不思議な王様
ふわふわと心地よい眠りから覚めると、今日も当たり前のように、王が隣にいた。薄々感づいていたので悲鳴は避けられたが、体は固まったのを察したらしく、王は少し寂しそうに微笑んだ。
「大丈夫だ。もうしない」
寝起きなのかすこし掠れた声は、妖しい魅力に満ちている。しかし、それよりも一瞬だけみえた、その寂し気な顔に目が吸い寄せられた。
いつもは苛烈なまでに鋭い赤い瞳が伏せられると、そこにはながい睫毛が影を落として、繊細な容貌を際立てている。
(へ、陛下ってもしかして…美人??)
男らしい風貌のグランとは違うが、女性的な訳でもない、不思議な美貌に見とれていると、すっとその手が首筋に触れる。ビクンッとしたレインが身を引くより先に王が頭を下げた。
「すまなかった。傷をつけるつもりはなかったのだが…やりすぎた」
ビックリして布団から起き上がると思わずレインは王の前に正座していた。
「だ、大丈夫です。ちゃんと分かってます!私の仕事を円滑にするために必要だったんですよね?可愛そうな側妃でいれば、使用人や側妃の方の同情をかって優しくしてくれるから…」
早口で言い募るレインを制して、王も身をおこしレインと同じく正座で向き合う。
「いや、もとはといえば私の悪評で貴方を困った立場に置くことになったわけだから、私には責任がある。それを果たしただけだ」
「…それでも、助かったのは事実です。ありがとうございました」
王の言葉を遮るように礼を口にして頭を下げた。それから恐る恐る王をみやると。
その赤い瞳を困惑に曇らせた王がいた。
いつもは巌のように揺るがないその顔に浮かぶ戸惑いに、レインの心がふわっと軽くなる。
(どんな悪評にも動じないくせに)
感謝の一言で途方に暮れてしまう不思議な王様に。気がつけば笑っていた。
驚いたように見つめる王に、始めて自分が笑ってることに気づき、慌てて頬を引き締める。
「す、すみません…」
思わず俯くレインの顎に王の長い指がかかりそっと上向けられる。
「謝ることはない。笑顔のほうが俺は好きだ」
言いきられて、一気に顔が赤らむのを感じる。恥ずかしくて顔を反らしたいが、顎を押さえられているので動けない。仕方なく見つめ合う、そのいつになく優しい赤い瞳に、無言のアピールをしてみる。
(へ、陛下…もうしない、って言ったのに…顔が近いってば!)
しかし通じるはずもなく、さらに王の顔が近づいてきたとき。
コンコン…ガチャ
「姉上、お早うございます!今日もいい天気で…す、すみませんごめんなさいしらなかったんですぅぅ~!!」
耳まで真っ赤になって走り去っていったクリスに使用人たちのトップニュースが何になるか悟りレインは思わず遠い目になる。そう言えば弟に警告するのを忘れていた。
(実は、この部屋が陛下の部屋だってことも言っとかないとだった)
レインが弟にする申し送りを考えている間に、気がつけば王は既に彼女から離れ寝台を降りようとしていた。その背中に思わず声をかける。
「へ、陛下!!実はお願いが…」
呼び止めたのは、たださっきの優しい眼差しがみたかっただけだったのかもしれない。
「何か?」
しかし振り帰った王は既に何時もの王だった。冷たくなんの感情も映さない隻眼に気持ちが沈む。
そしてそんな自分に動揺する。
(なんでがっかりするの?さっきのだって誰かに見せるための演技なのに…)
でも、あの寂しい顔はそうではなかったように思う。お礼に戸惑う姿が妙に可愛く見えたことも。
(へ、陛下を可愛いだなんて…?!)
レインはそんな内心をひた隠し、平静を装って王に微笑む。
「食事の席が少し遠すぎて…不便なのです。もう少し近くにはなりませんか?」
表情を変えぬまま、しばらく黙して王はレインに短く答えた。
「善処しよう」
そして隣の部屋に消えた。
「お、終わった…」
どうやら、儀式化しつつあるこの朝のどたばたが、いつまで続くのか不安に思いながら、寝台にたおれこむ。改めて思い返すと、何故か露出の多かった(主に王が)昨日よりも、寝台に正座して向かい合っていた姿を見られた今日のほうが数倍恥ずかしく感じられて、そのまま寝台を転げ回る。
(もうしないっていったのに…キ、キスされそうになるとか…!!)
全く訳のわからない男である。しかしこれはまだ序の口、例のお願いがとんでもない方向に向かっていることをまだ彼女はしらない。




