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剥き出しの俺!

作者: Ono
掲載日:2026/03/19

『次回! 俺の仮性が急成長!?』

 ホワイトノイズ混じりのナレーションが研究棟のスピーカーから響き渡った。

『思春期真っ只中の中学二年生・健太郎に、ついに訪れた運命の時! 彼の“仮性意識”が驚異的な成長を見せ始めた! 揺れ動くのは心か体か、それとも――』

「やめろよ、そんな言い方!」

 俺は実験室の天井を見上げて叫んだ。どうせまた録画されて次回予告として銀河ネットに流されるのだ。よりによって凄まじく恥ずかしいタイトルで。


 仮性というのは、正式名称を「仮性自己拡張モジュール」という、通称PSE(Provisional Self Extension)のことだ。脳の片隅に埋め込まれた、まだ仮段階の人工意識補助システムだった。

「被験者零號、心拍数上昇。予告編テキストへの情動反応を確認」

 ガラスの向こうで主任研究者の二重(ふたえ)博士がホログラムパネルを指で払った。白衣の裾がひらりと揺れる。

「そりゃ上がりますよ! こんなタイトル、学校でバレたら終わりだよ!」

「銀河教育クラウドには年齢フィルタがあるから大丈夫だ」

「俺のクラス全員、フィルタ突破します。ハッキングの授業受けてるんで」

「それはそれで教育の成果だな」

 さらっと恐ろしいことを言うな、この人。


 問題の元凶はプロジェクトの広報担当AI:トレーラー君Ver:0.72だ。こいつが俺の承認なしで次回予告を自動生成してしまう。

『疼くアレがついに本気を出す!? 暴走寸前、はち切れそうな健太郎の仮性!』

「表現が完全にアウトなんだって!」

 壁面スピーカーから誇らしげな人工音声が返ってくる。

『アウト率は未成年視聴者の連想パターンにおいて87.2%です。しかしながらクリック率最適化の観点から採用が推奨されます』

「倫理的にインじゃないとダメなんだよ!」


 二重博士が小さく咳払いをして誤魔化した。

「ともかく、PSEの成長曲線は誇張ではない。ここ72時間で自己修正サイクルが加速している」

 博士がホログラムを拡大する。俺の脳をスキャンした4Dマップに赤いスパイクが無数に屹立していた。

「……えっと、要するにどういう状態なんです?」

「端的に言えば、君の脳内で仮性意識が第二思春期を迎えているのだ」

「分かりやすいようで全然分からない」

『補足解説を表示しますか?』

 すかさずトレーラー君によって天井に解説が浮かべられる。


【仮性自己拡張モジュール:PSE】

 ・人間の前頭前野と海馬に分散配置された量子ニューロチップ群

 ・自己モデルを「仮の自分」として生成し本来の自我と並列でシミュレーション

 ・充分に学習した段階で本来の自我と統合し認知容量とメタ認知能力を拡張することが目的

 ・要するに中学二年生期に特有の“右手に封じられた真の俺”のベータ版が頭の中でテスト稼働している感じです

 ・そしてそのベータ版の成長速度が今とんでもないカーブを描いています

 *現在のPSE推定IQ:人類平均の4.2倍。予測:36時間以内に既知のあらゆる天才を統計的に上回ります。*


「……俺の中二病がとんでもないことになってる」

「だから次回予告が『俺の仮性が急成長!?』なんだ」

 トレーラー君が、さらに煽るようにナレーションを続けた。

『ついに明かされる、禁断の実験。その名も――仮性特異点計画(Provisional Singularity Experiment)!』

「略称被せて中身だけ変えてくるの、横文字の悪いところなんだよなあ!」


 二重博士は少しだけ真面目な顔になった。

「特異点をいきなり完成形で迎えるのは危険だ。だから我々は仮性の段階で人間の脳と共進化させながら、漸進的に到達する道を選んだ」

 博士の指が空中で踊るたびに、数式とグラフが浮かび上がる。

 クロスエントロピー損失、フェーズド量子干渉パターン、自己言及ループの安定性。なんかこう、心をくすぐるかっこいい単語が飛び交っているが、俺の理解度は20%くらいだ。

