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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
夜会、または全ての終わり
59/67

大掛かりな罠

いつも読んでくださる方、ありがとうございます。

連続投稿はここで、一旦おわります。


残りも切りの良いところで上げたいので、何話か、まとめてアップする予定です。


完結みえてまいりました。

ラストスパート頑張ります。

「あれ?もしかして梔子、上着が…」


ホールの入り口まで来たところで、クリスが梔子が随分と寒そうな様子に気づいた。

最初に見たときは薄手のストールのようなものがあったような気がしたのだが。


「もしかして、会場に…?」


慎ましい彼女は、ずっと言い出せなかったようで、少し冷えた身体を縮ませながらも、大丈夫というように気丈に微笑んで見せた。


『自分は一人で戻るから』


と、手話で伝えてくる彼女に、クリスは逡巡した。

彼女を一人捜しに行かせるわけにもいかないか、王の手前姉を一人にもできない。


迷う弟の背中をレインは思いっきりどついた。


「ほら、行ってあげなさい!私はここで待ってるから」

「でも…姉上…」

「大丈夫よ!勝手に帰ったりしないから」


散々に絶対ですよ、と念を押され、指切りげんまんすらもさせられて、ようやくクリスは梔子を伴って、ホールに引き返していった。


その後ろ姿を見送り、レインは思わずため息をついた。


こんな筈ではなかった。

王に会ったら話さなければならないことだって、一杯あったのだ。

彼が隠していたことを、話してほしかった。


あの赤い瞳の中に、レインの気持ちの半分でも、応えてくれる気持ちがあるなら。


(結局、謝ることさえ出来なかった…)


レインは思わず、足を止めてしまう。

せめて、一言。

あのとき彼にいった言葉だけでも、謝りたい。


決意して身を翻したその時。

じゃり、という音がして、なにかが靴のしたで砕けた。


(…え?何…??)


驚いて靴の下をみると、なにか白いものが粉々に砕けているのが見えた。


(なにかしら…?クラッカーにしては固かったような…??)


それにここはホールの入り口近くだ。

こんなところまで食べ物をもってくるような人もいない気がする。


レインは辺りを見回して、誰も見ていないことを確認すると、その場にしゃがみこんだ。


(…やっぱり…!)


視線を下げてみたら、果たして予想の通り、同じものとみられる白い石が、レインから少し離れたところに落ちているのが確認出来た。

レインはしゃがんだまま、にじりよってそれを拾い上げてみる。


(何かしら…これ、なんか見覚えがある気がする…)


こんな華やかな席ではなくて…。

もっとこう、土の匂いがするところでみたような。それは…


(…畑だ!)


これと同じもの肥料として、畑で使っていた。


でも、なぜこんなところに。

夜会のホールの床に、これが転がっているのか?


レインは、ハッと上を振り仰いだ。


(まさか…あの布に…?!)


深い藍色の布にキラリと光る輝石。

その一部にこれが、紛れているのだとしたら。


間違いなく誰かが、作為的にしたことのはず。

レインは唇を噛み締めた。


その誰かは間違いなく、王宮にあって権力に近い存在のはずだ。


この布があったのは、レインの染色小屋。

鍵を受け取れるとしたら、間違いなく。


レインに近しい誰かのはずだった。


(とにかく、この目で確かめてみなくては…)


