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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
後宮入りまで
1/67

静の姫

2014.10.14 誤字の修正しました。


ご指摘頂きまして、ありがとうございます。

内容は変更ありません。

それが初めて現れたのは、物心ついてすぐのこと。

久方ぶりに母親がきて、彼女が私を抱きしめこう言った時の事だった。

「エレイン、会いたかったわ」と。

その瞬間、彼女の周りに黒いもやが見えた。

それは、幼心にも不可解で恐ろしく、私は激しく泣いて母親はおろか、そばにいた侍女や乳母まで驚かせた。


それがなんだったのか、分かる様になったのは更に先のこと。

弟が悪戯に父の書斎で花瓶を割り、それを猫のせいにしたとき、弟から薄墨色のもやが出ているのが見えたのだ。

もしかして…と考えれば、それまでの不可思議なことは、すべて整理できた。


どうやら私には人のつく嘘が見えるらしいと。

それから接した数多ある事例から、幾つかのことがわかった。

見える嘘の色合いは、どうやら嘘に含まれる悪意の程で濃淡かでる、ということ。

発言が当事者のものであることに限定されて見える、ということ。

そして嘘を見るという行為が、私に過度の負担をもたらす、ということも。

それはまた自分がつく嘘も例外ではなく、防衛策がない時には、しょっちゅう昏倒して周囲を慌てさせた。

そこで私は最も手っ取り早い解決策を選んだ。

つまり人との接触は最小限に、そして自分はあまり喋らず、微笑みではぐらかすこと。

それで、大抵の相手はかわすことができた。

そして何時しか私には、物静かで控えめな淑女の鑑として、「静の姫君」という渾名が付けられていることを知ったその年。

最初の求婚者と呼ばれる厄介な輩がくるまでは。

細かい事を言えば私、エレイン・バイロイトは由緒正しい貧乏貴族の長女だから姫君ではない。

しかし、貧乏とはいえ辺境伯という父の身分と、あだ名から導き出される儚い深窓の令嬢のイメージに何を勘違いしたのか、ちらほらとやって来た彼らは頭痛のタネでもあった。

虚勢と見栄と打算の塊は、私にとって毒でしかなかった。

その全てを、のらりくらりとかわしているうちに、17の歳を迎えた。


その日、レインはクリス特製のハーブスプレーを手に時折それを吹き付けながら、キャベツについた青虫を摘まんでは、傍らの籠に捨てていた。

「…うーんやっぱりこの配合だと、青虫にはきかないのか…今度はラベンダーもいれてもらおう」

青虫に罪はないがそのままにすると、人間が食べる所がない位になってしまい、青虫を育ててるのかキャベツを育ててるのか、分からなくなるのだ。

(後でグランに、森にもっていってもらおう)

無心に摘まんでいるうちに、籠一杯になった青虫を眺めて、レインは勢いよく立ち上がる。

目深にしていた帽子を脱げば、すでに初夏の風が栗色の髪を揺らす。

「やっぱり、青虫も付かない薬剤を考えないとね」

(領民の畑で、こんな面倒なことやってられないもの…)

領民の暮らしを少しでも良くするものを生み出すことが、レインの使命であり興味のあるところだった。

取り立てて特徴のない、平凡な容貌のなかで唯一、強い印象をもたらす菫色の瞳に、決意を浮かべたとき。

こちらに向かってくる見慣れた赤毛の幼馴染みの姿が目に入り、微笑む。

「グラン、領地の様子はどうだった?」

「…問題ない」

「前回の虫除けきいてるって??」

「…あぁ」

「羊毛の染色はどうなってるかしら?赤の発色がイマイチって聞いたけど」

「進んでない」

要点だけを簡潔に返してくるグランに、レインはいつものことと言え、嘆息する。

(こんな感じだから、なかなかいい相手が出来ないんだわ…)

長身で筋肉質な体に加え、極端な無口ぶりで恐れられることが多いグランだが、よくみると結構。整った顔をしているのだ。

(本当にもったいないわ…)

レインが怒ってるようで、全く何も考えていないだろう幼馴染みの顔を、しみじみみていると。

「姉上、やはり虫除けは青虫にはきいてませんでしたね…ラベンダーならどうか、と思って摘んできたので、また試作してみます!」

大男の陰に隠れるようにして控えていた、金髪碧眼の美少女が、かごいっばいのラベンダーを掲げて微笑んでくる。

(本当に…これが弟なんて信じられないわ…)

