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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮での日々
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擬装工作

それは何度もみる夢。夢の中でレインは鬱蒼とした森にいる。ひとりではなく、光すらまばらなそこに漆黒の狼といるのだ。その狼は荒い息をはき傷ついた体を横たえている。レインはその狼に抱きついて手放しで泣いている。ひたすら謝る彼女の涙をザラザラした舌で舐めとり、狼はひたすらにやさしい青い瞳で彼女を見つめる。彼女はその狼を失い難い半身のように思っていた。しかし狼はよろめきながら立ち上がると、彼女から離れていく。夢の中で彼女は手を伸ばす。行かないで欲しい、そばにいてほしいと願った時温かい何かが触れた。求めていたフサフサした毛皮ではなくて、筋肉質で固い何か…これは…

「…グラン?」

「…寝言で違う男の名前を呼ぶとはいい度胸だな」

暖かいぬくもりが離れると同時に低い声が耳元から聞こえてくる。何度めかの経験に予測出来たもののやはり恐ろしくそろそろと目を向ければやはり。

「…ごめんなさい…」

なんだか機嫌が悪そうな王にとりあえずは謝る事にする。よくわからないが仮にも一国の王が

僻地の男と間違えられるのは気分が良くないのだろう。赤い隻眼は燃えるように激しくてレインは身が竦む。どの感情も見えづらいこの王は唯一怒りだけがハッキリと見えるのだ。全ての感情を握りつぶしたような王が唯一抑えきれない怒りの感情は激しくて本能的に畏怖してしまう自分がいる。

(ヤッパリこっちの陛下のが怖いかも…)

昨日の考えを撤回したレインは改めて王を見直してそしていきなり目が覚めた。

「へ…陛下…」

さっきまで機嫌が悪そうだった王は今度は焦るレインを面白そうに眺めていた。

「…なんだ?」

「なんで…は、裸?」

動揺のあまり片言になるレインに、王は肘をついて楽しそうに見下ろしている。そうすると細身に見えていた王のしなやかな筋肉が盛り上がり隣にいるのが純然たる男であることを意識せずにはいられない。刺激的すぎる眺めに目眩すらする。

「…もうすぐ見届けにくるだろうからな。すこし我慢してくれ」

さらりと言って、王はくるりとレインの上に覆い被さってきた。間近に迫る妖しく光る赤い瞳にレインは息を呑む。

「目印だ」

ぶっきらぼうに呟いて迫ってきた王の顔に反射的に顔を背けたレインの無防備な首筋にさらさらした黒髪が触れて、くすぐったさと羞恥にたまらず目を瞑る。鋭敏になった感覚が首をとらえて微かに微笑みの形に歪む王の唇を感じる。そして突然きつく吸い上げられた。

「……ッアッ…!」

痛みなのか羞恥なのか、はたまた別の何かなのか。得体の知れない感覚に思わず漏らした声に、首筋に当てられた王の唇がぴくりと反応した時。控え目なノックと共に侍従長が姿を見せる。一礼して部屋に入り二人の様子にぎょっとしたように足を止める。

「あ、あの…」

「取り込み中だ。しばし待て」

慌てて何かいいかけた侍従長が鞭のようにとんだ一言に慌てて引っ込んだのを見届けて王がレインを離した。身動きすら出来ないで菫の瞳を開きっぱなしのレインに苦笑する。

「もうしない。演技の必要はないからな」

そして自分は寝台をおりた。上半身が裸だったので勘違いしたが王はちゃんと下衣をはいていた。ほっとして自分も寝台から降りようとしたレインのもとにまた王が音もなく近寄ってきて、思わず彼女はまた飛び上がってしまった。

「なっ!」

真っ赤になって固まったレインに構わず、王は右手にもっていた小刀を無造作に左腕の内側にあててひく。

「陛下!」

レインの夜着と寝台に鮮血が散りすぐに赤黒い染みにかわる。

「こんなものかな…」

淡々と呟いてる王の腕から相変わらず血が滴っているのをみて意識するより先に手が動いていた。ビリビリという布地を裂く音に王が驚いたようにレインに目を向けると、その時には素早く腕には包帯がわりの夜着の裾の一部が巻かれていた。

