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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮入りまで
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初夜

それから一時間ほど後に、恐る恐る入室してきた侍従長と侍女たちが、もちこんだ品物をしまいこむのを、これまたさっと入れてくれたお茶を飲みながら見守った。

大半はドレスや宝石類だったが、そのなかに一つメイドが着るお仕着せのような服があるのを見つけて、レインは首をかしげる。

(ま…まさか、陛下の好みじゃないわよね?)

社交界デビューもしてないせいか、男慣れしてないレインだったが、その分心配した屋敷の使用人に、男にまつわる色々な話を聞き齧っていた。

しかし、まだ慣れない彼女たちに、王の嗜好について聞くのも憚られて、とりあえずは保留にする。

そうしているうちに、彼女たちの片付けも終わったようで、大半の侍女が一礼して帰っていくなかで。

侍従長は一人の侍女を伴って、レインの前にひざまづいた。

「エレイン様、こちらは暫くお側に付きます、マリーナと申します。陛下には後程、国許から人が来ると聞いておりますが、誰もいないようでは障りが有りますので…」

「マリーナです。エレイン様、よろしくお願いします」

少しくすんだ赤い髪の娘が、ぺっこりという感じで礼をした。

澄んだ緑の瞳の下には、ソバカスが散っている。

王城には、どこかの貴族の子女が勤めると聞くが、この娘はどうやら違うようだ。

パタパタと飛び立つ雀のように忙しないのを、無理に押さえつけているように、手を固く握っているが、足がソワソワしている。

(この娘、なんだかお日様の匂いがするわ)

最初は黙って控えめに、微笑むだけにしようと思ったのに、つい我慢できなくなって立ち上がって彼女の手をとる。

その手はとても小さくて荒れていたが、構わず握ると微笑んだ。

「マリーナ、よろしくね」

侍従長はあっけに取られたように無言だったが、マリーナは一瞬大きく瞳を開いたあと太陽のように笑ってくれた。


「あたし、実は洗濯担当のメイドだったんです。それなのに今日、急にこちらにつくように言われて…でも良かったです、思っていた方と全然違いました」

すっかり打ち解けたマリーナに、着替えを手伝って貰いながらエレインは苦笑する。

最初あったときに、感じた匂いの謎はとけた。

そして急場しのぎの侍女とは言え、担当が違う彼女を付けるとは、どうやら使用人にもあまり歓迎されていないようだ。

(街のひそひそ話も似たような感じだったしな…)

想定の範囲内とは言え、これからを考えると気が沈む。

(まぁ結果は…わるくなかったわ)

「全く、喋らない姫だとおもってた?」

今まで触ったことのないほど高級な生地に、うっとりしていたマリーナは、レインの問いかけに慌てて答える。

「私のような者には、喋らないだろうと聞いてました。だから合図を考えてたんです!手をこうしたらお茶、とかこうしたら着替えとか…」

身振り手振りで真面目にやってくれる少女に、レインは思わず吹き出して、そして笑い転げた。マリーナが心配するほどに。

(大丈夫…なんとかなりそう)

レインは城に来て初めて、楽観的になれた自分を感じた。


その夜は、陛下と二人きりの晩餐だった。

と言っても、物凄く長大なテーブルの端と端である。

表情もよくわからない距離に、そっと安堵する反面、気を付けてないとすぐ言葉を聞き流してしまうのには閉口した。

適当に話を合わせておくのに必死で結局、何を食べても味わった気がせず、ひたすら疲れたレインは、自室に戻るなりベッドにたおれこむ。

「あ~マリーナお腹すいた…」

「今、食べたばかりじゃないですか?」

「だって緊張して…全然食べた気がしないのよ」

ベッドに転がりながら不満げに言うレインを、何か思うところのある目で見て、マリーナが起こす。

「それはそうでしょうが…ほら、お休みの支度しましょう!陛下にお任せすれば大丈夫ですから」

「え?あ、そう?」

わかるようで分からない台詞に首をかしげながら、マリーナに言われるがまま、支度を整えベッドに入る。

「では、お休みなさいませ」

マリーナが一礼して去っていくと、どれだけ寝返りをうっても転げ落ち無さそうなくらい大きなベッドに落ち着かず、思い付いて一旦起き上がり"後宮虎の巻"を出して再び潜りこむ。

(ちょっと読んだら、落ち着いて寝れるかも…)

しかし激動の一日に、予想以上に疲れが貯まっていたようで、虎の巻を開いてから半刻ほどで、レインは夢の世界に羽ばたいていた。


なにかがふわっとかすめた気配に、レインは夢から引き戻された。

「起こしてしまったか…すまんな」

耳障りのよい声がすぐ近くで聞こえて、寝ぼけ眼でみれば、すぐ横に黒髪の青年が長い体を横たえて、パラパラと書物を捲っているところだった。

「しかし、あいつは遊びとなると全力だな…なんだ?この恥ずかしい小説は」

ぼんやりとした視界に、目覚ましい赤を感じて青年の正体に思い至って、レインは目を瞬いた。

「へ、陛下…ここでなにしてるんですか??」

レインの言葉に、王は赤い隻眼を怪訝そうにしかめた。

「一応今日は初夜なんだが…?」

その言葉にレインの頭の回路が繋がり、布団から飛び起きて、ベッドの端まで逃げる。その凄まじい拒絶ぶりに些か傷ついたのか、赤い瞳を曇らせて王はタメ息をついた。

「冗談だ。子は望まない」

簡潔な言葉のなかに様々な思いがあるように、その声は少し揺らいで聞こえた。

(嘘…ではないけど…)

いつも、王の言葉には嘘は見えない。

でも、本当の心はそこには見えないのだ。

(嘘でもなく本当でもないこと…)

それはレインが初めて知る「嘘」だった。

そのことにレインは戸惑いを隠せなかった。

そんなレインをよそに、王は身軽に起き上がり寝台をおりた。

「明朝また来る。仕掛けを用意せねばならんからな」

そして、さらりとまた意味不明な事を告げて、また廊下とは違う扉に消えて行く背中を見送って、レインは激しくうつ心臓を宥める。

(なんて心臓に悪い人なの…!)

こうしてレインが王宮にきて初めて過ごす夜は、ドタバタで更けていった。

しかし真の心臓破りの坂は、明朝に用意されていることを―レインはまだ知らない。



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