JD-097.「操り手の影」
俺達が今いる場所を治める国、スーテッジ国。
その領土の中にあるモンスターに占拠された元砦街を奪還する作戦。
それが今、俺達が参加している依頼であった。
砦街へと向かうルートの確保のための戦いは、予想外に早い相手の先手という形で幕を開ける。
普段であればありえない、連携をとったモンスターの襲撃は俺だけでなく、作戦を主導する面々にある思いを抱かせたことだろう。
相手の中に考える頭を持った奴がいるかもしれない、と。
「かといってやめますってわけにもいかないよね」
「これだけ集めてしまっては今さら感ですわね」
横合いを歩くラピスに頷き返しつつ、俺は街道の先を睨むようにしてみる。
整備されていない街道は荒れ地とは言わないまでも、そのまま馬車を進めるには穴も多い状態だ。
風雨によって削られた道がまるで何かの叫びの様であった。
そんな街道の先に動く影、人間はあり得ない……敵だ。
「フローラ、周囲に合図」
「おっけーだよとーる」
甲高い笛のような音が周囲に広く響いていく。視界の向こうにいる相手にも聞こえたかもしれないけど、こんな広い場所では奇襲も何もあった物ではない。
それよりも、俺達の戦力が連携を取れる方が大事だからね。
横に広く陣取っている前線の兵士や冒険者達の気配がおのずと変わっていくのがわかり、俺達もまたそれぞれの手に生み出した武器を持ち進んでいく。
視界に入って来た敵は、人型ではなく四つ脚の物。遠くからでも陽光が反射するのがわかる新手だった。
「ねえ、どう見てもアルマジロじゃない?」
「少し硬そうなのです。でもやることは変わらないのです!」
ニーナの言うように、相手がなんであれ戦うのが仕事だ。良く見えるようになった距離でアルマジロもどきは前傾姿勢を取り、その硬そうな部分で突撃を仕掛けてきた。
同格程度なら当たればひどい目にあるであろう速度だが、このぐらいは飛び越えるぐらいはわけない。
一度飛び越えてしまえば後ろががら空き。そこに切りかかるなり貴石術を打ち込むなりして終わりだ。
こんな単純な相手が来たかと思えば、何やら集団で号令の元に襲い掛かってくる人型のモンスターもいる。
ぱっと見は見たことのあるゴブリンやオークだけど、なんだか雰囲気が少しずつ違う。
これが土地柄なのか、亜種のようなモンスターなのかは俺にはわからない。
今のところ人間側に撤退の気配は無いので順調そうではある。
「ご主人様、砦街って結界装置はないのかな?」
「どうだろうね。壊されてなければあるだろうけど、これだけ頭の働く相手がきっといるからには……」
丸々装置が残っているとは考えない方が良いに違いない。そうなると仮に奪還のためにモンスターを倒しても周囲からまた集まってくることになる。その対策は取っていると思いたい。
まあ、俺としては石英を集めることができて、女神様の依頼通りにモンスター側の戦力を減らすことが出来ればそれで目的は達成と言えば達成なのだけど。
半日ほど進んでは陣地を作り、さらに進んではと繰り返して3日後。
俺達の視界に人工物である建物群が見えてきた。古ぼけた感じがするけれど、人の手を感じる重厚な壁や建物たち。
あれが砦街で間違いなさそうだった。
「ジルちゃんたちは貴石を感じる?」
「自分には感じないのです。何もないかと言われると自信が無いのです」
「何もないようには思えませんけど、少なくともこれまでのような感じはしませんわね」
念のために問いかけてみるけど、大体同じような返事だった。フローラたちも同じ感じ。何もないとは言い切れないが、そうとわかるような反応は感じないということだった。
となると、真珠の時のように中身が無いか……コレクション外の貴石か。
前に鉱山でお世話になったおっちゃんたちが言うには、掘って出てくる原石を磨いた貴石と、モンスターの体に埋め込まれるような形での貴石は力が違うそうである。
なんとなくわかる話だ。これまでにも貴石がはまっていたモンスターは妙に他より強かったような気がする。
そうしてる間に合図の角笛が響き渡り、進軍が再開される。規模が規模なので細かな作戦は無いに等しい。
今回は正面から戦力を削り取りに来たのである。状況によっては貴石解放も順次必要になるんだと思うけど、
変な場所で使って目をつけられても後々面倒だ。
「基本的には俺が前に出て戦果を稼ぐよ」
「はんっ! 無理して怪我したら承知しないんだからねっ!」
「支援はお任せくださいなのです」
敵の数は随分と多そうだけど、言い換えれば石英を稼ぐチャンスでもある。
ここは稼げるだけ稼いでおく方が良いに違いない。最近、みんなに石英を投入する数が増えたから聖剣の強化が若干おろそかだった面があるんだよね。
決して、決してみんなの石英投入時の姿に興奮するから何度も投入したわけじゃない。
ただ……その後はなし崩し的に行為に至ったことがあるから誰も信じてくれなさそうである。
(ほら、人間一度妥協とかを許すともう後は拒否や我慢が難しいだろう?)
