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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮入りまで
2/67

厄介な縁談

今よりそう遠くない昔、この大陸は3つの国があったという。

3つの国は互いに牽制しあい、永らくその均衡は揺らがなかった。

しかしある時、そのバランスは崩れた。

圧倒的な軍事力と指導力を持った男が現れて、あっという間に一つの国に纏められてしまったからだ。

しかし、輝く金髪と珍しい金の瞳をもつことから、金獅子王と呼ばれた彼にも、ただ一つ勝てない敵がいた。病魔である。

かくして統一された国は、まだ国としての体を成さないうちに指導者を失った。

後を継ぐ王は、未だ幼く瓦解は時間の問題と思われたときに、現れたのが今の王だった。

一介の武人にすぎなかった彼は、僅かな手勢を率いて王の居城を攻め、これを制圧した。

そして、幼き主君を切り捨てた後、その亡骸を磔にし、廷臣たちの忠誠の証にその体を切り刻ませたとされる。

その様子を、血よりも赤いとされる隻眼で睥睨しながら、少しでも抵抗したものは切り捨てた為、玉座の間には遺体が積み重なりそれを送る葬列は3日途切れなかったという。

赤い隻眼の簒奪者、後に黒狼の名を冠する王は、人々に残虐王と呼ばばれ畏怖の対象となった。


その文書に間違いなく、黒狼の印章が押されてあるのを確認して、バイロイト伯爵は全身の血が凍りついた。

「エレインを…陛下の側妃にですか?」

王家の使者は、恐らく伯爵よりも一回り以上は年若のひょろりとした、焦げ茶の髪の青年であった。

そのアーモンド色の瞳は、伯爵の苦境に同情するようでもあり、またそれを楽しんでいるようでもあった。

(確かにまたとない機会だな…)

ただの辺境伯の娘が陛下の目に止まるとは、かなりのシンデレラストーリーだ。

ただしそれが残虐の名を冠する王でない限りは。父親としては悪夢としかいえない。

「エレインは…少々、普通の令嬢とは違っておりまして、とても後宮が務まるとは…」

伯爵が青ざめつつも、やんわり拒否したことが意外だったのか、青年はおやという風に眉毛を持ちあげてみせた。

「領地経営に邁進されているとか。陛下はそういう変わったお方を好まれるので、問題ないですよ」

気づかぬうちに予備調査が行われていたことに、伯爵は顔面蒼白になる。

(ということは、青虫を摘まんで捨てる姿も、羊を追いかけ回す姿も全部…?!)

しかしプラスに考えれば、素のレインをよいと言ってくれている訳だ。

(数ある鉄砲を打つまでもなく、物好きが釣れたのかも知れぬ)

小さく吐息をはいて、伯爵は告げた。

「エレインを呼んできましょう」


(ふぅーん…これがそうか)

王の使者、ユージィーンがエレイン・バイロイト嬢に抱いた感想は、そんなものだった。

艶々した栗色の髪の、背筋を凛と伸ばした姿勢のいい若い女性。

それなりに整った顔の中で、唯一特徴といえるのが、珍しい菫色の瞳位。

傍らに控える、威圧的な長身の赤毛の護衛のほうが、よっぽど目立つ容姿をしていた。

「エレイン・バイロイトでございます」

楚楚と淑女の礼をしてみせながら、挑むように菫色の瞳には強い光が宿っていた。

(ヤッパリ噂はあてにならんね…こんな眼の令嬢のどこか理想の淑女なんだか)

その瞳に、思わずニヤリとした内心を隠して、

頭を垂れる。

(今はただの使者に徹しなくては)

「ユージィーンと申します。本日は黒狼王の名代として、求婚者の名乗りに参りました」

令嬢には意外な一言だったようで、ちらりと横目で伯爵を眺める。

蒼白な父親の顔に事態を察して青ざめた。

「何故…こんな辺境伯の身分の娘をわざわざ後宮に召されるので?」

硬質な令嬢の言葉に、ユージィーンは思わず、社交界の花たちを虜にする微笑みで答えた。

「陛下が、貴方に一目惚れしたからですよ」

令嬢はショックのあまり倒れかけ、後ろの赤毛の護衛が、すかさず抱き止めた。

(病弱というのは、あながち間違いないようだな…)

しかし相手が残虐王とはいえ、ここまでショックを受けるだろうか。

ユージィーンは少し不審に思う。

顔面蒼白ながら、再び立ち上がった令嬢は、ユージィーンをひた、と睨み付ける。

「…それは嘘ですわね。しかし、本当だとしても使者様にはご足労でしたが、私は後宮に入れる身分の女ではありませんの」

菫色の瞳は強い決意に輝いていた。

ユージィーンはこの目を知っている。既に明日はないと覚悟した者の瞳だ。

(あらら…これは想定外)

「私はバイロイト伯の実子ではありません。どこぞの軍人崩れのならず者が、お母様に乱暴して生まれた不義の子です」

「エレイン!!」

父親の諌めを、令嬢は一顧だにしなかった。

「よいのです。陛下を謀った責めは私一人で負います。お父様は悪くありませんわ。これを機に、私を勘当なさってください。…こんなどこぞのものともしれない女を、よもや後宮に招こうなんて論外ですよね?」

