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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮での日々
16/67

模擬試合

(あのアホは!!また突っ走りやがって……!)

腹の中で主を罵倒しながら、ユージィーンは走る。

(まにあってくれよ…!)

そしてたどり着いた訓練場には、すでに兵士はおろかちらほらと、使用人の姿も見えていた。

そのなかでも、小山のようにデカイ男を目指して、ユージィーンは人垣をかけ分けた。

「アラン!!どうなってる?」

ヒグマのような騎士団長は、その厳めしい面をさらにしかめてユージィーンを振り返る。

「実際にみた方がよろしいかと」

そう言われて場所を譲られた。

ようやくたどり着いたそこから見えたのは、長身の赤毛の青年と打ち合う王の姿。

お互い手にあるのは模擬剣だが、その気迫は実戦さながらだ。

「ジーク…本気だな」

「相手は誰ですか?見ない青年ですが…」

「新しいお妃さんの護衛だよ。この状態長いの?」

「もう半刻ほどこの状態ですが」

「…よくやるね~、っていた!ネルソン俺、赤毛にかけるわ!まだ締めてないよね?」

通りかかった兵士を捕まえて、問いつめるユージィーンに、アランはいささか呆れ顔だ。

「ユージィーン殿…まさかその為に走ってこられたので?」

「もっちろん。たまには息抜きしないとね~。アランはどっちかけた?」

なにかをグッと堪えた騎士団長は、重々しく告げる。

「私は賭け事が苦手なのです」

「…つまんない奴だな」

「お褒めに預かり恐縮です」

「……褒めてない」

ユージィーンは不服そうに呟き、タメ息をつく。

(どうもこのヒグマとは気が合わないんだよね…)


体中の毛穴が開き、眠っていた意識が覚醒する。上段から迫る刃を交わし、カウンターで脇腹を狙えば、すんでで戻った剣に弾かれる。

対峙する赤毛の青年は、思った以上に手強かった。

上背がある分、リーチも長く一撃が重い。

長引けばジークの分が悪いことは、ハッキリしていた。

(…となれば一か八か…)

追撃の刃を交わし、グッとしゃがみこみ、その勢いで相手の懐に飛び込んだ。

その瞬間ぶわっと背筋が粟立ち、ジークは後ろにとびずさる。

ガキッと音がして自分のいた石畳に模造剣が刺さっているのが見える。

そして徐にそれを構え直す相手の静かすぎる水色の瞳も。

(スピードもあるか…厄介な相手だ)

思いとは裏腹に、顔が笑みを象る。

体中の血が熱くたぎる。

どれ程戦を憎もうとこの体は戦を忘れないのだ。

それは男に生まれついた性なのか。

それとも獣を飼うものの習いなのか。

ジークには分からなかった。


ユージィーンはそんな主の姿に、思わず吹き出す。

(全くなんて楽しそうな顔してんだよ、あの王様は…)

二人の打ち合いは、どこか良くできた舞のようにも見え、迫っては離れるその動きは、独楽のぶつかり合いのようにも見えた。

(しかし、恐ろしい腕前だね…)

ユージィーンは本気のジークの強さを知っている。

それだけに、それに対峙するグランには舌を巻いた。

むしろ体格に勝る分、彼のが優勢だ。

一際大きな音がしたあと、二人が離れて見合う。

風にあおられて激しく燃え盛る紅蓮の瞳と、波風一つない静な湖水の瞳と。

余りに対照的な二者の姿に、ユージィーンの産毛がぞわりと逆立った。

数拍おいてジークがグランに詰め寄る。

何度も戦地において、敵の首級を上げたその刃がグランに向けられた。

(これは…!)

思わず、制止の声を上げようとしたとき。

兵士を直立不動にする声が終わりを告げた。

「そこまでだ!双方刀を収めよ!!」

すんでで、アランに止められたジークの模造剣はグランの心臓に、グランの模造剣はジークの喉元に突きつけられていた。

と、アランの声に我に返ったように、ジークは一つ息をついて剣を引く。

グランは相変わらずの無表情のまま、こちらも剣をおさめた。

「いい運動になった。礼を言う」

ジークの礼の言葉に、そのまま軽く礼をして立ち去るグランの背中を見送って、ユージィーンは声を掛けた。

「引き分けなんて珍しいね?」

ユージィーンの言葉にジークはニヤリと笑って、首を見せた。

そこには真新しいアザが出来ていた。

正確に頸動脈を狙ったそれに、ユージィーンは背中を冷たい汗が流れるのを感じた。

(最後のアレか…)

「アランが来なければ危なかったな」

少し汗ばんだ黒髪をかきあげて、そう呟く主の赤い瞳は美しく輝いている。

その瞳には好敵手に合った喜びに満ちていて、ユージィーンは思わず吹き出した。

「全く…困った王様だね」

大人しく玉座に座った五年は、この主にも倦怠をもたらしていたようだ。

「ジークさま…あの若者もしや…」

アランの声にジークの瞳が細くなる。

体中に残る傷痕は伊達ではない。

歴戦の猛者たるアランには、薄々察せられるものが合ったのだろう。

「…恐らくお前の考えは正しいよ、アラン」

「しかし何故、辺境の貴族令嬢が剣の一族を…?」

アランの疑問にユージィーンは肩を竦める。

「かの一族は、主を己で決めると聞くからね。なんか弱味でも握られてるんじゃないの?」

「しかし…惜しいですな。ジーク様に仕えて下されば、この上ない力になりましょう」

アランの言葉に、王は片頬を歪めて答える。

「この先、必要としない力だ。…だからあれを手にいれようとするな」

スカウトする気満々だったとみえるアランだったが、主の言葉に渋々頷く。

ジークと互角に打ち合える人材は、騎士団のなかでも一握りしかおらず、ましてや負かすほどの逸材となれば、騎士団長であるアラン以外にはいないのだから、喉から手が出るほど欲しいのも道理だろう。

(しかも相手は辺境貴族の娘だしね…)

王に差し出せと言われて、断れる地位ではないのだ。

(まぁそんなの関係なく、嫌だといいそうだけど)

未練はたらたらだが、主に逆らってまで手にいれようとは思わなかったのか、はたまた表向きなのかアランは素直に引き下がった。

「…御意。ならば、ジーク様も護衛を撒くのはおやめください」

アランの懇願に痛いところをつかれて、あらぬ方を向くジークに遠慮なく笑いながら、ユージィーンはその赤毛の青年の帰る先に思いを馳せる。

(さて、あっちの支度も整ったかな?)

彼女が何を見、何を学ぶのか。

(さて、どう転ぶかね…)

彼女の啓蒙は諸刃の剣だ。

鋭くなればなるほど、彼女は真実に近づくだろう。

しかし敢えてそれを望むのだ。彼の主は。

いや、当人も望むところはわかっていないのだろう。

自分のことには疎い彼の事だから。

(だからおせっかいしたくなるんだよね)

ユージィーンは思わず、微笑む。

朝の食卓の二人を思い出して。ジークは気づいてないだろう。自分が彼女に向ける眼差しが、どんな変化を彼女にもたらしているのか。

そして彼女もまた。

(自分のより先に、父親としてバージンロード歩いちゃうかもね)

突然、鼻唄で結婚行進曲を歌い始めた宰相を、胡乱な眼差しで見つめる主従にも気づかず、ユージィーンは上機嫌で訓練場を後にした。

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