俺はそんなことを誰にでもなく心でつぶやき、気持ちを目の前の現実に戻した。
近くにも同じような冒険者や兵士が真剣な面持ちで歩いている。今のところ相手からは弓や貴石術の類は飛んでこないけど、油断はできない。
そうして崩れた門が視界に大きくなってきたところで、砦街の方から何かの咆哮が響いた。
「っ! 親玉……か。みんな、行くよっ!」
いきなり親玉が出てくることはなく、まずは外で出会ったような部下が襲ってくるであろうことは明白だ。
現に俺達の前には見覚えのある人型のモンスターが……んん?
「マスター、武装してますわ!」
「だったらそれごと燃やすだけよ!」
古ぼけた革鎧を着こんだゴブリン、粗末ながらも兜をかぶったコボルト、ここまではまだいい。
胴体に何かを巻き付けた様子の狼型のモンスターには驚きを隠せない。
つまりは、他者に何かをすることを可能にする知能があるモンスターがいるということだ。
あるいはコボルトたちに命令して着させたかもしれないけど、それでも何かが違う。
明確な、何者かの意志が感じれたように思えた。
瓦礫の残る道を俺達とモンスターがぶつかる。相手には貴石術や弓による支援が突き刺さり、一部は防具に散らされ、一部は露出した場所に当たり相手の動きが鈍る。
そうなれば俺のような近接行動をとる人間にとっては有利な状況だ。
急所の付近を狙って槍でも刺すかのように聖剣を突き出し、横にそのまま降りぬいて相手の命を奪う。
聖剣だからこそ出来る芸当だ。
視界に入るモンスターの死体、血、そしてモンスターだった肉片。
正直、気分がいい物じゃあないけど……どう生きていたって命は奪う。
そう自分に言い聞かせてせめてジルちゃんたちが奪う命を1つでも減らせて行けたらと剣を振るう。
彼女たちは俺のためにと気にしないだろうし、命を奪うという点ではどちらでも同じ、俺の考えの方がもしかしたら良くないのかもしれない。
それでも、俺の決断で俺が命を奪うのが大事なのではないか、と考えている。
徐々にという速度で俺達は門から街中へと進軍を続ける。後方に待機していた面々がバリケードのような物を作り、横合いからの侵入を防ぐことを狙っていた。
上手くそれは機能しており、乗り越えてくる一部の獣のような相手を除いて敵は正面に集中していた。
そんな時だ。
「トール!」
ルビーの鋭い声に視線を向ければ、その先には恐らく砦の主要区画であったであろう建物。
ぼろぼろになっているが形はしっかり残っているその建物のバルコニーのような部分に人影。
こんなところにいる相手だ、敵に決まっている。
現に人影は俺達を見降ろすような姿勢になって異形となったその体を陽光にさらしながら何事かを口にしようとしていた。
たださ……俺達にはそんな変身シーンを待つような余裕や理由が無いわけで。
『ヨクキタ。モトドウホ……ベフウ!?』
「まあ、そうなるわな」
俺達だけでなく、気が付いた冒険者や兵士達の手から貴石術が放たれ、無数の光がその謎の人影に集中していくのだった。
これで終わり……じゃないよなあ? さすがに……。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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