沈黙と鼓動
闇の中だ。もう目が慣れているため、部屋の中のものはそこそこ見える。
同じベッドの中、隣で眠る裸の男の気の抜けた寝顔もきっちり見えていた。眼鏡という視力の補助器具がない分、だいぶぼやけてはいるが。
普段は険しい表情をしている彼は、二人きりの時だけくるくると感情を露にした。
いつからか手を繋ぎ始めた。キスもするようになって、最終的にはコトまで済ませてしまった。
昔からいろいろな本を読んで育ってきたが、半年続いたこの関係を言葉で表す事はできないままでいる。
第三者から見れば答えは簡単だろう、「恋人」と。しかしそれだけでは上村は納得できない。その名前をつけるには、二人の関係は特殊すぎる。
やっていることは恋人と何ら変わりはないが、まず男同士である。広い目で見ればそれはあり得るため百歩譲ったとして、まだ恋人には足りない要素があった。
好きだと、言った事が無いのだ。
手を伸ばして小倉の無防備な頬に触れる。汗ばんでいたためか、低い気温のせいですっかり冷えていた。片手の掌で包み暖めてみる。
ぴくりと睫毛が震えたようにも見えたが気にはしない。
「…なぁ、優希」
ベッドの上でしか呼ばない名前を呟く。
起きているわけもなく、返事は返ってこない。
「…好きだよ」
柄にもない、安っぽい言葉。口にしたとたんに色褪せるような簡単な単語。
アホらしくなる。上村は目を閉じた。
自分が小倉を好きかどうかも解らないのにこんなに安易に安直な言葉を口にするものではない。その逆も然りだ。
最早二人の間に、余計な言葉は必要ない。
頬に触れていた手を離して、今度は腕の下に隠れた胸元へと移動する。ちょうど真ん中、心臓のある辺りだ。
安定した鼓動が伝わる。対して触れている自分の鼓動は、段々と速まっていく。
しばらくそのまま生命の証に触れ続けていると、最初は跳ねていた心臓も落ち着いた。
完全に二人の鼓動は一致する。
ぞわり、鳥肌が立つ。
同時に身体が芯から火照り始めた。
先ほどまでの煮えるような欲望とはまた違う、全身の血流が一気に良くなったような感覚だった。
何故だかわからないが、もっと触れて抱き締めたい。そんな気分に襲われた。しかし眠っている彼を起こすようなリスクは冒せない。
だから仕方なく、また口を開く。
「…好きだよ」
一度目とは違って何とも満たされたような気がして、体温は持て余したままだが満足した。
もう寝よう。胸元から手を離し布団に仕舞う。
目を閉じて本当の闇い意識を預ければ、いつしかすっかり手放してしまう。
沈黙が降りた。
そして、空間を掠れた声が震わせる。
「………俺も」