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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
城下町へ
22/67

戯れ

レインは"後宮虎の巻"を手に、首を捻っていた。

茉莉花の言葉を、改めて思い返していたのだ。

「陛下に恋をしないのが、側妃の条件…ってやっぱり何か、おかしいわよね…大体子供は要らないってなんなのかしら?そんなことしたら…」

すぐ王家は途絶えてしまう。後継者争いも起こるだろう。

金獅子王もまだ壮健である年齢だったのに、急病に倒れて帰らぬ人となった後、仕えていた側近に自分の子供を殺されているのだ。

レインは唇を噛み締める。

噂に聴く残虐王と、レインからみた王の姿にはとこか解離があるのだ。

それを解消するには何を聞けばいいか、彼女は知っていた。

(貴方は本当に王子を殺したのか)

そう聞けばいいのだ。

しかし、レインは迷っていた。真偽を確かめることが、意味あることなのか分からなくて。

そう聞いた途端、王はレインには一生、心を開いてくれない気がした。

そう考えてレインは、激しくかぶりをふる。

(そうじゃなくて!!…別に陛下と仲良くならなくてもいいけど、仕事に障りがあるから!)

思わず自分に突っ込んで慌てた瞬間。

「…頭でも打ったか?」

温度を感じない声がかかり、ぎくりと固まる。

「へ、へいか…」

(どうしてこう間が悪いのよ、この人は!?)

一番見られたくなかった人物は、相変わらず無表情にレインを観察して、そっと額に手を当てた。

「な…!」

「…熱はないようだな」

思いの外、真剣な赤い瞳に抗議は途中で消えた。冷たい手のひらは大きく、快くて振り払えなかった。

(これは心配…されてるのかしら?)

いつもながら不可解な行動に、首をかしげてるうちに。

王はそのままレインの手を引いて、ソファーに座らせ、自分はその隣に腰かける。

何故か手は繋いだままで、王の考えが読めずレインはただあせる。

(え…?今二人きりだけど…)

ついでに余計なことに気づいてしまったレインの、その焦りようには一切構わず、王は淡々と切り出した。

「今日の進捗を聞かせてくれるか?」

レインは改めて姿勢を正す。

見下ろしてくる赤い瞳は深く澄み、自分一人が振り回されていることを自覚して、妙に悔しかった。

(これは仕事…仕事…)

対抗するには、繋いだ手の指を王が子細に観察して、あまつさえ撫でられていようとも平常心でいなくてはダメなのだ。

(だからなんで、こう挙動不振なの…?)

どうしてかは気にはなるが、レインは深く息をはいて、指の感覚をオフにする。

「とりあえず、側妃様たちに会えました」

その言葉に、王は少し微笑む。

「そうか、大変だったな」

その言葉に、レインは吹き出しそうになった。

その大変な三人を妻にしている人が、言う言葉とは思えなくて。でも"大変"という言葉は、まさしくあの三人を的確に評していて。

だから、つい素直な本音が出てしまった。

「1日たのしかったですよ。城下街は賑やかで楽しくて、お店で沢山の生地をみて、下町を歩いて、紅華にあえて。彼女に会えたから、陛下の仰られたことも…わかったような気がします」

レインはそこで口をつぐみ、王に頭をさげた。

「全て、陛下のお陰です」

その言葉に、王は首を傾げた。

「私はアヴィカに護衛を頼んだだけだが?」

「え?」

レインの驚きに王は徐に手を伸ばす。

その手がレインの頭を軽く撫でた。

「まさか見つけてくるとは思わなかった、ということだ。少し甘くみすぎたな」

その言葉に、はからずも頑張りを認められたことに、言い様のない嬉しさが込み上げて、レインはどんな顔をすればいいのか分からなくなる。

(子供扱いされて、普段の自分なら怒るはずなのに…)

そんなレインに、何を思い出したのか、王がニヤリとする。

「護衛も要らなかったようだしな」

「な!?」

「とんだお転婆姫だ…だが、二度とやるなよ」

微笑みを浮かべていた王の瞳が厳しく光る。

「お前に何かあったら、俺はクリスを処罰しなくてはいけない」

そう言われて初めて気づいて、背筋が寒くなった。知らぬ間に、自分が弟にしたことに。

(私は…なんて考えが浅いんだろう…)

