姫と呼ばれる最後の日
白いアネモネの花言葉は真実。ギリシア語で風を意味するアネモスを語源とするアネモネ、その白い花は、真実を風にのせて運んできてくれる、とても優しい花だと思う。
今宵、一輪の白いアネモネの花をタキシードにひそめて、隣国の王の還暦を祝うパーティに参列する。
ワイングラスは赤く染まり続けて、気付けば頬までも同じ色になっていた。
だからか、壁に向かってつい呟いてしまう。
「人が多いわクーラー強すぎだわ、暑っ苦しい」
視界の端の方にドレスが映って、焦ってそちらに視線を向ける。
王の二番目の娘であった。
――なんだ、この子か。
安堵の表情が浮かぶ頃、彼女は口を開いた。
「夜の庭園は、風が涼しくてよ」
✳
「いい風が吹いてるな」
「心地よいですね」
庭園に輝く赤い花々が、貴方との思い出を回帰させる。私が四つの頃、立派な大人だった貴方に贈った赤い花冠。それを頭に載せて太陽に照らされた貴方が、自信作の花冠くらい美しかった。
「それで、お姫様。どのようなご要件で?」
「夜風にあたるには、二人の方が風情があるでしょう?」
その方が貴方も嬉しいでしょう、とは言えなかった。
「そうかい、まだ若いのに大人だね」
「もう儀式の準備も始まっておりますから」
「そろそろ結婚かい?」
見合い話でも聞いたのかしら。いけませんね。
「先日お姉様が大層な方と結婚されたところです。私には好ましいお誘いが訪れませんね」
「歳若いお偉いさんをご所望ってわけかな」
「大人な方も素敵ですよ」
「上手くなっちゃって、お姫様」
彼の目を見るのはやめて、彼の隣からは少し離れて、柵に腕を休めて空を見つめる。
「……エルヴィ・アリーナー。私の名前です」
「大きくなったな、アリーナー」
「私が目上ですけどね」
「あはは、こりゃ失礼。よくご成長されました。アリーナー様」
「様は要りません。姫って呼ばれるの、好きだったんです」
「アリーナー姫?」
振り向くと、珍妙な顔があって、少し笑ってしまった。
「ふふっ、クリスの困り顔は傑作ですね」
「意地悪になったな、実に大人らしいこと」
また空を見つめる。パーティの声が煩く感じる。
少しだけの沈黙を、私が破ってあげる。
「……あなたも随分老けましたね。赤い花はもう似合わないでしょう」
彼が隣に立つものですから、そちらを向きます。
「……アリーナー姫。君はまさに、赤い花が似合う女性になられた」
赤いアネモネの花。花言葉は、君を愛する。
「月にみとれていました……」
「おかげで花を摘めましたよ」
「はい、ですから気付かなかったというお洒落な言い回しです」
「あははっ、察しの悪い男はお嫌いかい?」
「……白いのも混じってますよ」
「二つ合わせて、愛が真実だって証明になるんだ」
「ふーん。みっともなく膝をついて、身分違いの片思いに耽っていた恥辱の思い出を告白したんですか?」
「姫のご尊顔がこの花のような色でなければ、はいと申したでしょう」
――「私、血の気のひいた顔でもしてますか?」という意地悪を飲み込んで、受け取った花にささやかな口づけをして、そうして、私は決まりかけていた縁談を断ったのでした。好ましいお誘いでは、なかったので。




