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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮入りまで
7/67

開幕

(…陛下のお帰りだわ…)

(では、あの方が、噂の姫君なのかい…?)

(ワザワザ陛下が迎えに行くとは…余程の姫君なんだろうな…)

(王妃さまはどうなるんだ…?)

(なに一時のことだ!今は珍しいだけだろ)


さざ波のように押し寄せる民の声を、レインは王の胸に寄り添いながら、ただ聞いていた。


レインを支える王の腕が強くて、顔を上げられなかったのだ。

(分かってるわよ!私が目の覚めるような美人じゃないってことくらい!!私は拉致されて、無理矢理ここにいるだけなんだから!)

何故、こんな辱しめをうけねばならないのか。

レインは、耳にはいる悪口としか思えない言葉に、片っ端から突っ込んでやりたい気持ちを押し殺し、表向きは控えめな令嬢として民衆の前を通りすぎる。

美しく整備された石畳の道は、真っ直ぐに王城に繋がっている。その威容を仰ぎ見て、レインは声を失う。

とにかく大きいのだ。

領地を一歩も出なかったレインにとって、それは驚きの大きさだった。

(人が住むには大きすぎる…)

そしてまた堅牢にして、巨大な城門の元で控えた人影も大きかった。

グランで長身に見慣れているレインでさえ、思わずたじろくほどに大きい。

(でかっ…つーかその顔恐いわ!!)

普通の令嬢なら、卒倒しても可笑しくない強面を、さらに一層怖くする斜めに走る刀傷は、この大男がひとかたならぬ武人であることを伝えていた。

「アラン、出迎えご苦労」

素早く用意された足台を、レインを横抱きにしながら降りて、王は短く大男をねぎらう。

(アラン…?なんだか聞き覚えがあるわ…)

「御迎えくらいしか、させてもらえませんから…」

王の労いに、何故か暗い瞳でそうかえして、アランと呼ばれた男は、レインの前に膝まずいた。

「お初にお目にかかります、騎士団長を勤めるアランです。陛下の護衛も勤めてるんですが…」

そこでアランは、主とその愛馬を見つめてタメ息をつく。

「なにせ黒檀の馬には勝てませんで、ろくに護衛させていただけない有り様です」

(やっぱり…あの馬は桁違いに速いんじゃない!)

現役であろう戦士をして、追い付けないほどの馬に乗せられたことに、改めてレインは気が遠退く思いだった。

「…アラン、エレインは疲れている。はやく自室で休ませたい」

騎士の礼を済ませ、立ち上がったアランに、エボニーの手綱をあずけて王がそう告げると、騎士団長の眉が僅かにしかめられた。

「しかし…アインスバッハ公爵が、是非ともお会いしたいと…」

「…老害が…大人しくしておけば良いものを…」

自分にではないとはいえ苛烈な言葉に思わず身をすくめたアランだったが、立場上そのままともいかず、慌てて言葉を継ぐ。

「ですが、あの方は…」

矢のような隻眼の一瞥に射ぬかれ、アランは口を噤んだ。

「…仕方無い。向かうぞ」

無言で頭を下げるアランをそのままに、レインを抱き上げたまま、王は玉座の間を目指す。

主の突然の帰還で、慌てる使用人をかわしてたどり着いたそこには、ずらりと人が並び頭を垂れて彼らの主を迎え入れる。

「頭をあげよ。無駄な形式はいらん。用件をいえ」

切って捨てるような王の言葉と、玉座についてもまだ、膝の上に横抱きにしたレインの存在に廷臣達がざわめく。

互いに押し付けあいながら、一向に発言しない彼らに、赤い眼が不穏に細められる。

「言いにくいようなら、此方から指名しようか。アインスバッハ、何か言いたいことがあるのだな?」

一座のなかから、綺麗に整えられた白い髭の老人が立ち上がる。

レインは王の黒衣の陰にかくれながら、彼の姿を焼き付ける。

(まずは容疑者1、ってことね?)

「僭越ながら、ここは国の行く末を決める大事な場所でございます。政の場所に、女人を連れ込むのは…いかがなものでございましょう?」

丁重な言葉に隠されたあからさまなトゲに、レインはうんざりする。

(私だって陛下が掴んでなかったら、すぐ出てってやるわよ!)

