第6章:愛という答え
薔薇の容態が安定してから、二人は限られた時間を大切に使うことにした。薔薇の病室は彼らにとって宇宙の縮図となっていた。
佐藤先生が病室を訪れた。
「白河さんの作文を読ませてもらいました。『愛の存在証明』というタイトルでしたね」
薔薇は微笑んだ。
「はい。私なりに、愛が確実に存在することを証明しようと思ったんです」
「高樹くんも『存在の意味について』という作文を書いてくれました。二人とも、同じテーマについて深く考えているのですね」
遼が答えた。
「僕たちが見つけた答えは、実は同じものでした。存在することの意味は、愛することと愛されること」
佐藤先生は深く頷いた。
「私には完全には理解できないけれど、君たちは何か重要なことを掴んでいるのですね」
薔薇の母親の美和も変わり始めていた。仕事を調整して、娘のそばにいる時間を増やした。
「薔薇、お母さんも昔は哲学が好きだったの。あなたのお祖母さんの影響で」
「知らなかった」
「でも現実に追われて、忘れてしまった。あなたを見てると、思い出すの。本当に大切なことを」
美和は娘を失う悲しみの中で、人生を見つめ直していた。仕事だけが人生ではない。愛することこそが、人間として最も大切なことなのだ。
健太も頻繁に見舞いに来た。
「薔薇ちゃん、俺にも分かったよ。愛って、相手の幸せを自分の幸せより大切に思うことなんだな」
「健太さん……」
「薔薇ちゃんと遼を見てて思った。俺も誰かをそんなふうに愛したい」
健太は薔薇と遼の関係を見て、愛について深く考えるようになった。それまで恋愛を軽く考えていた健太にとって、二人の愛は新しい世界を開いてくれた。
ある夜、薔薇の容態が再び悪化した。医師が家族を呼び出した。
「覚悟していただいた方が良いかもしれません」
遼は薔薇のベッドサイドで彼女の手を握った。薔薇の呼吸は浅くなっていたが、意識ははっきりしていた。
「遼、私はもう大丈夫」
「何が大丈夫なの?」
「答えが見つかったから。私たちが出会えた意味も、愛するということの意味も、すべて分かった」
薔薇は最後の力で遼の頬に触れた。
「遼、私が死んでも、私の愛は消えない。あなたの中に、宇宙の中に、永遠に生き続ける」
「薔薇……」
「そして私の問いも、あなたが受け継いでくれる。愛とは何か、存在とは何か……その答えを次の人たちに伝えて」
朝日が病室に差し込む中、薔薇は静かに息を引き取った。最期の瞬間、彼女の顔には深い平安が浮かんでいた。
遼は薔薇の魂が宇宙に帰っていくのを感じた。同時に、新しい問いが世界中の孤独な魂たちの中に響き始めているのも感じた。今度は「愛をどう伝え続けるか」「どう生き続けるか」という問いが。
薔薇の葬儀には多くの人が参列した。彼女を知る図書館の司書、先生方、クラスメイトたち。皆、薔薇がどれほど深く考え、純粋に生きていたかを知っていた。
遼は薔薇への追悼文を読み上げた。
「薔薇は僕に愛とは何かを教えてくれました。愛とは理解すること、受け入れること、相手の存在を肯定することです。そして愛は死を超えて永遠に続くものです。薔薇の愛は今も僕の中に、皆さんの中に、宇宙の中に生き続けています」
参列者の多くが涙を流した。薔薇の生涯は短かったが、多くの人の心に深い印象を残していた。
葬儀の後、美和が遼に話しかけた。
「遼くん、薔薇は最期まであなたのことを話していました」
「薔薇は僕の人生を変えてくれました。これからも薔薇のことを忘れません」
「ありがとう。薔薇は幸せだったと思います」
その夜、遼は一人で河原に向かった。薔薇がよく来ていた橋の上で、星空を見上げた。
宇宙からの最後のメッセージが聞こえた。
『薔薇は宇宙に帰った。彼女が見つけた愛の答えは、永遠の真理となった。そして今度は君の番だ。その愛を世界に伝え続けるのが、君の使命だ』
遼は薔薇の哲学ノートを受け継いだ。そこには愛についての深い洞察が記されていた。遼はそのノートを基に、小説を書き始めることにした。薔薇との体験を、多くの人に伝えるために。