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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
王の遠征
43/67

権力者の夢

男の傍らにあるのは一羽の白い(フクロウ)だ。


赤々と燃える暖炉の火を受けて、その目は赤く煌々(こうこう)と光を放っている。

そのどこか冷淡な様は、書状を確認している男によく似合っていた。


齢二十を過ぎた位の、美しい男である。

すこしつり上がった猫を思わせる目は、黒曜石の色。

同じく、闇に溶け込むような漆黒の髪は腰元まで伸ばされ、赤い紐で首あたりで結わえてある。

すらりとした長身を包む東国風の衣装には、銀糸で龍の刺繍が施され、この男がかの地で高い身分を有していることが伺えた。


今その美しい唇には辛うじて、笑みとわかる程度の弧が描かれていた。


「兄者?どうした?何か楽しいことでもあったのか?」


まさしく猫の様に気まぐれな男の上機嫌に、向かいで酒をあおっていた男が首を捻る。


こちらは年の頃は同じながら、体格は対照的だった。

鍛え上げられた鋼の肉体。

精悍というに相応しい面にある、額から頬にかけて一筋、斜めに走る刀傷がこの男が武人であることを物語っていた。


「楽しい…楽しいかもしれんな…我らの長年の悲願が叶うやもしれんのだから」


兄の言葉に、弟はニヤリと笑った。


「兄者は、素直じゃないな。嬉しいなら笑えばよかろう。ついに、あのいけ好かぬ優男の、弱味でも握ったのか?それとも…」


そこで、弟は獰猛(どうもう)な笑みを浮かべてみせた。


「われらの敬愛する(ちちうえ)がくたばったのか?」


弟の毒に、兄は薄い微笑みは崩さず、読んでいた手紙を弟に手渡した。

弟はその書状に目を通した途端、その瞳を厳しくした。


「…黒狼が…現れた…だと?」


卓に用意された酒杯を傾けて、兄は軽く頷いた。


「このタイミング…我らの推測は当たりだったようだな?」

「まさか…本当にあの王が…゛黒狼の心臓゛を持っているとでも…?」


混乱している弟に対して、兄はゆったりと酒を愉しんでいるようにみえた。


「そう、でなければこの状況…説明がつくまい。あのヒキガエルの言う通り、あの鉄砲水に呑まれて、五体満足で戻れる人間はいない。如何(いか)に運が良かろうと…骨折だけで済むものでも無かろう」


兄の簡潔な物言いに、弟はツンツンたった短い黒髪をガシガシとかき回した。


「しかし…だからといって、飛躍し過ぎではないのか?不死の力など…おとぎ話の産物ではないか?」

「確かに…な。しかし時を同じくして、黒狼が現れているのだぞ?しかも満身創痍で、だ」


兄はゆったりと、手元の杯を傾けながら、落ち着かない弟をみやる。


「心臓と黒狼は繋がる、と聞く。すなわち、あれは王の傷を、黒狼が共有した結果であろう」


その言葉に、弟は首を捻る。


「不死…なのに、怪我をするのか?それは…」

「矛盾では無かろう?不死とは死なない、と言うことだ。つまり、よほどのダメージがなければ自己修復が可能、ということだろう」


その言葉に、弟は顔をしかめた。

武人たる彼には、それがどれ程に苦しくおぞましいことか、よくわかるのだろう。

死は時として、救いでもあるのだ。


「俺なら断固、拒否したい力だな」


素直な弟の反応に、兄は声をだして笑った。


「私もだ。だが、老いぼれ(ちちうえ)は喉から手が出るほど、欲している力だ」

「しかし、兄者…帝に不死の力がいけば…」


弟の言葉を途中で制して、兄は微笑んだ。

酷薄、というのが相応しいその笑顔に、弟は反射的に口を閉じる。


「我らは、黒狼の心臓がどう、引き継がれるものかを知らぬ。それ故、誤った知識で紛い物を掴まされるかも、しれぬよな?」


そして、事態を呑み込んだ弟の目が、ぎらりと輝くのを目にして、その笑みは深くなる。


「ちょうどよく、お(あつら)え向きのものがいるだろう?」

「黒狼の怪我を治した、とかいう娘か」

「一国の王よりも、容易く手にはいる、目眩ましだと思わんか?」


その言葉に、弟の唇にも笑みが浮かんできた。


「さすが、兄者だな。俺の目に狂いはなかった」


今、帝位に最も近いとされる男を、尊崇(そんすう)の眼差しで見つめて、弟は杯を掲げた。


「未来の帝に!」


その言葉に、猫のような目を細めながら、兄は杯を掲げた。


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