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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
夜会、または全ての終わり
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君の名前

クリスは、梔子の手を引いてホールに足を踏み入れながら、緊張していた。


姉に話した自分の推理が、間違っているとは思えない。

でも、どこか腑に落ちないのだ。

まだ、考えが足りないところがある気がする。


シオン王子は生きている。


では、彼はどこにいるのだろう。


クリスは今しがた、姉を預けた男を思い浮かべた。


王はともかく彼ならば、前王朝の王子という、厄介な存在を国外に逃がしたりはしないだろう。

必ず、自分の目の届くところに置いておきたいはずだ。

例え、王子に二心はなくても。


ユージィーンほどの大貴族であれば、人一人の存在を、完璧に隠しきることさえ出来るということなのか。

一人の使用人の、軽口すらも封じて。


「…君は…もしかして…」


はっと息を呑むような声に、クリスは立ち止まった。

何度か聞いたその声の主は、今日は儀礼的な軍服に身を包んでいた。

目深にしている制帽の下から、琥珀の瞳が覗いている。


(あの庭でよく会った人…)


クリスは思わず微笑んだ。

見習い騎士かと思っていたが、この夜会の警備に入っているところをみると、正式な騎士だったようだ。


彼の余りの驚きように、クリスは今の自分の格好を思い出して、はっと息を呑んだ。


(しまった…!今は…)


「男…だったのか…」


琥珀の瞳の騎士の言葉に、クリスは慌てて否定をしようとした次の瞬間。


「ふ…ふふ…あははは!」


突然笑いだした騎士を、クリスは少し引き気味に、梔子はどこか哀れみの眼差しで見つめている。


「成る程な…それで…」


散々笑ってスッキリした様子の騎士は、最後に小さく呟くと、クリスを優しい眼差しで見つめ返した。


「大丈夫だ。僕も本来は彼処にいない人間だから。他言はしないよ」


クリスはホッと息をはいた。

自分の不注意で、姉に何か処罰があっては目も当てられないところだった。


「その代わり…といっては何だが、君の名前を教えてくれないか?」


騎士の問いに、クリスは笑顔で礼をした。


「クリスティアン・バイロイトです。親しき人はクリス、と呼びます」


その笑顔を何故か、少し目を細めて見ていた騎士は、ひとつ大きくため息をつくと、にっこりと微笑んだ。


「そうか…君は…クリスという名前だったのか」


そして、ピシリと踵を揃えて、敬礼した。


「それでは、気を付けて!…楽しいひとときを」

「はい。ありがとうございます」


クリスは彼に深くお辞儀をすると、梔子をエスコートして、去っていった。

その姿は、王子さま然としていて、早くも会場のアチコチの淑女の目をさらっているようだ。


その優雅な後ろ姿をながめやって、騎士は小さくため息をついた。


「全く…ジークはともかく、ユージィーンには知られたくないことだな…」


そして、思わぬ幕切れを迎えた初恋の相手への、最後のプレゼントを用意するべく、彼はその場を後にした。




その二人は遠目から見て、とても目立つ二人だった。


あらゆる点で正反対の二人なのだ。


黄金色の紗の布を、全身に巻き付けた王妃と。

漆黒の礼服に身を包んだ隻眼の王。


神秘的な雰囲気を持つ、琥珀の瞳と。

こうして晴れの席にいても、鋭利で硬質な、漆黒の瞳。


クリスは初めて会う王妃に抱いた、不思議な既視感に首を傾げた。


といっても、ほとんどは薄絹に覆われて、ぼんやりとした輪郭しか見えない。

見えている部分は、その琥珀の瞳位だ。


(琥珀の…瞳?)


記憶を手繰り寄せていたその時。


「よく来てくれた」


隻眼の王は、挨拶に来た彼を短く労った。


「お初にお目にかかります、バイロイト辺境伯の子、クリスティアン・バイロイトです」


思わずぎこちなくなった名乗りに、王の瞳に柔らかい色が混じる。

そうすると、この王のもつ硬質な雰囲気はぐっと和らぐのだ。


「姉上には…世話になっている」


その姉上は…と見れば、第一側妃に詰め寄られてしどろもどろになっていた。


確かに、あの立ち去りかたでは怒られても仕方ないが…他国の使者の目もあるので程ほどに納めてほしいものである。


クリスの視線に気づいたのか、王は少し苦笑した。


「ヒルダは、レインを気に入ってるからな。そうじゃないものには冷淡なヤツだから」


俺のようにな、と王は言い添えてから、クリスの隣をみやる。


茉莉花(ジャスミン)の侍女の…梔子、だったかな」


王の言葉に、梔子は人形のようにコクコクと頷くとクリスの腕をぎゅぅと握りしめる。


「脅かす気は無かったんだが…すまんな。今日は楽しんでくれ」


王はそう言うと、俺がいると怯えてしまうからな、とレインの方に歩み去っていった。


もしかしたら、王自身が切っ掛けを探していたのかな?と思うほどの鮮やかさだった。


クリスは思わずくすり、と微笑みを洩らしてしまう。

姉も陛下も、心は素直だ。

こうして、周囲には伝わりすぎるほど、伝わっているのに。


そこで、クリスはギクリ、と身をすくめた。

自分に分かる、ということはもちろん。


「…あの方は…隠すつもりがあるのかしら?」


呆れたようで、どこか慈しむような声音は、間違いなく王妃からで。

クリスは思わず、目を瞬いた。


「お、王妃さまは…」

「私とあの方は…夫婦というより、同志だから」


あっさりとそう話す、王妃の言葉は心からの言葉に思えて、クリスは肩の力を抜いた。


「それに、良かったともおもうのよ。私も…知っているから」


王妃はそう呟くと、ほんのりと目元を桜色に染めている。

何故だか、誰かの強い視線を感じて、クリスは本能的な怯えを感じた。

何かが素早くこの場を後にすることを要求していたので、クリスは慌てて王妃に辞意を告げると、梔子を抱えるようにしてその場を立ち去った。


(それにしても…王妃は随分と…大人な方であるな)