とりあえず隠れながら、小さく舌を出すことで不満をやり過ごすことにする。

王は、老臣の忠告に片方の眉をあげてみせる。

「なるほど、一理あるな。しかし今、貴公らが議題にするのは、この側妃のことではないのか?本人不在の方が、好き勝手に言えてよいということではないのか?」

「そ、そのような…」

いいよどむアインスバッハに、王はひたと赤い瞳を向ける。

「家格が釣り合わぬ田舎娘と、散々非難していたお前が何故、面と向かって言わぬ?まぁ、この娘は今、ユージィーンの養女にしたからな…。今はお前の娘と同格だ。家格で言えばそれ以上だ。到底、釣り合わぬとは言えなかろう?」

鋭い眼光と言葉に、アインスバッハと呼ばれた白髭は頭を垂れて退却する。レインに憎悪ともとれる、鋭い一瞥を投げかけて。

「貴公らのお陰で、私はまだ、彼女に求婚もできてないのだ。用事がそれだけなら後日、ユージィーンを交えて集まりを開く。それでよいな?」

諸侯の返事を待たず、王は再びレインを抱き抱えた。そしてその赤い隻眼で、彼らを睨み付けると。

「これは、私が選んだ私のものだ。なにかあればその首、ないと思え」

残された諸侯に許された道は、ひたすら頭を垂れて見送ることだけだった。


「へ、陛下…私にも、足がありますので…」

護衛と侍女を引き連れて廊下をいく間も、ずっと横抱きされているレインは、すれ違う使用人から、ビシバシと突き刺さる好奇心満々な視線が、気まずくて仕方ない。

「だから心配なのだ…逃げられたら、困るからな」

歩みとともに、体がずれて落っこちそうになるため、仕方なく回した腕のせいで、王の声はとても近くで聞こえる。

そしてとても…妖しげに。

体の血液が、すべて顔にあつまったように、熱く赤くなってるのがわかる。

「逃げませんから…降ろしてください」

「いやだ」

さっきあれだけの弁舌を振るった人と、同一人物とは思えないほど、子供っぽい口調で否定され、レインは思わず呆れて微笑んでしまう。

相変わらず俯いていたから、王には見えなかったはずだけど。

「ほら、もう着いたぞ」

「へ、陛下こちらは…」

何やら慌てる使用人をよそに、ようやく下ろされた部屋は、大きなベッドと衣装タンス、机にレインが下ろされたソファー、と何れも簡素なつくりの家具が、数点あるだけの部屋だった。

「これからは、エレインの居室はここだ。妃のものは全て、こちらに持ってこい」

「…しかし…ここは…」

いい淀む侍従長らしき使用人に、王の凍てつく瞳が向けられる。

「わ、わかりました。早急にとりかかります」

無言の催促に、心身ともに震え上がった彼女が素早く踵を返すのに。

「ゆっくりやれ。しばらく、彼女と二人になりたい」

ソファーの肘掛けに腰掛けた王が、そっと彼女の栗色の髪をもてあそびながら、ニヤリと笑ってみせると、何故か真っ赤になった侍従長をはじめ、侍女と護衛が去っていった。

それを確認して、王の瞳がすっと鋭くなる。

「やれやれ…これで、うまく言いふらしてくれるだろう」

弄ばれていた髪も放されて、また一塊にもどる。

いまだに、平静に戻れないレインとは裏腹に。

「大人しくしてくれてて助かった」

肘掛けからたちあがり、向き直って短く礼をのべる王に、さっきまでの妖しい雰囲気は欠片もない。赤い隻眼には、硬質な光があるのみだ。

(もう…演技は始まっているんだ)

王妃を越えた寵姫として迎え入れた王に対して、自分は何の演技もしてなかったことに、レインは唇を噛み締めた。

「すみません…雰囲気に飲まれました」

そんなレインの様子に、王は首を傾げた。

「いや、俺の寵姫になるのだから、易々となびかれては困るのだ。簡単に手に入ったものには…価値が出ないからな」

さらりと難しい要求をつきつけて、王は少し瞳を緩めた。

(それは…とりあえずこのままでいいってことかしら?)

どう受けとるべきか悩む内に、王は次の行動に移っていた。

「では、俺は執務に戻る。少しやすめ」

「は、はい…」

呆気に取られたまま見送るレインの前で、王は入ってきた扉とは違う扉から出ていった。

その背中を見届けて、レインはソファーにたおれこむ。

(な、なんなのあの人…!!)

全く違う二つの顔。

そしてハッキリと怖い冷淡な赤い瞳より。

レインを愛しいもののようにみる、妖しいまでに輝く瞳のほうが、ずっと手強く…恐ろしかった。

(これはお芝居…あれはただの演技!)

そう言い聞かせても、なかなか顔の赤みは引かない。

恥ずかしさに、床を転げ回りたくなるのを堪えるレインは、このあと更に試練が待っていることを知らなかった。

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