目先のことばかり気にして、結果については全く考えていなかった。

クリスのことだけじゃなく、王の言葉についてもそうだった。

(あの人たちのこと…言えた義理じゃなかった)

噂だけでレインを、弱々しい庇護対象と決めつけた婚約者たち。

「ごめんなさい。私、本当に…何にも知らなくて…考えたことすらなかった」

何に言い訳してるかもわからない自分が、ただただ情けなくて。

鼻の奥がつんと痛んだ。

(泣いたら駄目だ…弱くなるから)

その時、ふわりと風が動いて、気づけば暖かい腕のなかだった。

思わず、レインが身を固くしたのに気づいたように、王は抱き寄せた腕に、微かな力しか掛けていなかった。

その腕のなかは、レインが嫌がれば、すぐに離れられるようになっていることに気づいたら、余計に離れられなくなった。

止めようと思った涙が溢れる。

「知らないことは罪じゃない。それまでのお前に必要無かったということだ。…時には知らない方がよいこともある」

慰めようという訳じゃなく、淡々と思っていることを言っただけのような王の言葉に、レインは泣きながら笑ってしまう。

(励ますつもりがあるのか、ないのか…)

でも泣くなとも泣けとも言わない、その事にレインは救われている自分を感じた。

「それでも…私は知りたいです。知らないままでいるのは…悔しいから」

勇気をだして、顔をあげればそこには、例えようのない顔をした王がいた。

喜んでいるようにも見えるのに、光の具合なのかその瞳は、泣き出しそうにも見えて。

「やはり…親子だな」

その呟きはとても小さくて、レインには聞き取れなかったけれど、王はもう何かを吹っ切るように、涼やかな瞳を取り戻していた。

「紅華の話を聞かせてくれ」

王の求めにしたがって、レインは紅華の話を聞かせた。

彼女の幼さにはみあわないほどの、刺繍の技量を。大人びた瞳が沢山の生地をみて、キラキラと輝いていたこと。棗が快く紅華の師匠を引き受けてくれたことまで一気に話して、レインは自分ばかり喋っていたことにきづいて、にわかに恥ずかしさが込み上げてきた。

(陛下の前だと、ついつい淑女の作法とか忘れちゃうのよね…)

流石にはしたなかったかと上目使いに伺えば、この上なくやさしく光る、赤い瞳に目があって。

「…夜会が楽しみだ」

ゆったりと微笑みかけられて、言葉がでない。

(やっぱりこの陛下は…苦手だわ)

赤くなった顔をみられたくなくて思わず、王の胸元に顔を埋めれば。

「何故、隠れた?」

からかうような王の声音に反発して、思わず顔を挙げてしまう。

「隠れてません!」

その喧嘩腰の言葉に、思わず王は吹き出した。

その手放しの笑いに、最初は怒っていたレインだったが、その笑顔に毒気を抜かれてしまう。

(陛下は…こんな顔もするんだ)

「お前はホントに…嘘がつけないやつだな」

一頻り笑ったあと呟かれ、レインは憮然と沈黙する。その様子に王は、不思議そうに首を捻る。

「これでも誉めてるんだが?」

「無理に誉めて下さらなくても結構ですわ!」

もがいて、腕の中からは逃れられたものの、依然として捕まえられている手に。

「陛下、いい加減離してください」

菫の瞳を険しくするレインの要求に、王の瞳が悪戯に輝く。

「陛下ではない。ジークだ。名前で呼んでみろ」

「…おそれ多いので遠慮します」

「親しくなるには、名前は重要じゃないのか?…エレイン」

(だから、ズルいんだってば!)

微笑みながら、不意打ちで呼ばれた名前に、耳まで赤くそめながら、解放してほしい一心で、やけっぱちでレインは言葉を返す。

「ジーク…様!」

最後はひよって様をつけてしまったが、これでいいのかと鼻息も荒く王を見れば。

「へ、陛下…?」

すっと手を離され、王は立ち上がった。

レインからみるその表情は、逆光で見にくく分からなかったが。

「仕事に戻る…先に休め」

そう言いおいてまた去っていく王に、解放されて嬉しいものの、訳が分からずレインは首をかしげた。

(ホントによくわからない人だわ…)

わからないものを、何時までも考えていてもしょうがない。

レインは切り替えて、ベットに潜り込む。

(また朝になったら、陛下がいるんだろうけど…)

しかし何故かその朝に、王が部屋に戻ってくることはなかった。

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