同じ嘘をついただけ
「俺、お前嫌いだわ」
ふと、口から言葉が零れた。どんな響きも含まないような、無機質な単語の羅列。もちろんのこと、目の前にいる男へ向けたものだ。
当の本人は、それが聞こえなかったのか無視したのか、カフェオレと書かれた紙パックに刺さったストローを咥えたまま、本から顔を上げようとしない。
昼休み。机を向かい合せて昼食を摂っているところである。
上村は購買で適当に選んだと思われる菓子パンひとつ、それに対し小倉は、上村お手製の主婦も顔負けな色とりどりの弁当だ。バランスも申し分ない。
「俺よりでけえし、頭いいし、顔もいいし、料理美味いし」
実際に気に食わないところを挙げてみる。自分でやった事ではあったが、こうやってみると自分がどんなに上村に劣る人間かを改めて認識してしまい、惨めさをひとり心の中で惨めさを噛み締める結果になってしまった。舌打ちする。
それでも、上村はストローを離そうとはしない。
この男はいつもそうだ。返事する必要が無いと判断すれば、話し掛けられていると判っていても何でも聞き流す。そんなことは小倉は解り切っているためもう何とも思わないが、交流の無い人間は相手をするのに苦労するだろう。
名前を呼んで、きちんと話題を提供してやれば、会話は成立させることが可能だ。
しかし小倉はそんな丁寧な対応はしたこともないし、してやるつもりもない。本人が自分にそんなことは望んでいないのは承知の上だ。
ふと、全くの無言だった上村が顔を上げた。小倉は動かしていた箸を止めて男へ視線を向ける。
「…俺も、小倉が嫌いだよ」
滅多に開かれない口から出たのは、自分が発したのと同じニュアンスの言葉であった。
まさかそんな事を言われるとは思わず、小倉は一瞬だけきょとんと間抜けな顔を上村に曝す。それを上村は、変わらず無表情で見詰めた。
小倉は箸を握り締めた。確かに今、心臓が跳ねたのだ。動悸だろうか。
謎の変化を誤魔化すように、小倉は視線を弁当に向けまた箸を進める。
そして暫くはどちらも無言だった。そのあいだも上村の視線が痛い。小倉は空になった弁当箱を片付けるまでの間、顔を上げなかった。
米粒ひとつ残さず平らげた入れものを仕舞い、上村へ差し出す。
すると男は、わずかにだが喉を鳴らした。
笑ったのだと気付くまでは数秒の時間を要したが、まさかと思い顔を上げてしまう。必然的に視線は絡むことになった。
ずっとこちらを見続けていた男は、珍しく表情を変えていた。
口角が上がっている。確かに上村は笑っていた。あまりの珍しさにまた気の抜けた顔を上村へと曝してしまっている事を、分かってはいるが取り繕う気にもなれない。
「…嘘だよ」
冷たい雰囲気を纏うその細い輪郭を微かに笑みの形へ変えた上村は、一言呟くように告げた。
「………は?」
表情と違わぬ間抜けな声が出る。
しかしこれは意志を持って聞き返すための一文字であった。
「嘘。嫌いな奴のために弁当を作ったりなんてしないからね」
そう続けて目を細める男は、最後にこう付け足した。
「あからさまに傷付いたような顔されたら、フォローしないわけにはいかないだろう?」
小倉はその日、上村の顔を直視する事はなかった。