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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
城下町へ
19/67

貴族の役割

順番が変わっただけで内容は同じです。これで繋がったはずです。すみませんでした(汗)

そのお店は、表通りの喧騒からは隔絶されたところにひっそりと建っていた。

看板はなく、一見して店なのかすら判別できないそこに、茉莉花(ジャスミン)は躊躇いもなく足を踏入れる。と、その中は色の洪水だった。

「…凄い…」

見たこともない布地の数に圧倒されるレインに茉莉花はコロコロ笑った。

「これでも絞ってもらったほうなのよ。あまり衣装には拘らない方と伺ってたもんだから。でもこの状態なら興味津々のようね?」

「…すばらしいです。東国の絹や、西国の木綿…この複雑な織りは神聖帝国のでしょうか?」

「あ、エレインさま落ち着いてください…店主もいないのに勝手に触ったらいけませんよ!」

すっかり手触りやら色やらを観察するのに夢中な姉を、クリスが必死で宥めたとき。

「どうぞ構いませんので、お手にとってご覧ください」

あまやかな声に振り返れば、そこには東国風の衣装を着た小柄な女性が、お茶を手に立っていた。

嗅いだことのない匂いを放つそれに、姉弟が不思議な顔をしたのに気づき、女性は微笑む。

「茉莉花さまがお好きなジャスミンティーです。心を落ち着ける効果があるんですよ?お名前は一緒なのに、大分違うものですよね?」

「ま、失礼ね」

ちゃっかり自分は椅子に腰かけて、受け取ったお茶を飲みながら、茉莉花は憤慨してみせる。

「私は上客なんだからもう少し敬ってほしいわね、(ナツメ)

棗と言われた女性は、肩をすくめてみせる。

「敬われたら敬われたで、寂しいとおっしゃるんですもの。扱いが難しい姫様のお相手は大変でございましょう?」

後半は棗から受け取ったお茶を配る、梔子(シシ)に向けたようだが、当の本人はにっこりと微笑んで首を振るだけだった。

「相変わらずですねぇ。あら、エレインさまも護衛の方もお掛けになって?」

立ちっぱなしでぽかんとしていた姉弟は、棗にそう声をかけられ、茉莉花が座っている椅子の傍にそれぞれ腰かける。

「当店主人の棗と申します」

改めて名乗る女主人に、レインとクリスも慌てて頭を下げる。

「エレインです。こっちはクリス…と申します」

その紹介の仕方に、棗は面白そうに少し眉をあげたがそれには触れず、仕事にとりかかる。

「エレイン様、今回は夜会用の衣装と伺いましたが、どのようなものをお考えで?」

棗の言葉に、レインは狼狽える。

そう言えば今朝ユージィーンに言われた気がする。しかし。

(用事って、夜会の服のことだったの?でもそれならお城でやってもよかったのに…何故?)

考え込むレインに、棗が首を傾げる。

「レイン様?」

「すみません…着飾るのはどうも苦手で」

小さく告げた言葉に、棗は少し瞳を開いて微笑んだ。

「そうですか」

返ってきた単純な相槌に、どうしてか弁明したくなってレインは続ける。

「着飾るのは貴族の役割と言われたのですが…納得いかなくて。新調しなくてもいいと言ったのですが…」

その言葉に、吹き出したのは茉莉花だった。

「陛下にそんなこといったの?それはご機嫌悪くもなるわよ。女に衣装を贈るのは男の甲斐性の問題でもあるんだから」

茉莉花の言葉にレインは即座に反発する。

「私は陛下のモノではありません」

「だからこそ縄張り主張したいんじゃないかしら?」

「え…?」

噛み合わない二人の会話に、棗はにっこりと微笑んで仲裁に入った。

「はいはい。茉莉花、気持ちは分かるけど経験値が違い過ぎて伝わってないから」

その言葉に、茉莉花は肩を竦めて引き下がる。

「レイン様、陛下の御言葉私の立場からなら少し理解できますよ」

「貴族の役割ですか?」

レインの疑問に、棗はにっこりと微笑んで、先ほどレインが手にとっていた東国の絹をかざした。

「たとえば、レイン様が感嘆されたこの布。これは東国の絹に、この国の刺繍をいれたものですね。これを作るのにどの位の人手と手間が掛かるかは、レイン様には大体お察し頂けると思います」

棗は一旦言葉を切ると、指を立ててレインを見つめた。

「では、この絹の布を買ってくれる人はどんな階級でしょう?」

話を進めるための形式的な質問だと感じたので、レインは間髪いれず答える。

「…貴族か王族かそれなりの財のあるひとかしら?」

「その通り。特権階級があるお陰で、このような高級な品物が流通する訳ですね。そしてこの絹を作るのに、使われた技術が保たれるという側面もあります」

「"王家のお墨付き"がつくということね?」

棗は出来のよい生徒を誉めるように、レインを見つめ笑いかけた。

「王家のお墨付きがあれば、少し財のある商人や平民がこぞって集まる店になります。上手くすれば、製造方法や技術が拡散して、もっと庶民向きなものを作れるようになるかもしれませんね?それは絵空事ではありますが、貴族が着飾るというのはそう言う側面もあるのですよ」

棗の言葉に、レインは唇を噛み締めた。

(確かに…その通りだわ)

贅沢だからと切り離していたが、レインが苦心して染めた布も、染料に拘り手間を惜しまなければ高価になり、結局は貴族にしか買えないものになっていたのではないか。

自分の不明を恥じ、言葉を無くして俯くレインを、どこか慈しむ眼差しで見つめて、棗は続ける。

「…今回、新進のデザイナーをご用意させて頂きました。レイン様さえ宜しければその者にお任せしていただけませんか?」

その言葉に、王の狙いが見えて、また自分が彼の手のひらで踊らされていたことに、猛烈に腹が立った。

「…そう言うことなら、自分で探してみても?ここは王都なんだから、沢山いるのよね?仕立て屋は」

思わず出た喧嘩腰の言葉に、焦ったのはクリスだけで、棗と茉莉花はといえば…あろうことか顔を見合わせて爆笑した。

暫く笑ったあと目尻の涙を拭って、思いっきり不機嫌になったレインを、宥めるように微笑んだ。

「陛下が夢中になるのもわかる気がしますわ。勿論です。ただし裏通りにはお気をつけくださいな。治安は大分良くなってますが、どこの街にも、良からぬ輩というのはおりますので」

棗の忠告に震え上がったのはクリスだけで、レインはより一層の闘志を込めてその菫の瞳を燃やした。

(みてらっしゃい!驚く位の仕立て屋を見つけてやるんだから!!)

その様子を見守る茉莉花は、極めて愉快そうに自分の侍女に声をかけていた。

「可愛いだけの方かと思ったら、存外面白い方ね。あの陛下に歯向かうなんて…すごい度胸だわ。それが違いなのかしら?」

主の言葉を梔子はただ、黙して受け流す。

彼女は茉莉花の鏡としてのみ、存在しているのだ。そんな主従の姿を、棗はどこか痛ましげな目で見つめるのみだった。


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