夕暮れに待ちぼうけ
初めまして、九十九ジョンです。
ちょっと変わった二人のちょっと変わった日常です、宜しくお願いします。
感想、アドバイスなど頂けると嬉しいです。
放課後。5時を回ると図書室が閉まる。だからこうしてひとりで、誰も居ない教室に居座り続けている。
教師すら忘れるような廊下の端にあるこの場所は、吹奏楽部が合奏している音がうっすら聞こえてくる以外には静かで、読書には快適なものだった。
しかし、ただ本を読むだけならこんなところに居る必要は無い。
だが上村には、本来の目的がひとつだけ存在した。人を待っているのである。
夕陽が差し込む教室は橙と黒のコントラストで彩られ、カメラのレンズを向ければそこそこな画が撮れるだろう、そんな雰囲気だ。
何度も読み直して背表紙のよれた本のページは、すでに暗い教室では文字を追うのも一苦労。自分一人の為に電気を点けるのも面倒で、捲るのすら飽きてきた頃。ぱたぱた、スリッパの足音のようなものが遠くから近付いて来るのが聞こえた。
そして不意に、教室に気だるげな掠れた低い声が響く。
「上村」
自分の名前を呼ぶ声で、本へ落としていた視線をその声の主へと移動させる。視界に、予想と少しも違わぬ姿が映った。
窓際にいる自分はきっと逆光か影で真っ黒に見えるだろう、そう一人ごちながら、わずかに夕陽に照らされる彼の顔を見詰める。
「終わった、帰る」
ごく一方的な言葉には返事せず、本を閉じる。机に置いておいた通学用の鞄に仕舞い込み席を立つ。それを見たのか、命令を下した本人はすぐに踵を返して、足音を立てながら教室を後にした。その背中を急ぎもせず追いかけて横に並んだ。
影と夕陽が窓の形で交互に並ぶ床を踏めば、その向こうには二人分の影が伸びる。
昇降口まで一言も交わさず無言だった。
靴を履き替えて外へ。すると彼が耳や首、腕や腰に身に着けた沢山の銀色が、夕陽を反射して煌めいた。
肩まである明るい茶色の髪も、照らされると朱く染まり輝く。
まだ双方、口を開かない。
元々どちらも口数が多い方では無く、二人揃ってもそこまで何かを会話として成立させた経験は少なかった。
だから上村は彼の、小倉という苗字、優希という名前、人が嫌いということ、食べることが好きだということ以外は曖昧にしか彼が理解できていない。
きっと小倉もそうだろう。しかし、二人の間には別の事実もあった。
二人きりの時は名前で呼び合うこと。
人がいない場所ではひっそりと手を繋ぐこと。
肌よりもっと深い場所の熱さを、お互いだけが知っているということ。
その秘密を共有しているというささやかな事実が、何よりも固く二人を繋いでいた。