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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
揺れる心
31/67

蒼色の海

王の頼んだ仕事。

それは店先や窓に吊るす(ひさし)を染める仕事だった。

その仕事のために、王は温室の物置小屋の一つをレインの染色小屋そっくりに改装していた。

いつの間にか道具すら運び込まれていて、レインはその手際のよさに、呆れと恐れの両方を抱いていた。

(ホントに…計り知れない人だわ)

全ては王の筋書きをなぞっているだけのように思えて、居心地が悪い。

しかし、任された以上はきっちりやらなくてはいけなかった。

そして、レインは途方に暮れていた。

なんといっても染める布が多すぎるのだ。

少しずつ小分けにやってもよいのだが、そうすると布の染まりかたに偏りが出来てしまう為、今回の場合は敬遠したい方法だった。

(いっそ染め方を変える…?)

レインはそう考えて首をふった。

この仕事を、王から受けたときに描いたイメージを忘れられなかったのだ。

そこに住む異国の人たちに、レインなりの心をプレゼントしたかった。

その時。

「…連れてきた」

「…連れてきました」

ダメ元で人出をかき集めてくれるよう、送り出したグランとクリスが帰ってきた。

暗い物置小屋に、光がさしたような美貌の助っ人を連れて。

「わ~、なんだか楽しそうだね」

「これ、何に使うのかしら?」

レインは横目でクリスとグランを(にら)み付けた。

(確かに人を呼んでっていったけど…)

クリスはレインの睨みを受けて、弁明する。

「私は梔子(シシ)を呼びにいったら…茉莉花(ジャスミン)さまも(ひま)だからって…」

グランは、少しだけ眉を寄せて呟くように告げる。

「…知り合いがアレしかいなかった」

何故、そしていつの間にアヴィカと知り合ったのかは…聞かなくても分かる気がする。

きっと鍛錬所(たんれんじょ)で居合わせたのだろう。

殴り会ううちに、生まれるのは男同士の友情…だけではなかったようだ。

(全く…もう!)

しかし、いまは猫の手も借りたい。

側妃たち二人は、呑気(のんき)に小屋のあれこれを興味深そうに見つめている。

控えめに付き従う小柄な少女も黒い瞳を輝かせているようだ。

(使う以上は…きっちりやらせなくちゃね)

レインは一つ、深呼吸をした。

手をうちならし、3人の注目を集めると、にっこり微笑む。

「まずは3人とも、着替えて頂きますわ」

満面の笑みの姉の後ろで、クリスは3人に向けて秘かに合掌(がっしょう)した。

ごめんなさい、と健闘を祈る、の両方をこめて。


「貴方のとこの姫さま、人使い荒いわ…」

ひたすらに葉っぱを叩き続け、棒になった手を擦りながら、アヴィカがグランにボヤいた。

その傍らで全く同じ作業をしながら、グランは軽く首を捻る。

「…そうか?」

領地では働き詰めだっただけに、この程度は彼にとってはまだ序ノ口と言えた。

「これ、しばらく剣は握れそうにないわ…」

「…それは平和で何よりだ」

「あ、お前、自分が勝ち越してるからってズルいぞ」

「…あれは勝手にお前がやってるだけだ」

(グラン…普通に喋ってるなんて)