クリスティアン・バイロイト。

次期バイロイト伯爵にして、レインの二つ違いの弟であるが、緩やかに背中でうねる金髪と夢見るような清らかな緑の瞳、白磁器のような肌に薔薇色の頬、と非の打ち所のない美少女顔なのが本人の最大の悩みである。

また、長身のグランの側にいると相乗効果で、一層可憐な弟に、レインは思わず嘆息する。

(こちらはこちらでもったいないのよね…)

姉にそんな心配されてるとは露知らず、夢見る乙女のふわふわした微笑みのままで、弟は首を傾げた。

「そういえば姉上、領地で変な噂を聞きましたよ」


「お父様…どういうことですか!?」

穏やかな午後の一時を、優雅にお茶を楽しんでいたバイロイト伯爵だったが、愛する娘の剣幕にぎょっとしてティーカップを置く。

「エレイン、そんなに焦ってどうしたのだ?」

つかつかと父親の机まで歩み寄ったレインは、身を乗り出して、父親の顔を睨み付けた。

「……最近領地で妙な噂が飛び交っているとか」

伯爵の肩が、分かりやすく跳び跳ねる。

「え?!どんな噂かな?」

それほど暑くない室内なのに、既に汗を滲ませる伯爵に、レインは眉を吊りあげる。

「私が花婿を募集中だ、と。なんでもご丁寧に似顔絵付きの触れがきが出回ってるそうですね??」

「え?似顔絵付きの?それは親切…いやいや…大変だな」

「お父様…以前、画家に私の肖像画かかせましたよね?」

「え?そうだったかな~?」

おもいっきり目を泳がせる伯爵に、レインは詰め寄った。

「私に嘘をついても無駄ですわよ?」

伯爵の首ががっくりと垂れた。

完全にノックダウン状態だが、タオルを投げてくれる者もいないので、何とか自力で身を起こす。

「レインに幸せになってほしかったんだよ…ずっと館の菜園と染色小屋に籠りっきりで、領地のことばかりだろう??社交界デビューもしてないし、このままじゃ何処にも嫁げなくなっちゃうと思ったんだよ…」

涙ながら語る伯爵の言葉に嘘はない。それがレインには痛いほどわかるのだが。

「領地のことはクリスティアンに任せるのがいいことは、わかってますわ…でも、役立ちたいのです!私は…」

いいかけたレインの言葉を、いつになく険しい顔の伯爵が遮った。

「エレイン、それは関係ない。お前は好きに生きればいいんだ…私やクリスティアンとは違って、この領地に縛られずにな」

その言葉にある、あたたかな思いやりと深い愛情に、レインの目に涙が浮かぶ。

「面倒くさいから喋らないだけなのに、やれ奥ゆかしいだの、薄幸の美少女だの、好き勝手いって、挙げ句守れるのは自分だけだの言うわりに、牧草一つ持ち上げられない勘違い甚だしいバカ共と結婚して、幸せになれますか?」

何時もながら直さいな娘の言葉に、伯爵は頭を抱える。

「エレイン…それは…まぁお互い様だろう?お前は館に籠りきりで、噂しか手掛かりがないんだから。とにかく下手な鉄砲も数打てば当たるっていうから、なかには素のお前を気に入る、奇特な御仁がいるかもしれんぞ」

父親の必死の言葉に、レインは憮然と答える。

「お父様…結構な暴言ですわよ。でもお父様が言うことも一理ありますわ」

娘の言葉に、悄然と項垂れていた伯爵が、ガバッと立ち上がる。

「エ、エレイン?!じゃあ…」

「勘違いしないでください。確かに結婚しないことには、あの求婚者という阿呆どもの相手で、貴重な研究時間がなくなるだけですもの!」

「…そ、それは言い過ぎだよ…」

父親の諌める声に、冷ややかな一瞥で答えてレインはいい放つ。

「今回だけですからね」

そして、大股で部屋を後にする。

視界の隅に小躍りする伯爵が見えた気がしたが、武士の情けでみなかったことにした。


二人はまだしらなかった。

この1枚の肖像画が、より大きな災厄を呼び起こすことを。

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