王の思惑
ユージィーンは、ちらりと目の前の主をみた。
もうすっかり夜も更けて、月もかなり高い位置にあるのに未だに執務室にいるあたり、隣に行きたくないのは明白だ。
(全く世話の焼ける…)
わざと聞こえるようにタメ息をついたあと、徐に声をかけた。
「で、実際どこまで把握してたの?」
珍しく、執務に励んでいたユージィーンからの言葉に、ジークは書類から目をあげた。
無言の主に構わず、ユージィーンはニヤリとして続ける。
「ヒルデガルドサマのやることなら、どっかで王妃様が噛んでるはずでしょ?で、あの王妃様がヒルデガルドサマを動かすのに、お前が気づかない訳がない。だろ?」
その茶色の瞳がキラキラしているのをみて、ジークは残りの業務を諦めた。
残りの書類を未決箱にしまい、机にある細々したものを片付けていく。外した眼帯を脇に寄せてゴミを集めれば終了だ。几帳面に机を片付ける主を、ユージィーンは異星人を見る目で見ている。
因みに彼の机は主とは真逆ながら、何が何処にあるかを把握できているのが、密かな自慢だ。
その倒壊しそうでバランスのとれた書類の山を、物言いたげな眼差しでみながら、ジークは渋々といった感じて口を開く。
「…今回は色々特別扱いだからな」
「それで、とりあえず功績を作って貰うことにしたって訳?」
彼の言葉を受けて、青い瞳が少し自嘲の色を帯びる。
特別扱いなのも悪評も、全て自分に端を発することを、王は誰よりも理解しているのだ。
だからこそ、策を弄して地固めをするその意義もまた、彼自身が一番疑問に思うところなのだろう。
(若いのに考えすぎなんだよね~、わが敬愛する主は…若ハゲになるよ、全く)
「ないよりはまし、という位だ。少なくとも王妃に悪意がないことが分かれば、少しは彼女たちとも話ができるだろう」
「それならアレは…逆効果じゃないの?」
どのことを指すのかは聞かずとも分かったようで、無言で目をそらすジークにユージィーンのにやにや笑いはとまらない。
「目印があれば…信憑性が増すからな」
(相変わらず、こっち方面はヒドイね…)
分かりやすい主のごまかしに、容赦なくユージィーンは畳み掛ける。
「建前だよね、それ?」
「…お前は嫌なやつだな」
思いっきり顔をしかめるジークに言われて、ユージィーンはおどけた敬礼で答える。
「軍曹殿とは、長い付き合いなもので」
「…ホントに嫌なやつだな」
ユージィーンが全く気にしなくても、二度言わずにいられないほど、嫌な部分をつかれたようだ。しかしそこでめげる彼ではないことをよく知るジークはタメ息をついて、ユージィーンというよりは机に向かって呟いた。
「…寝言で違う男の名前を呼ばれた」
「え?!マジで?誰?誰の名前??」
堪えようと思っても口が笑ってしまうユージィーンを、殺意を込めた目でにらみながらジークは続ける。もはや、すべてぶちまけるべく腹を括ったらしい。
「グランと言っていた」
その名を聞いて、ユージィーンが堪えきれず吹き出す。
「あ~いやそら仕方ないわ、あの娘の知ってる男ってそいつだけだから。あと家族だもん。まぁ男ってだけで寝ぼけて勘違いしたんでしょ?」
ジークは無言だが、そのオッドアイにかすかな動揺が走ったのを、ユージィーンは見逃さなかった。
(これだから…初恋こじらせてるやつは…青いんだよね)
彼の女性遍歴は全て、熟知しているユージィーンだが、それがどちらにウェイトがあり、彼の気持ちが何処にあったかを思えば、恋愛というよりはもっと、ビジネスライクなものだったと言える。
そして最近、いよいよ神の領域に入ったかと思うほど清廉だったジークが、ここに来て初恋の君に生き写しの娘と出会ったのだ。
(多少羽目外しても、誰も怒らないとおもうけどな…)
そう思う一方で、この状況をより"計画"に生かそうとする自分もいて、ユージィーンは苦笑する。
(まぁ、僕はそういう役回りだしね)
多分、同じことを考えている主には、助言しておくことにする。余計なことをする前に。
「ま、とりあえず、グランは心配ないよ。姫の護衛の一人でほら、赤毛の目付き極悪のやつだから。あ、でもさっきあったらなんでか、ちょっとマシになってたけどね。なんか拾われっ子らしいよ?」
「拾われた…?」
不審げな主の声に、ユージィーンは首を傾げる。
「身上書に書いてあったよ?あ、ゴメン…まだこっちだったや」
山積みの書類を片付けてるうちに、埋もれていた書類をジークに手渡す。倒壊寸前の山は些か傾いだが、なんとか踏みとどまってるので弄らないでおく。その間にジークは素早く身上書に目を通していた。
「グランフォード・シュバルツ…戦争孤児とあるが…元々領地の者ではないんだな?」
「そ。レインが7歳の年に、森で見つかったらしいね」
「七歳か…」
その答えを予期していた風情なのに、どこか気もそぞろにジークは黙りこむ。
(レインが七歳の年になにがあったんだ?)
ユージィーンもジークの思考に追い付こうと、一度目にしたレインの身上書を思い返す。
そして閃いて、思わず立ち上がった。
「アイリ様が…レインの母上が亡くなった年だね?その同じ年に身元不明の少年がきた」
「そうだ。それも恐ろしく腕のたつ剣士が、な」
ジークの赤い瞳が光り輝き、青い瞳はどこまでも深くなる。この主の複雑な内面を表すように輝く2つの宝石。
隣の部屋に住む少女も、いつかこの輝きに心底美しいと、感じ入ることはあるだろうか。
物思いを振り払い、ユージィーンもその茶色の瞳を細める。
「知らないとは言え…恐ろしいペット飼ってるね、お姫様は」
ユージィーンは思わずにやつく。
この5年の平穏など、忘れるほどの波乱がやって来そうな気配に、全身の毛が逆立つ。
興奮と喜びに。
「露骨に嬉しそうな顔するな」
ジークに窘められても、緩んだ顔は戻らない。
「最後の最後で、こんなお祭り騒ぎになるとはね。やはり、僕は君についてきてよかったよ」
「…最後までは、ついてくるなよ」
強い口調で言いきる、ジークのオッドアイに笑いはない。
ユージィーンは彼の意を分かっていながら、微笑んで矛先を反らす。
「ほらほら、もう仕事は終わりだろ?早いとこ隣にいっていって。ぶっちゃけ上司いると、部下である僕も、彼女のとこいき辛いからさ」
「いやお前、そんなこと気にしないだろ…」
「時と場合によるんだって」
ユージィーンの言葉に、胡乱けな眼差しを向けるものの、面倒なことになるのを恐れてか、いい加減覚悟を決めたのか、ジークは渋々隣の部屋に消えていく。
その背中にそっと呟いた。
「お前の考えることなんかお見通しなんだよ」
(だから僕は…僕だけは、絶対にお前の思うようにはならない)
ジークの嫌がる顔を楽しむのが、彼の生き甲斐なのだから。
(姫…君の仕事はなかなか大変だよ)
きっと同じ思いを抱いているであろう、義理の娘の今の様子を思い描きながら、ユージィーンは微笑んで部屋を後にした。
 