自分との会話もままならない護衛が、意外に多くの言葉を紡いでいることに驚嘆(きょうたん)するレインだったが。

「あ、梔子、それはもうあげて」

よそ見をしている暇はない。

細かく砕いた葉を煮だした液に布を浸すのは、クリスと梔子だ。

小柄な少女はともすれば、自分が桶に入りそうなほど一生懸命に布を(くぐ)らせている。

レインの指示にクリスと、梔子の二人が協力して布を引き上げた。

「はい、受けとるわよ」

それを受け取ったのは茉莉花だ。

レインが片方をうけとり、広げたそれを、意外にもテキパキとした所作で紐に止めて干していく。

干された大きな一枚布は、はじめ葉と同じ緑色をしている。

しかし風をうけて(ひるがえ)るうちに、鮮やかな蒼い色に色を変えていく。

「…まるで、魔法のようね」

茉莉花の感嘆の声に、レインは思わず微笑んだ。

「私もそう思います」

「何故、こうなるのかしら?」

茉莉花の疑問に、レインは少し首を傾げた。

「それは…私にも分かりません。でも…魔法なら分からなくてもいいのだと」

その言葉に、茉莉花がにっこりと微笑んだ。

「…確かにその通りね」

また染料につけるために、乾いた布を取り込みながら、翻る布を見上げる。

「まるで…海のようね」

風にはためく大量の蒼色の布。

茉莉花の声には、隠しきれない郷愁に染まっている。

「え?何か仰いました??」

問い返すレインの声に。

「いえ…なんでもないわ」

答えて、茉莉花はレインに微笑んだ。

レインはその言葉に、薄い(もや)を看取って眉をしかめる。しかし。

「さぁ、鬼軍曹さま!次はなにをするのかしら??」

茉莉花の茶化した言葉に後押しされて、結局うやむやにされてしまった。


ようやく、すべての布を染め終える頃には、小屋に西日が差し込んでいた。

「あー…疲れたぁ…」

「染め物って大変なのね…」

ぐったりしている二人の側妃に、クリスと梔子が甲斐甲斐しくお茶を淹れる。

「ご協力ありがとうございました」

レインは、二人と梔子を労った。

染め上がった布は、レインが描いたイメージ通り、綺麗な蒼に染まっていた。

「綺麗な青にそまるものだね」

「藍染というんです。生の葉は新鮮なうちに使わないと色が付かないんですが…その分綺麗な色が出せるんです」

愛おしいもののように、布に手を沿わせるレインを、アヴィカは目を細めて見つめる。

「あれは…海の色に似てますね」

茉莉花はお茶に目を落として、呟くように囁いた。

レインは瞳を輝かせた。

「海の色ですか?…私は海をみたことが無いので…海はこのような色のものなんですか?」

好奇心に輝く紫の瞳に、茉莉花の瞳に何かがよぎる。

どこか苦い、辛そうな色が。

しかしそれも一瞬で押さえ込まれ、そつのない第二側妃の艶やかな微笑みを取り戻す。

「海は…その時により様々ですわ。これは…そうですね…昼の海の色かしら?」

「昼の海は、明るい綺麗な色なんですね」

クリスの微笑みに、ぎこちなく微笑みを返して、茉莉花は首を傾げた。

「海の色でないとしたら…あれは?」

茉莉花の疑問に、レインは少し恥ずかしそうに俯いた。

「あそこはあまり…綺麗な空が見えなかったので…私が一番綺麗と思う空を見せてあげたくて」

その言葉に、アヴィカは大きく笑った。

「成る程…きっと喜ぶだろうな」

「空というからには、少し足らないものがありますわ」

茉莉花の指摘に、レインは頷く。

「そうなんです…でも、それには材料と刺繍の得意な人がいないといけなくて」

その言葉に、茉莉花は妖艶に微笑んだ。

「大丈夫ですわ。私に当てがありますの」

その自信に満ちた笑顔に、不穏なものを感じて、レインとクリスは思わず顔を見合わせた。

(だ、大丈夫ですかね?姉上…)

(わ、分からないけど…背に腹は変えられないし…)

「それでは…お願いします」

レインが頭を下げると、茉莉花は身を翻した。

「礼には及びませんわ。道具を揃えたら、早速はじめますわよ?」

「え?」

「…もちろん、皆様にもやっていただきますわ、刺繍の試験を、ね」

俄然やる気の第二側妃を前に、青ざめる一同なのであった。


生の葉を使った藍染のやり方とか色とかは、こんなん染まらんわってやつなので…なんかもう…ごめんなさい涙

筆者は染物も園芸も未経験なもので、今後もこの手のなんちゃって話が多出すると思いますが、その辺りはファンタジーとして生温い眼差しで、お楽しみいただければな、と思います…長々と言い訳でございました笑

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