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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮での日々
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二番目の妃

レインは足音も荒く部屋に帰りつくと、目についたソファーのクッションを手当たり次第に投げつけた。

「なんなの…あの人は?!」

(価値を見いだそうとしなければ)

「何にも知らない癖に…!」

初めての夜会は散々だった。挨拶にきた貴族は皆、レインを褒め称えた。薄暗い靄を纏いながら。平凡な自分の向こうにある、領地や爵位を見つめていることは、どんなに疎い娘でもわかったはずだ。押し寄せる吐き気を、歯をくいしばって耐えるしかなかった。こんな嘘で、自分は欠片も傷つかないことを示すしか、支える術が無かったから。誰にわからなくても。

だから次の夜会は出なかった。その次もその次も。

(おべっかばかりの人に囲まれることが、着飾って踊ることが、何の意味があるのよ?)

「何も知らないくせに…!」

何故、自分にこんな力があるのか。嘘が見えることに意味はあるのか。何故嘘を見ると倒れるのか。わからないことだらけの力が、どれだけ恐ろしく忌まわしいかなんて。それなのに。

(逃げるな…なんて)

なんでそんな、見透かしたようなことをいうのだ。あの赤い瞳は。

「あ、姉上…??」

クリスの不安げな声で、自分がどんなに頼りない顔をしていたか気づいた。

(今、怖じ気づいてる場合じゃない。陛下の言葉より、王妃さまのことを考えよう。先ずはあと二人の側妃に会ってみないと…)

自分の指針を確認して、未だに不安げな弟を安心させるべく、微笑んだとき。

マリーナが慌ただしく駆けてきた。もともと忙しない彼女に仕方ないわね、とレインはたしなめるように目を向けて、驚愕のあまり握りしめていたクッションを手放した。レインの前にたどり着いたマリーナが、息も絶え絶えに伝える。

「…茉莉花第二側妃がお越しになりました」


東国から来たとされる第二側妃は、長い黒髪と同じ黒曜石の瞳が印象的な美女だった。異国風なぴったりした衣装を纏う、その蠱惑的な肢体と、左目の下にある泣きぼくろが、なんとも言えない色香を醸している。

(傾城の美女ってこんな感じかしらね?)

「こんな状態で…すみません」

八つ当たりの形跡の残るソファーを勧めながら、穴があったら入りたい位恥ずかしい。

そんな彼女に、茉莉花は手をヒラヒラさせて応じる。

「なんだか派手に喧嘩したらしいじゃない?私も八つ当たりはクッション派だからわかるわ。割れ物だと片付けも大変だし、勿体ないものね」

ニコリと微笑む姿は、意外と愛敬に満ちていてレインは少し安堵したが、最初の台詞に引っ掛かるものを感じて問い直す。

「何故、朝の喧嘩の話をご存知なので?」

レインの言葉に、茉莉花は吹き出した。

「貴方は腹芸が上手くないのね。陛下といい勝負だわ。まぁ、そこがいいのかもね」

一人納得するように呟いて、茉莉花はレインを指差した。

「そんな簡単に相手の言うことを信用しない。私がなーんにも知らなくて、鎌かけてる可能性もあるんだから。ま、今回はユージィーン様に頼まれてきたから情報は確かなんだけどね」

「さ、いえ…お義父様からですか?」

不思議そうに首を捻るレインに、茉莉花は黒い瞳をきらりと光らせた。

「そ。詳しい話は後にして、さっさと支度にかかりましょ。梔子、あれを」

茉莉花の言葉に後ろに控えていた侍女が頷き、突然歩み寄るとクローゼットを開き始めた。客人の突然の暴挙に、レインもマリーナも呆気に取られて声もでなかった。唯一、クリスだけがいち早く茉莉花に抗議する。

「ここは、陛下の居室並びにエレイン様の私室です!このようなことは例え、茉莉花様でも許されません!!」

金髪碧眼の美少女に、毅然と詰め寄られた茉莉花が一瞬身体を固くするのがわかった。

クリスの口調に気分を害したのかとレインが慌てて割って入る前に、梔子と呼ばれた侍女に腕を捕まれてしまう。

(え?なに?)

びっくりして彼女をみれば、主よりは控えめながら、どこか異国風の顔立ちのまだ幼い美少女だ。長いであろう黒髪は小さなお団子に纏められ、同じ黒い瞳をニッコリ微笑みの形に歪めた彼女は、手に持っていたものをレインに見せた。先ほどクローゼットを開けていたのは、これを取り出す為だったようだ。

レインは思わず声をあげる。

「そ…れは…!」

梔子が手にしていたのは、初日に疑問に思っていたメイド服だった。

(でも何故これを…?茉莉花さまのものなのかしら??)

「相変わらず用意周到ですわね。ユージィーン様は。じゃあ梔子よろしく頼むわ。あと貴方もよ」

ヒラヒラと手を振る主人に頭を下げる梔子とは裏腹に、指名されて泣きそうなマリーナにそっと手を握って安心させているクリスに、茉莉花の目が注がれる。

「そこの貴方は私にお茶を入れてくれるかしら?すぐ飲める冷茶を、ね」

その声にクリスは少し警戒した瞳で相手を見返した。その眼差しに茉莉花はふっと微笑んだ。

「私はヒルダとは違って平和主義よ」

試練と称して刺客を放った第一側妃とは違う、とその言葉が主従に伝わったことに満足したように、唇を歪めて茉莉花は手を叩く。

「さぁ、時間は貴重よ。仕事にかかって」

ルビの振り方が分からないので一応追記。

茉莉花→ジャスミン

梔子→シシ



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