レインは菫の瞳を険しくして、上に繋がる階段を探し始めた。



梔子が忘れた、というストールは、彼女が置き忘れた場所にそのままおいてあった。


「よかった…!」


クリスはそれを取り上げると、梔子の肩にそっとかけてあげた。


「気づかなくてゴメン。寒かったよね?」


その優しい笑顔に梔子はおろか、その先にいた女性までがくらり、とよろめく。


その拍子に手にしたグラスが傾き、中身が目の前の女性の足元にこぼれた。


と、その瞬間。


ボッという微かな音とともに、床から小さな火が生まれた。


「キャッ…!」


小さく悲鳴を上げて、その女性がよろめく。


「危ない…!」


クリスは咄嗟に手を出して、その女性を抱き止めた。


「大丈夫ですか?」

「は、はい…」


優しく尋ねられ、美しい緑の瞳で気遣わしげに伺われた彼女は、とっくに床の火のことなど忘れてしまった。


しかしクリスは、ほんの少しの焦げあとを残して消えたそれを、忘れていなかった。


彼女を助け起こしたあと、彼はよろめいてグラスの中身をこぼしてしまった女性に、向き直った。


真剣なその目に釘付けになる相手に、クリスは優しい声でグラスの中身が何か、たずねた。


「こ、これは炭酸水ですの。美容のために私はこれしか頂きませんの」


逆上(のぼ)せるあまり、余計なことまで喋ってしまう彼女に、優しく礼を言うと、クリスは自分の連れを振り返った。


「梔子、悪いけど…姉上を送ってくれる?僕は…用事ができた」


クリスの真剣さに、ただならぬ様子を感じとり、梔子は小さく頷くと、早足で来た道を戻っていった。


それを見送り、クリスは床をあらためた。


踊る人々の足元に、広がる砂状のもの。

気づかぬうちに降り積もっていたそれ。


(きっと、ドレスにも夜会服にも…ついているはず)


クリスは頭上で波打つ、布を見上げる。


いつ。だれが。どうして。


疑問は多い。

でも、今為すべきは、無事にこの事態を切り抜ける策を見出だすことだった。


クリスは華やかに舞い踊る群衆のなかで、ただ一つの色を探し始めた。



ジークはたった今、辞去していったクリスが、青い顔で戻ってきたことに、我知らず立ち上がっていた。


「レインに何かあったのか?」


ジークの問いかけに、クリスは一瞬虚をつかれたような顔をして。


それから、首を振った。


ジークは安堵のあまり、吐息をつく。

一瞬、恐怖のあまり血が凍ったようにさえ、感じた自分に、戸惑ってしまう。


それを隠すように、ことさら言葉は短くなった。


「では、何か?」


クリスは青い顔のまま、失礼します、と王の傍まで歩み寄った。

余人には聞こえない、王だけに届く声で話すために。


「陛下、すぐにここから客人全て、避難させてください」


訝しげに見つめる王に。

クリスは青い顔色のまま、続けた。


「ここは…非常に危険な状態となっています。今どこかで水が撒かれれば…直ぐ様、火の手があがりましょう」


クリスの言葉に、ジークは眉をひそめる。


「水を撒いて火をつける…だと?そんなことが…」

生石灰(しょうせっかい)が撒かれているのね?」


クリスは、突然割ってはいった声に、びくりと肩を震わせた。


声の主は意外にも、黄金色の紗を身に纏った王妃だった。


「その通りです。何者かが、この会場に生石灰を撒きました。出所は…恐らくあの、青い布でしょうが…いまこの会場、そして招待客全て、生石灰の粉末を身に着けている状態です」


クリスの言葉に、王妃は息をのむ。


「なんてこと…!」

「つまりは、水で発火する粉末を、全ての人間が被っている、ということなんだな?」


理解の早いジークの発言に、クリスは頷いた。


生石灰はそれ単体では発火しない。

しかし、水をかければ高熱に変わり、それに布など燃えやすいものが接すると発火するのだ。


しかし、それ単体では燃える力も弱い。

せいぜい、小さな火傷くらいにしかならない。


(そんな悪戯程度で…ここまでするだろうか…?)


周到に準備しなくては仕掛けられない、大掛かりな罠があるはずなのだ。


クリスは、あの日みた、シャンデリアをいじる男達を思い出した。


(間違いなく…あれだ)


彼が見上げたそれを見て、ジークはその考えを理解する。


彼はその隻眼を細め、不敵に微笑んだ。

ユージィーンが見たなら、またお前はそんな楽しそうにしやがって、と呆れそうな、そんな顔を。


「なるほど…手の込んだ罠を…仕掛けたな」


彼らの頭上に耀くシャンデリア。

それは、今や導火線と等しい青い布を、四方にたなびかせて、静かにその時を待っていた。



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