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姫と呼ばれる最後の日

作者: 雛鳥棚
掲載日:2025/12/26

 白いアネモネの花言葉は真実。ギリシア語で風を意味するアネモスを語源とするアネモネ、その白い花は、真実を風にのせて運んできてくれる、とても優しい花だと思う。

 今宵、一輪の白いアネモネの花をタキシードにひそめて、隣国の王の還暦を祝うパーティに参列する。

 ワイングラスは赤く染まり続けて、気付けば頬までも同じ色になっていた。

 だからか、壁に向かってつい呟いてしまう。

「人が多いわクーラー強すぎだわ、暑っ苦しい」

 視界の端の方にドレスが映って、焦ってそちらに視線を向ける。

 王の二番目の娘であった。

 ――なんだ、この子か。

 安堵の表情が浮かぶ頃、彼女は口を開いた。

「夜の庭園は、風が涼しくてよ」


   ✳


「いい風が吹いてるな」

「心地よいですね」

 庭園に輝く赤い花々が、貴方との思い出を回帰させる。私が四つの頃、立派な大人だった貴方に贈った赤い花冠。それを頭に載せて太陽に照らされた貴方が、自信作の花冠くらい美しかった。

「それで、お姫様。どのようなご要件で?」

「夜風にあたるには、二人の方が風情があるでしょう?」

 その方が貴方も嬉しいでしょう、とは言えなかった。

「そうかい、まだ若いのに大人だね」

「もう儀式の準備も始まっておりますから」

「そろそろ結婚かい?」

 見合い話でも聞いたのかしら。いけませんね。

「先日お姉様が大層な方と結婚されたところです。私には好ましいお誘いが訪れませんね」

「歳若いお偉いさんをご所望ってわけかな」

「大人な方も素敵ですよ」

「上手くなっちゃって、お姫様」

 彼の目を見るのはやめて、彼の隣からは少し離れて、柵に腕を休めて空を見つめる。

「……エルヴィ・アリーナー。私の名前です」

「大きくなったな、アリーナー」

「私が目上ですけどね」

「あはは、こりゃ失礼。よくご成長されました。アリーナー様」

「様は要りません。姫って呼ばれるの、好きだったんです」

「アリーナー姫?」

 振り向くと、珍妙な顔があって、少し笑ってしまった。

「ふふっ、クリスの困り顔は傑作ですね」

「意地悪になったな、実に大人らしいこと」

 また空を見つめる。パーティの声が煩く感じる。

 少しだけの沈黙を、私が破ってあげる。

「……あなたも随分老けましたね。赤い花はもう似合わないでしょう」

 彼が隣に立つものですから、そちらを向きます。

「……アリーナー姫。君はまさに、赤い花が似合う女性になられた」

 赤いアネモネの花。花言葉は、君を愛する。

「月にみとれていました……」

「おかげで花を摘めましたよ」

「はい、ですから気付かなかったというお洒落な言い回しです」

「あははっ、察しの悪い男はお嫌いかい?」

「……白いのも混じってますよ」

「二つ合わせて、愛が真実だって証明になるんだ」

「ふーん。みっともなく膝をついて、身分違いの片思いに耽っていた恥辱の思い出を告白したんですか?」

「姫のご尊顔がこの花のような色でなければ、はいと申したでしょう」

 ――「私、血の気のひいた顔でもしてますか?」という意地悪を飲み込んで、受け取った花にささやかな口づけをして、そうして、私は決まりかけていた縁談を断ったのでした。好ましいお誘いでは、なかったので。

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