挑むように自分を見つめる彼女に、ユージィーンは血が沸き立つような興奮を覚える。

「あー、ゴメンね。いまちょっと…堪えきれなくなって…」

と言ってついに、彼は爆笑した。

怪訝そうにこちらを見る親子を置き去りに。

今の王に仕えて早5年。

気づかないうちに、自分は倦んでいたらしい。

(これは…当たりを引いたかもな)

「楽しそうで何よりですわ」

氷点下のレインの声音に、慌てて笑いを納めて弁解する。

「いや、お嬢様の勇ましさにね、胸打たれたなって。まぁ、あとはぶっちゃけ、話が早くて助かったよ」

「え?」

「うちの王様ってさ~、おっそろしいくらい地獄耳なんだよね。もー超!嫌みな上司だよね?だからね、知ってたよそれ」

「は?!知ってて、何故…!?」

伯爵は思わず口に出してしまい、すんでで、踏みとどまった。

対してレインの肩から力が抜ける。しかし瞳の方はまだ、光を失ってなかった。

戦う者の輝きに、ユージィーンの頬が緩む。

(これは…ホントに期待できるね)

「…知っていたなら勿論、対策も万全という訳ですね?」

レインの言葉に、ユージィーンはおもむろに、さっきとは別の文書を取り出し、伯爵の前に滑らせた。

伯爵がブルブル震える手でそれを取り上げ、娘の為に読み上げた。

「エレイン・バイロイトを本日付けで、ユージィーン・センティネル公爵の養女とする…ユージィーン??も、もしや、あのケル…宰相殿でしたか!」

伯爵の顔色は、青を通り越し蒼白だ。

(まぁ、まさか使者にNo.2が来る、とは思わないよな…)

娘に先立ちこちらが卒倒しそうだ、と肝心の娘をみれば、もはや爛々といった敵意剥き出しの目でにらまれていた。

「宰相さまは、随分とお暇なのですね」

こちらの身分をしっても、一切科酌しないその姿勢は天晴れである。

(このお嬢様も、だいぶ生きづらそうだな…もっと気楽にやりゃいいのにね)

こんなことをいっても、もう一人も彼女も耳を貸さないのだろうが。

「いや~、娘の嫁入りとあらば、父親は万難を排して駆けつけるものだろう?」

ユージィーンの言葉に、あからさまに嫌な顔をした令嬢は、氷の声で続けた。

「成る程、これで私の身元だけは確かということですね」

言外に込められた意味に、ユージィーンは肩をすくめた。

「…なかなか手強いお嬢様だ。伯爵、申し訳ないが…ここからは親子の会話と、いうことでお願いできるかな?」

レインと違って立場もある伯爵は、気持ちはどうあれユージィーンに頷いて、無表情ながら少し警戒を滲ませる護衛を伴い、部屋を後にした。

「さて、君は僕に確認したいことがあるんじゃないかい?」

「宰相様…いえ残虐王は、私に何を望んでいるのですか?」

あえて残虐王とよぶ、令嬢の蛮勇とも呼べる肝の据わりかたに、また笑いのツボを刺激されながら、ユージィーンはこらえた。

「それは姫の方がよく知ってると思うけど?」

レインは唇を噛み締めていた。

「血筋を問わないとあれば、私の出来ることは限られていますわね。どうやって知ったのかお聞きしても?」

それは失策を反省する軍師の趣で、ユージィーンは思わず、レインに同情する。

(相手が悪いだけなんだけどね)

「辺境伯は、随分と騙され安い人柄のようだね?以前は、借金の肩代わりをさせられたり詐欺にあったりと、散々な目にあっている。そういった話がなくなって去年かな?かなりの領地で詐欺を働いてた宝石商を、お縄にしたそうだね。いずれも君が父上に同行するようになってからの話だ」

「…人の口に戸は立てられませんね。いい教訓でした」

かなりの悔しそうなレインに、ユージィーンは微笑む。

「つまり残虐王の望むところは、君の特技に尽きる。それを我々に提供してくれるなら、王は君が欲しがっているものを差し出す、といっている」

「私の欲しがっているもの?」

レインの不審気な声に、ユージィーンはにっこりと微笑んだ。

「側妃になるってことは、求婚者に煩わされていた君にとっては、いいことじゃないかい?ほとぼりが覚めた頃、王が君を降家させる先を探す。モチロン妻が何をしようと寛大な夫のところにね」

レインの目線が一瞬、ユージィーンから外れる。

(何だろう?顔じゃなくて…周りを見てる??)

「…嘘ではないようですね。」

どこか確信に満ちた声音に、ユージィーンは驚く。

どこか捻くれているこの令嬢が、いかにも怪しげな申し出を疑わなかったことに。

(まさか本当に嘘が分かる、とでも?)

勘が鋭いだけかと思っていたが、もしそうだとしたら。

(こっちの計画が…頓挫するな)

「取引というのに随分、私の利が大きいようですが…そんなに厄介な仕事なの?」

まだ眉間のシワはそのままに、レインが問いかける。

(さて…王様は、わかってるのかな?)

ユージィーンは内心はともあれ、レインに肩を竦めてみせる。

「そうだねぇ。僕はやりたくないことは確かだな」

「宰相様、私はあなたほど暇人じゃありませんの」

「…ヤッパリ似てるな…」

無駄を嫌うその態度といい、口調といい。

どこか黒髪の主を思わせる令嬢に苦笑して、ユージィーンは言葉を続けた。

「まぁ、ちょっとした人員整理ってとこさ」

全然、説明になってないと怒る姿もまた、似ているレインが可笑しかった。


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