「ほら!腕あげててください!血が止まらないでしょ!?」

別人のように、てきぱきと手当てをするレインにのまれたのか王は素直に言う通りにすこし腕をあげた。そしてなんだか機嫌が悪そうな菫の瞳に今度は王が首を傾げる。

「何故怒る?」

「…怒ってません!」

その態度を怒っていると言わずしてなんというのか、という王の言葉にしない思いを感じたのかレインがきっと王を睨み付ける。

「陛下が…痛みを軽視なさるからです!だから…」

この時レインの脳裡には傷ついたのに手当てすらさせてくれなかった夢の狼があった。だからいいよどんだ言葉に、言わなかった言葉に大事な意味があったことを見逃していたのだ。

「痛みを軽んじる、か…だから残虐と呼ばれる王でいられるのかもな」

自嘲する言葉に嘘はない。真実、彼は幼き王の遺体を損壊し、多くの屍を踏んでここにいる。

(でもそれは彼だけじゃない…)

国を治めるとはきれいごとでは遣っていけないのだから。俯いてよくみれば腕には先ほどの傷以外にも細かな傷があった。勿論体にも。王自身満身創痍でここにいる。

(でもそれは殺人を許容する理由になるのかしら…?ましてや幼い主君を酷い扱いに貶めることさえも肯定するの?)

レインは言葉を飲み込む。否定も肯定もできなかったから。たった一日しか見ていない自分に言えることはなかった。噂の王の姿と目の前の王には隔たりがあるような気がする、それしかわからないから。それがすこし寂しく思えた。

(この人を…、もっと知りたい)

その思いに気づいたようにそっと王は腕をひいた。すっと瞳が逸らされる。

「…これでなんとかごまかせるだろう。侍従長が確かめにくるまで着替えは少し待ってくれ」

その言葉でこの血が意味することが分かりレインは赤面する。

「俺は隣にいくから楽にしてろ」

そんなレインを振り替えることはせず、王はすたすたと去っていく。またその扉が廊下に繋がるものと違うことに気づいたレインは昨日から疑問に思っていたことを尋ねてみる。

「へ、陛下、そちらの部屋は??」

その質問にまさしく扉を開けようとしていた王は意外そうに眉をあげた。

「俺の執務室だ。ここは元々俺の部屋だからな。行き来出来るようになっている」

そして言うだけ言うと扉をあけて去っていく王を茫然と見送ってレインは昨日からの色々を思い返していた。

(ということは私…陛下を部屋から追い出してあまつさえベッドも占拠してたの…!?)

今すぐ床を転げ回りたいが出来ずまたベッドに撃沈してしまう。

(あ、でもベッドでは寝てた…からってなんで余計なこと思い出すの私…!!)

そのベッドで起こった諸々を思い出した途端ノックがしてレインは飛び上がる。

「ど、どうぞ入って!」

「し、失礼致します…」

若干緊張した面持ちで入室してきた侍従長は出迎えたレインの格好と紅潮した顔にさっと青ざめると後ろをふりかえった。

「マリーナ!!エレイン様の着替えを!」

その声に飛んできたマリーナもさっと青ざめてレインの手をとった。

「エ、エレイン様…!すぐに…すぐに着替えましょう!!」

マリーナの剣幕に押され、後れ馳せながら自分の凄惨な格好が二人にあらぬ誤解を招いていることに気づく。

「あ、あの…」

慌てるレインの背中をそっと涙しながら撫でているマリーナと然り気無く血のあとを確かめた侍従長にまで優しく労るように微笑まれて。

(…どうしよう…無理矢理されたことになっている…いや合ってるような…って!!)

思い出して赤面して涙ぐんているレインに二人は一層優しくなる。昨日まではあんなに冷ややかだった侍従長すらレインの手を元気づけるように握り、優しく告げた。

「お印の量が少し多かったようですので…お体もかなりお辛いでしょう?朝食はこちらにお持ちしましょう」

「え?あ、ありがとう」

正直にこの状態で王と食卓を囲む自信がなかったので助かったレインはつい侍従長の言葉に頷いてしまった。そして慌てて否定する。

「でも大丈夫だから!ほんとに!」

その否定をどうとらえたのかは二人の表情を見ればわかった。

(あ~…もう陛下のせいだ!)

こうして陛下直々に新しく迎えられた静の姫君が陛下の執心に反して抵抗し、無理矢理手込めにされた話はその日、後宮中の知るところとなった。




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