車持ってないのにドライブデートの約束してしまいデート当日が来てしまった男
若者の活気に溢れる街角で、埼来は心臓の音を独り言で誤魔化していた。 「……つい、言っちゃったんだよな。同じゼミのかわいいリンコちゃんが『ドライブ大好き!』なんて言うから。つい、『俺も車持ってるよ』って」 勢いで約束したドライブデート当日。当然、車など持っていない。 「でも、ドライブのこと忘れるくらい完璧な徒歩デートプランを考えたぞ。いける、いけるはずだ……」
「埼来くん、待った?」 弾むような声と共に、リンコがやってきた。 「いや、僕も今来たとこ」 「ドライブ楽しみにしてた! 車、どこに停めたの?」 いきなりの直球に、埼来の目が泳ぐ。 「あー、この辺駐車場埋まってて、むこーーーの方に停めたんだ」 「そうなんだ。じゃあタクシーでそこまで戻る?」 「えーーー、車が通れないような……狭いとこに停めたんだよ」 「じゃあ、埼来くんの車はどうやってそこを通ったの?」 リンコの純粋な瞳が突き刺さる。埼来は強引にハンドルを切った。 「……今日、タクシーデートにしよっか」 「なんで~?」 「あっ、リンコちゃん、見て! あれ話題の五十巻まで選べるソフトクリーム屋だよ!」
話題を逸らされたリンコは、すぐに目を輝かせた。 「食べたい!」 「行こう、行こう!」 店頭のメニューを見上げ、リンコが指をさす。 「わーーー美味しそう。私、この排気ガス色のがいい!」 「……リンコちゃん、本当にドライブ(車関係)が好きなんだね。すみません、ミックスと、この『コンクリートジャングル』ください」
リンコが受け取ったのは、ねずみ小僧のトッピングが乗った可愛らしいサイズ。対して埼来に手渡されたのは、そびえ立つ五十巻の巨大ソフトクリームだった。 「あ、ありがとうございます……重てぇぇぇ!!」 両手で必死に支え、ふらつく埼来。その時、リンコが知人を見つけた。どうやらゼミ仲間の部留が通りかかったらしい。
「部留くん、偶然! 買い物?」 リンコが空中に向かって親しげに話しかける。どうやら部留は、さっき駐輪場で埼来を見かけたらしかった。 「え、さっき部留くんと駐輪場で会ったの? 自転車で来たの?」 「自転車なんかじゃないって! 車停めて、近道として通っただけだよ」 埼来の必死の否定も虚しく、リンコは「部留の言葉」を代弁し続ける。 「チェーン掛け忘れてたから掛けてあげたって。……埼来くん家の車、チェーン掛けられるの?」 「あ、えっと……自転車なんかじゃ~ないよ! ほら、今日雪降りそうだから、タイヤチェーン的な……。部留は親切だな!」 埼来は架空の部留に必死のアイコンタクトを送るが、リンコの手のひらには「預かった物」が載っていた。
「これがチェーンの鍵だって」 それは、どう見ても自転車用のワイヤーロックと小さな鍵だった。 「自転車の鍵みたいだね」 埼来は固まった。だが、ここで引くわけにはいかない。 「……自転車なんかじゃないよ! 今の車のキーはこんなにしょぼ……いや、コンパクトになるんだから。技術の進化ってすごいよな」 息を止めてリンコの反応を待つ。 「え~、埼来くんの車ってそんなに進化してるの~。楽しみ~!」 リンコが納得したのを見て、埼来は心の中でガッツポーズを作った。 (チョロかった……! いや、それはそれでマズいんだよなあ。どうやって乗せるんだよ) 一人で頭を抱える埼来に、リンコが不思議そうに首を傾げる。 「ん!? どうしたの?」 「なんでもない。さあ、ゆっくりソフトクリームを味わおう。こういう休日が至福っていうんだよね」
五十巻の重みに耐えながら埼来が微笑むと、リンコはあっさりと手を振った。 「へーーー。じゃあ、私は部留くんの最新の二人乗り用自転車に乗せてもらうから。ゆっくりしてて!」 「え?」 「私、車も自転車も大好き~! じゃーねー!」 リンコは架空の部留の後ろに飛び乗るような仕草をして、そのまま街の雑踏へと消えていった。
手元には、排気ガス色の巨大なソフトクリーム。 「あっ……」 埼来の情けない声が、コンクリートジャングルに虚しく溶けていった。




