Fell down the……
今日、私は全てを手に入れる。
この世界が乙女ゲームの世界だと気付いたのは、私が5歳の頃だった。
ある日、転んだ拍子に頭を打ち、ふと思い出したのだ。この世界は、私が生まれる前、つまり前世で一番ハマっていた乙女ゲームとそっくりだと。
『青春の空』。通称『あおぞら』という女性向け恋愛シミュレーション。
飽きっぽい私が寝る間も惜しんで熱中したゲームで、そんな大好きなゲームの世界に、どうも私は転生したらしかった。
なぜ分かったのかといえば簡単な話で、要するに私がヒロインだったからだ。
ゲームのヒロインと私は同姓同名だ。
同じ名前というだけじゃない。容姿も同じだ。家族構成も全く同じ。ここまで一致すれば間違いない。
つまり私こそがヒロインで、この世界の主役なのだ。
そのことに気付いた私は、思わず神に感謝した。
なにせ前世の私は、御世辞にもモテたとは言い難く、若い身そらでトラックに轢かれて人生を終えた可哀そうな地味女だったからだ。
だが今生は違う。
なにせ私はヒロインなのだ。来るべき時がくればイケメン達のほうから群がってくる。好感度を上げるための選択肢も完全に暗記しているし、まさしく人生イージーモードってやつだ。正直、笑いが止まらなかった。
だから当然の帰結として、私はハーレムエンドを目指した。
『あおぞら』における隠しエンディング。その条件は難しいが、選択肢を把握しているなら簡単だった。
簡単、のはずだった。
あのキャラと出会うまでは。
そう、『あおぞら』には恋のスパイス役として登場する悪役が設定されているのだ。
それが悪役キャラ、海崎冬野。
彼女は、ヒロインと攻略対象との恋路を何かと妨害してくる悪役で、イケメンに好かれるヒロインが気にくわないと言う理由で嫌がらせをしてくるキャラだ。
その嫌がらせを乗り越えて、攻略対象者全員の協力の下、イジメを告発して彼女を断罪する。
それがハーレムエンドを迎えるための条件だった。
けれど、いつまで経っても嫌がらせは起こらなかった。それまではシナリオ通りに進んでいたはずなのに、冬野に関するイベントだけは起こらない。
明らかに怪しいと思い、思い切って私から彼女に接触してみた。
そこで発覚した事実。
なんと、彼女も私と同じく転生者だったのだ。
さらに彼女は非協力的だった。
ハーレムエンドを妨害しようという意思はないが、だからといって嫌がらせをする理由もない、と。
それでは妨害しているのと変わらない。悪役キャラの断罪イベントが成されなければ、ハーレムエンドには辿り着けないのに。
どうしよう。
ここまできて諦める?
そんなの嫌だ! そんなの許されない!
私はヒロインなのだから!
私を無視して去っていく『悪役』の背を睨む。
ふざけるな。是が非でも海崎冬野には悪役になってもらう。
幸い、攻略対象者たちの好感度はクリアしている。私が冬野のイジメを公言すれば、きっと彼らは私を指示してくれるだろう。
強引にでもイジメをでっち上げてやる! 素直に悪役にならないアイツが悪いんだ!
次の日、私は人けのない放課後を狙い、計画を実行することにした。
今日、私は全てを手に入れる。
私は踊り場に立ち、階段を見下ろしていた。
ここはゲームのシナリオで、海崎冬野がヒロインを突き落とし、怪我をさせる現場だ。
目撃者はいない。証拠もない。
だが私が主張さえすれば、きっと断罪イベントまで繋がるだろう。
そしてハーレムまで一直線。『悪役』海崎冬野は消えて、私のハッピーエンドだ。
「ざまあみろ、悪役」
協力的なら、少しは手心を加えてやっても良かったのに、シナリオの役に立たない悪役なんて邪魔なだけだ。だったら断罪してやる!
さあ、行こう!
今日、私は全てを手に入れる!
そして、私は一歩、踏み出して――――
●
夜遅く、唐突に電話が鳴り響く。
訝しみながら手に取れば、耳に届いたのは焦ったような担任の声。
どうも緊急連絡とやらで、今現在、教職員は全校生徒に連絡して回っているらしい。
これは相当なことだ。
そう思った私、海崎冬野は担任教師に何があったと問う。
返答は簡潔だった。
曰く、放課後に階段で転落事故があった。
そして、ついさっき死亡が確認された。
たぶん不注意による事故だと思うが、一応は調べるので明日は休校。
そこで引っ掛かりを憶えて、死んだ生徒は誰かと訊く。
担任は少し躊躇った後、くれぐれも言いふらすなよと前置きして、とある少女の名前を口にした。
その名前を聞き、私は全てを悟った。
そのまま通話を終えて、溜息と共に思わず言う。
「ざまあないわね、ヒロイン」
悪役断罪物のよくあるイジメの内容で、階段から落とされたというのがあるけど、あれ自作自演でもマジ危ないよね……って話。