たしか今年で十五の筈だが。

もっと大人の、落ち着いた女性と話しているような感じだった。


どうも気になって、一度だけ振り返ると、王妃のもとに、西方特有の礼服を纏った壮年の男性が近寄っていくのが見えた。

男性には珍しく鎖状のピアスをしていて、それと胸元の鳥を象ったブローチを繋いでいる変わったデザインになっていた。


(あれは…神聖帝国の…使者??)


王妃の生国かららしき客人に思わず、目を止めた理由は、その変わったデザインのピアスだけではなかった。


その使者を見て、王妃の琥珀の瞳をよぎった、不可思議な感情の色だった。


(…あれは…いい感情ではない、気がする…)


つい、と袖口を引かれて見下ろせば、梔子が不安そうにクリスを見上げているところだった。


「あぁ、ごめん…いこうか」


止めていた足を動かしながら、クリスは今見たあの情景が、自分のなにかに引っかかっているのを感じていた。



「だから、貴方はね!側妃としての自覚が足らなさすぎなのよ!あんなに王妃さまに心配されるなんて羨ましい!…じゃなかった、ダメに決まってるでしょ?!報告、連絡、相談、これが基本なんですからね!」


久しぶりのヒルダの雷を、レインはただ首を竦めて拝聴するのみだ。

ひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていると、助け船は意外なところからやって来た。


「もう、その辺にしてやってくれ。レインも好き好んでここを離れた訳じゃないからな」


その声に、ヒルダはきっと目を吊り上げて、声の主を振り返る。


「当たり前です!側妃が自分から後宮を下がるなんて、前代未聞ですし、絶対にやってはいけないことではありませんか!」


ヒルダの剣幕に、王はたじろいだようにその瞳を細める。


「そうなのか…?俺は別に構わないぞ?」

「…ッチ!これだからもう!貴方はよくても相手が困るんです!!だれが最高の寵愛を蹴っ飛ばした女を貰うんですか?!皆、陛下に恩を売ること目当てに私たちを狙ってるんですからね!きちんと払い下げていただかないと、価値が暴落するんですよ!!」


なんだか、物凄い話になってるが。


レインが呆気に取られていると、王はその言葉に首を傾げる。


「確かに、その通りだが。俺はお前たちを払い下げるモノだと、思ったことはないぞ?ちゃんと其々の、気持ちのある所に託すつもりではあるが」


王のその言葉に、ヒルダは開きかけた口を、引き結んだ。

それからきつく拳を握ると。


「私は…貴方のそう言うところが…だいっきらいだわ!!」


王の脇腹目掛けて拳を打ち込むと、足音も荒く立ち去っていった。


か弱い女の拳、とはいえ、治りかけの肋骨付近を殴られ、一瞬王の体が揺らぐ。

慌てて、レインは彼の体を支えた。


「…すまんな」


短く詫びる王の赤い瞳を、レインはマジマジと見つめた。


「どうして避けなかったんです?」


レインの疑問に、王はスッと瞳を逸らした。


これが、彼の心情を語るときの癖なのだ、とレインは唐突に気がついた。


この人は嘘をつくときほど、人の目を見つめる人らしい。


レインはクスッと微笑んだ。


「もう、いいです。分かりました」


きっと、彼にはヒルダに殴られてもいい、と思える理由があったのだろう。

それなら、教えてくれるまで待とう。


私とこの人の間には、きっとそれくらいの長い時がある。


ないというなら…つくって見せるまで。


そして、怪訝そうな王に手を差しのべる。


「私、まだ正式な場で、踊ったことないんです。エスコートしていただけませんか?」


その手を取りながら、どこか不機嫌そうに王が答える。


「…何故、俺が踊れると思うんだ?」


その言葉に、レインは艶然と微笑んでみせる。

自分はおかしいのかもしれない。

だって、過去にみた、どんな色めいた笑顔よりも、この不機嫌な顔が嬉しいなんて。


演技ではない、本物の彼の感情。


「踊れば…分かることでしょ?」


フロアの中央に歩み寄る二人の姿に、指揮台の指揮者が微かに眉をあげた。

そのとなりには、何故か騎士の姿がある。


一瞬ちらりと見えた、彼の琥珀の瞳が驚いたように見開かれて、次の瞬間嬉しそうに弧を描く。


レインは眉をひそめる。


(あの瞳は…どこかで…??)


指揮者は隣の騎士の言葉に、少し首を傾げてから頷いた。

そして、王を振り返って一礼すると。


さっと指揮棒を振り上げた。

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