残虐王
与えられた館の一室のバルコニーで。
月明かりに照らされて佇む男に、ユージィーンは思わず吹き出した。
「忍びこむ部屋を間違えたのか、ジーク?」
闇の化身のような、黒衣を纏う細身の青年。
廷臣に恐れられるルビーの瞳と、いつもなら眼帯に隠されいるサファイアの瞳が、闇夜に浮かびあがっている。
惨殺王の名を冠する年若き主は、自分の腹心を憮然と見つめて口を開く。
「…間違えるか。で、どうだった?」
そのオッドアイの威圧感に全く動じることのない唯一の廷臣、ユージィーンは楽しそうに続ける。
「え?エレイン嬢は、見た目は守ってあげたい愛くるしい感じなのに気が強そうで、割とでるとこ出てるのに男なれしてない感じで、ギャップ萌えたまらんなぁ~って、こと以外にあったかな?」
「…ちょうど、切れ味を試したい刀があったな」
さらりと冷淡に返す主に、さすがにからかいすぎたことを反省して、ユージィンは答える。
強い光りを放つ菫の瞳を思い返す。
「間違いないね。どことなく、あの方に似ているよ」
「…そうか」
その言葉に、まるで殴られたかのように俯く王の頬を、月光が照らしている。
「…まさか、こんな時に見つかるとはな…」
その娘を知ったのは偶然だった。
街で聞いた噂の一つに、何故か心ひかれた。
静の姫君と呼ばれる、とある辺境にすむ伯爵令嬢が、国の指名手配を受けていた詐欺師を捕まえた話。
よくある誇張された話だと思いながら、敢えて調査してみたのは、話に出てくるような完璧な令嬢がいるわけない、という反発からだった。
そして、調査結果に唖然とした。
完璧な淑女どころか、貴族の子女としても、おかしい行動ばかりだった。
たしかに伯爵家の財政は豊かとはいえないが、領主の娘が率先して、畑を耕し家畜を追うほど切迫したものでもない。
(まさかと思うが、趣味なのか?…謎だな)
殺伐とした日々で見つけた、ちょっとした楽しみ。
一度会ってみたいと思っていた。
だから、肖像画を手に入れて驚愕した。
艶やかに輝く栗色の髪を垂らして、控え目に微笑んでいる令嬢の菫の瞳。
結局、彼女を捨て置かなかったのは自分の為か、はたまた身に染み付いた習性か。
「…今更だな」
利にならぬものは排除する、それが残虐王のやり方なのだから。
「ジーク…」
ユージィンは普段、強い瞳に隠されているその繊細で優美な面に、疲労の色濃さをみてとり、臣下としてではなく、友人として声をかける。
「今ならまだ…」
そして、その後を続けることができなくなる。
再び開かれたオッドアイがそれを拒否したから。
ユージィーンは密かに吐息をつく。
(若いのに、色々悩みすぎなんだよね、我が敬愛する王は…)
「バイロイト伯爵は、どの程度把握していた?」
「…あの御仁は白だね。同じニオイもしなかったし、ホントに知らないんだろうな。まぁ無理もないけど」
「養女の話は?」
「それでエレイン嬢の、後宮での扱いがよくなるならいいんだと。出世欲もないんだろうね。確かに、詐欺師のカモに成りそうな人だった」
「無駄な情報はいらん」
話を急いでる主の様子にピンと来て、ユージィーンはニヤリと笑う。
「さてはお前、アランに黙って出てきたな?」
「…途中から見なくなっただけだ」
それでも自覚があるのか、罰が悪そうにあさっての方向をみるジークに、ユージィーンは堪えきれず吹き出す。
「どこの世界に、自分の護衛を撒いてくる王様がいるんだよ!」
冷厳と評される騎士団長は、今頃半狂乱で彼を探していることだろう。
「あいつは泣くから面倒なんだ」
(全身刀傷だらけの、ヒグマのような騎士団長に吐く台詞じゃないけどね…)
それでも彼なりに気遣ってるのか、話を切り上げて早々に背を向けた主に、ユージィーンはつい、お節介をしたくなって声をかける。
「エレイン嬢には会わなくていいの?」
その言葉には反応せず、年若き主は手にしていた眼帯を嵌める。
思慮深い青い瞳は隠され、ただ血のように赤い瞳の、苛烈にして残虐と呼ばれる王の姿になる。
そしてひらりと身を翻すと、バルコニーから消えた。
(さて、これでどう動いてくるかな?)
これから彼女が引き起こすであろう諸々に、堪らなく愉快な気持ちになって、ユージィーンは明るい部屋に帰っていった。




