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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮入りまで
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仕事の依頼

闇夜に、キラリと白刃が煌めく。

「神聖な血筋を汚す魔女に鉄槌を!」

シリーンは思わず、目を瞑った。

(…殺される…!!)

その瞬間瞼のうらに浮かんだのは、燃えるような赤い瞳の青年の姿だった。

「ジーク…!!」

(まだ死ねない…彼に想いを伝えるまでは…)

そして、今まさに自分を斬りつけようとする男を睨み付けたその時。

「…うっ、!」

小さなうめき声をあげて男が倒れる。

そのうしろにいたのは…

「ジーク!!」

思い描いていた赤い瞳の青年が、血に濡れた剣を片手にたっているのを、信じられない思いでシリーンは見つめる。

「…シリーン様、無事でよかった」

何時もは表情を変えない彼が、自分をみて心から安堵したように微笑むから。

シリーンは走って、その胸に飛び込んだ。

「…シリーン様…御身が血で汚れます」

「いいの!!だって…私を守ってジークは…いつも…いつも傷ついて…」

「それが私の役目です」

すっと一歩引かれるその感じに、シリーンは堪えきれず、その琥珀の瞳に涙を浮かべる。

「それだけなの?…私…ジークが好き…!汚れなんて関係ないわ!私は…あなたと一緒にいたいの…」

胸に顔を埋めて、腰に回した腕に離れまいとするかのように、力をこめる姫に。

赤い瞳を緩ませて、騎士はその華奢な体を抱き寄せた。

「困った姫だ…私がどれだけ我慢してたか…あなたはご存じないようだ」

弾かれたように顔をあげたシリーンの、華奢な顎をつかんで、ジークが彼女の瞳を覗きこむ。

「…姫は後悔するかもしれませんよ。私は貴方に、何も約束できない」

「姫はもうこりごりよ。私には向いてないもの」

そして誰をも虜にする微笑みを、恋人に向けた。

「大丈夫!道は自分で、切り開いてみせるわ!」

そして今は恋人になった騎士に、自分から口づけた。

幸せな二人を金色に染めて、砂漠の夜が明けようとしていた。


王都を目指して、ぱかぱかと軽快に走る馬車の音をBGMに、"後宮虎の巻"と書かれた分厚い本を捲りながら、レインは傍らのユージィーンをチラリと見た。

「ユージィン様…つかぬことを伺いますが…何故、王妃様と陛下のなれそめだけ、恋愛小説仕立てなんですか?」

レインの問いかけに、ユージィーンは意外そうに眉をあげて答えた。

「え?女の子ってこういう話、好きじゃない?覚えやすいようにしたんだけどな~。あの二人の設定がそんな感じだから、ついつい筆が乗っちゃってね~」

「…つまり、設定以外はデタラメなんですね」

ある意味予想通りの回答に、レインはため息をつく。段々この宰相の人となりが分かってきた。

(それで扱いやすくなるわけじゃないけどね…)

呆れるレインを余所に、ユージィーンは今日も絶好調だ。

「脳内補完と言ってくれ。まぁ王妃様はその時、12歳くらいだったけどね~」

「それちょっとロリコン入ってません?!大体、陛下ってこんな喋りませんよね?威圧感、半端ないし」

思わずぼそりと漏らした本音に、ユージィーンがニヤリと笑う。

「レイン、詳しいね~。やっぱり会った?」

ユージィーンの笑みに、思いっきり眉をしかめて、レインは嫌々ながら答える。

(後で、本人に聞かれたら困るし…)

「少しだけです…!」

「なかなか男前だったでしょ?」

「…、分かりませんでした。恐れ多くて、よく見れなかったから」

茶化すようなユージィーンに、レインはチラリと本音を漏らした。

(訳の分からないことも言われたしね…)

「…なんか言われた顔してるね」

少しだけ真顔にもどったユージィーンに、レインは肩をすくめた。

一人で考えても埒があかないので、素直に打ち明けることにする。

(いけ好かない人だけど、私よりは陛下に詳しいはずだし…)

「…王妃を越える寵姫になれ、と言われました。これが仕事って訳では…ないですよね?」

ユージィーンは一瞬、答えに詰まる。

たった二日の知り合いながら、その事に違和感を感じて、レインは首をかしげた。

(そんな言葉を探すほどのことかしら?)