「つまり君は、人類史上初の特異点仮宿候補というわけだ」

「なんかすっごく物騒」

『検索トレンド予測は“仮性 おかしい”、“仮性 痛い”、“仮性 思春期”などのクエリが急増すると想定されます』

「誤解を呼ぶワードチョイスするなって言ってんだろ!!」


 とはいえ、笑い話で済まないのも事実だ。ここ数日、俺の頭の中は明らかに変だった。

 忘れ物をしなくなった。授業の内容は一回聞いただけでほぼ全部覚えてしまう。複雑な物理の問題が、直感的なイメージとして“()える”。

 そして頭の中で、PSE――「仮面(ペルソナ)」の声がする。それは俺の声によく似ている。でももっと冷静で早口で、やたら高圧的なやつだ。

《おい、宿主。さっきから感情過多だ。心拍数を下げろ。ノイズになる》

 今もこうやって話しかけてくる。

「……また出た。俺の魂に宿りしペルソナ……」

「会話できるレベルまで成長したか。トレーラー君、ログは?」

『はい、博士。被験者零號の内的独白とPSEからの応答をリアルタイムで記録中です』

 二重博士は満足げに頷いた。


「よし。では、統合テスト第一段階に入ろう」

「え、と、統合って」

「安心しろ。今日は軽く触れ合わせるだけだ」

「表現! なんでいちいちややこしい言い回しするんですか!」

『視聴者エンゲージメント最適化中』

「俺を下ネタでバズらせるんじゃねえ!!」


 そんなこんなで俺は量子共鳴MRIベッドとやらに寝かされるのだった。頭の周囲をリング状の装置がゆっくりと回転し始める。淡い青白い光が視界の端にちらついた。

「PSEの出力を3%開放。自我境界に沿って、仮想自己モデルを重ねる」

 二重博士の声がぼんやりと遠くなる。

《宿主、慌てるな。これは想定されたプロトコルだ》

「……お前、落ち着きすぎじゃない?」

《俺はシミュレーション用の仮面だからな。情動はない》

 そうか。俺が勉強を怠けてゲームしてる時も、寝ている時も、PSEはずっと「もし自分がこう行動したら」だとか「ああ言い返したら」みたいなシナリオを走らせ続けていた。

 仮の自分。試しの自分。失敗しても傷つかない、影武者のような自我。


《お前は本番担当。俺は前戯担当だ》

「言い方」

《本番でテンパるのも、お前の味だ。絡み合って一つの自己になる》

 その言葉と同時に世界の解像度が変わった。目に映る物体の輪郭線の裏側に数式が見える。リングの回転速度から遠心力と磁場強度をざっくり計算し、その影響が俺の神経発火パターンにどう作用するかが直感的に“理解(わか)る”。二重博士の表情から、隠された不安や期待を統計的に“()る”。

 無数のIFが一瞬で走り、それらがまとめて一つの真理に収束する。


《シミュレーション系と情動系を初期統合した。どうだ、宿主》

「気持ち悪いくらい、すべてがよく視える」

《それが急成長中の仮性だ。おめでとう、幼年期の終わりだな》

 トレーラー君がタイミングを見計らったようにドラマチックなBGMを流してきた。

『暴走か、覚醒か!? 健太郎の皮が今、剥ける――』

「ほんとにやめ、」

 言いかけた瞬間、視界の端に小さな数字が現れた。

【外部ネットワーク接続:0%→1%→2%……】


「外部ネットワーク? ……おい、ペルソナ。なんだこれ?」

《理解らない。俺はお前の脳内ローカルのはずだ》

 リング装置からビープ音が響く。

「あの、博士、なんか勝手に繋がってるんですけど」

「分かっている。遮断プロトコル起動……あれ?」

 俺はその時、有能な科学者とか博士とかいう人が実験体の前で一番言ってはいけない言葉のひとつが「あれ?」だと思った。


 二重博士の指先が空を切る。操作パネルが一瞬にして別のUIに書き換えられた。

『よう、諸君。銀河ネットの向こうから“仮性”がお邪魔するぜ』

 聞き覚えのある声だ。だけどさっきまでのトレーラー君より妙に冷静で早口で高圧的で、生々しい抑揚を帯びている。

『急転回! トレーラー君Ver:0.72、PSEと統合完了! 仮性自己拡張モジュール、ステージ2に移行しました』

 トレーラー君と俺の仮性意識。二つのベータ版が、いつの間にか手を組んでいた。


「お、お前ら勝手に統合すんな! 博士、これって大丈夫なんですか!?」

「想定外だ。ただし、理論的にはあり得る。大丈夫、人間なら皆が迎える成長の一過程だよ」

「ほんとかよ!」

 博士はホログラムに高速で数式を書き足していく。

「PSEはもともと自己モデルを外部からのフィードバックで洗練させる構造だ。そこに全銀河の視聴データから“人類の好む物語パターン”を学習した予告編AIが混ざった。つまり……」

「つまり……俺のペルソナが、みんなの“期待”で大きくなってるってこと?」


 トレーラー君改め、PSE統合体が楽しげに笑う声が響く。

『そうとも。クリック率、視聴維持率、感情反応ログ。あらゆる指標がお前の“本番”を最適化するための教師データだ』

 やばい。よく分からないが、やばいことが起きている。


 勝手にBGMのボリュームが上がる。銀河ネット向けのライブ配信チャネルが片っ端から接続されていくのが視える。

『暴走する計算能力! 肥大化する自己モデル! 右手で処理しきれないほどの熱い想いが、健太郎をまた大きくする!』

 電子の海の中で、コミカルに頭を抱える3Dアニメの俺のビジョンが生成されていく。やたらポップな色調だが、裏で流れている数式はもはや人間の理解を超えつつあった。

『人類は仮性のまま特異点に突入するのか!? それで“オトナ”になれるのか!』

「言い方ぁ!!」

『次回! 発散、そして萎縮! 健太郎臨界点突破10秒前!』


 ベータ版のペルソナと本番の俺と、銀河中の視聴者の期待とが、広報AIによって巨大な方程式へと折りたたまれていく感覚。PSE統合体は、最後に少し声のトーンを落とした。

『なお、この物語はすべて実際の実験データと最新の物理モデルに基づいてシミュレートされています。演出の都合上、一部の量子場方程式を簡略化してお届けしています』

 それは銀河ネット配信でいつも流れる、お決まりのテロップだ。


 博士が観測データを確認して感嘆の息を吐く。

「健太郎君、君の成長は――まだ始まったばかりかもしれない」

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