラピスたちの手から貴石術の光があふれ、やや外れた場所に連続して光が放たれた。
それは木々を凍らせ、あるいは短剣状の刃が食い込み、草地から岩の槍が突き出した。
キラービーへの攻撃ではなく、こちらを、新しい敵だと認識させるためだ。
さっそくキラービーの一団がこちらに気が付き、嫌な羽音を立てて襲い掛かってくる。
「あの頃の自分とは違うのです。それを証明してあげるのです!」
自分よりも大きなキラービーに対して、誰もがひるまず戦いを挑んでいる。ニーナは以前は数に翻弄されていたところもあったけど、今はそんなことが無い。
的確に岩や土の壁を生み出しては足止めをし、1匹1匹に確実に礫や杭のような形の岩をぶつけ、落下させている。
隙を見て、ひとまずの処置としてハニービーの巣を覆い始めるのも忘れない。
色合いからも地味目ながら、いい仕事をしている。
「抜けば玉散る氷の刃……時の彼方で味わいなさいな!」
文字通りの氷の刃がラピスの手から2本産まれる。聖剣よりやや短めの刃は刃こぼれがない。
正確には、切ったそばからその損傷分が修復されている。
耐久度を無視して鋭さを向上させたらしい刃はキラービーに触れるや否や、凍り付かせつつも切り裂いていく。
いつもの彼女からは珍しく、敢えて集団の中に飛び込んで冷気をまといながら2本の剣を振り回している。
キラービーは近づくとその冷気に動きを鈍らせ、刃の前に命を散らすのだ。
「ジルちゃん、巣のカバーを!」
「うんっ」
そうして俺とジルちゃんは巣を背にしてキラービーたちの正面にすべり込んだ。
正直、大型犬より大きなハチが飛び交う中に飛び込むというのは恐怖以外の何物でもないけど、ここで引くわけにもいかない。
見た目は恐ろしいけど、俺達が苦戦する相手ではないはずなのだ、恐らくはね。
カチカチと顎を嚙み鳴らすキラービーに対して、俺は体からマナを練り上げ、いつぞやの特訓を思い出しながら2色の光を生み出していた。
それは腕を伝わり、手のひらを伝わり、片方はそのまま光に、もう片方は聖剣に宿るようにしてその刃をほのかに光らせた。
ゲームとかで見るような魔法剣を試してみたのだが、思ったよりも上手く行った。
「てえぇい!」
「えいっ!」
武器を振るえばどれかに当たる。
そんな状況で俺達はひたすらにキラービーを迎撃し続けた。ハニービーも何もできないわけではなく、巣を守るようにして飛んでいる中にはキラービーを見事に撃退する個体もいる。
今回は数の差があるようだけどそれも俺達の攻撃によりなんとななっていっているようだった。
そうして、俺達がキラービーを退けたころには周囲には巨大な死骸がうずたかくなっていた。
(焼いたら食べられ……ないだろうなあ)
いつのまにかジルちゃんたちに染まっているような気もしながら、無事の再会を喜び合うハニービーに話しかけ、予定通りに蜂蜜を大量に回収することに成功した。
これで前線へのお土産が出来たから時間を使ったこともチャラになるだろう……たぶん。
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増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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