珍しくユージィーンは、何かを逡巡した後。

「…後宮ってどんなとこか、分かるかな?」

ユージィーンが発したのは、形式的な質問だと思ったので、レインはあまり考えず答える。

「王のために集められた、お妃さまのいるところですよね?」

するとユージィーンは、困ったような半笑いで否定する。

「表向きはそうなんだけど…ジークの後宮は王妃のために作られた宮なんだよ。閨に入るのも王妃とだけ、側妃たちは皆、王妃の家庭教師のようなものだ。外に出れない彼女が、退屈しないようにね」

「え…?でも、側妃と王妃は普通、陛下の寵をきそいあうのでは??」

驚きながら反論するレインに、ユージィーンは苦笑する。

「シリーン様と他の妃じゃ勝負にならないんだよ…ジークの優先順位は、いつもあの方が一番だ…他に変わるなんてあり得ない」

「しかしそれでは…側妃の方々は、飼い殺しではないですか?!」

(陛下の子を生むために親元を離れた結果、ライバルに尽くして終わるのであれば…残酷すぎる)

菫の瞳に浮かぶ非難の色に、ユージィーンは少し、茶色の瞳を細めた。

「…側妃達のことは、僕からは説明出来ないんだけど…皆、納得して後宮にいるんだよ。それだけは、忘れないでくれ」

それは、レインを諌めるようでもあり、また問いかけるようでもあった。

(相手が残虐王だから…君は恐れているのか?)

「で、ここからが問題だ。先日、その陛下の寵愛を集めている王妃様が、毒を盛られた」

ヤッパリ…と、言いそうになって、すんでで思い止まる。

王妃を邪魔に思う側妃の犯行なら、簡単に解決したはずなのだ。

今更、妃の処罰に悩む王とも思えない。

段々話の帰結先が見えて、レインは嫌な汗が滲むのを感じる。

「…相手を決めかねている、ということですか?」

「そんなとこかな~…なかなか、隠れんぼ上手なんでね…」

その一瞬、瞳に背筋が凍りつくような、残忍な色を宿していたユージィーンは、瞬き一つでまたニヤニヤ笑いにもどった。

「どうせなら、一網打尽にしてしまいたいんだ。だから…手伝ってほしい。君の力で、ね」

ようやく、あの意味不明な台詞がわかった。

陛下の寵愛を集めて、狙われた王妃。

それを越える寵姫になれば―

「つまりは、私を囮にするってことなんですね?」

それもまた邪魔者になるのは自明の理。

きっと躍起になって排除に動くはずだ。

レインの的確な指摘に、ユージィーンがにこりと笑う。

「その通り。理解が早くてホント助かる。まあ君は、人より嘘に聡いみたいだから、一石二鳥でなんとかなるかな~て」

てへっとベロを出してみせるユージィーンを、胡乱げな眼差しで見つめて、レインはタメ息をつく。

「嘘に聡いからって、毒飲んだら死にますけどね…」

(とはいえ、ここまで内情をさらして、只で帰して貰えるわけ…ないわよね)

知らずに袋小路に追い詰められていた、怒りはもちろんあるけれど、それ以上に特殊な瞳のことを確信的には知らない様子にほっとする。

(ならば、誰にも知られないようにしないと)

例え微々たる力でも、為政者には魅力的な力だろうから。

本当に相手が心から従っているのか「見える」のだ。手にいれたいと思っても、不思議ではないだろう。

(ということは…この人にも悟られてはいけない)

目の前で、魅惑的な微笑みを浮かべる、人の良さそうな外見とは裏腹の、怜悧で複雑な内面を持つ青年にも。

「危険手当…弾んでいただけるんでしょ?」

艶然と微笑んでみせるレインに、ユージィーンはたまらず大笑いした。

「とびっきりのを用意してるよ…そう、そろそろかな」

ユージィーンの言葉が聞こえたかのように、馬車はピタリと止まった。

「きっと、気に入ると思うよ」

決めつけるようなその言葉に、顔をしかめるレインに極上の微笑みをみせて、ユージィーンが手を差しのべた。

「さぁ、参りましょう。お姫様」

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