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摘んだはずのひまわり

「……ギャルとか、変な子ですね、笑」


苦笑まじりにそう言った自分の声が、少しだけ自嘲気味になっていた。

あの頃の、自分の背伸びが一気によみがえってきて、なんだか恥ずかしくなる。


そのとき、彼——聡が、ふとこちらに視線を向けた。

まっすぐではないけれど、揺れていない目だった。


目が合う。


ほんの一瞬だけ、時間がふっと静かになる。


「……うん。変な子でしたね」


ぽつりとこぼしたその声は、からかっているわけでも、責めているわけでもなかった。

ただ、どこか懐かしさのにじむ、やさしい響きだった。


なのに、胸の奥がむっとする。


——他人事みたいに言わないでよ。


そんな気持ちが、つい顔に出たのかもしれない。


「……それ、どういう意味?」

眉をひそめて、小さく問い返す。


彼は少しだけ肩を揺らすように笑って、

懐かしそうに私を見た。


「でも……俺、そういうとこ、好きだったけどね」


言葉が落ちた瞬間、

ビニールハウスの中に、やわらかな沈黙が降りた。


光が、苺の赤をいっそう鮮やかに照らしている。


「……じゃあ、ちょっと向こうの列、見てきますね」


依頼者の彼女がふいに言った。

明るい声色のなかに、そっと距離を置くやさしさが滲んでいる。


「あ、僕も行きます。さっきあっちの苺、めっちゃ大きかったんですよ」


ツアー男性が、すぐに言葉をつなぐ。


ふたりは視線を交わしながら、

何でもないような笑顔を浮かべて歩き出した。


すれ違いざま、彼女が私の方を見て、小さく「ふふっ」と微笑んだ。


——なんか、いい感じのキューピットになれたのならよかった。


そんな気がして、私はそっと息を吐いた。




しばらく、ふたりのあいだに沈黙が落ちた。

風が吹き抜け、苺の甘い香りがふわりと漂ってくる。

けれど、それだけじゃ胸のざわつきは収まらない。


「……元気そうだね」


聡の声が、ほんの少しだけ低くなった気がした。

まっすぐじゃないけれど、遠回しでもない言い方。

私の“今”をちゃんと見ようとする声音だった。


「うん。……そっちも、元気そう」


「まあね。いろいろあるけど、そこそこやってる」


彼は視線を苺の棚に向けながら、少し肩をすくめる。

いつも通りの、気取らない仕草。


「まさか、こんなとこで会うとは思わなかったよ。……てか、婚活?」


「……仕事」


「仕事?」


「同行っていうか、依頼があって」


「へえ……今は、そういうことやってるんだ?」


聡の目が、ちらりと私の顔をうかがった。

占い師だなんて、ここでは言えない。

でも、たぶん彼は、なんとなく察してる。

——昔から、そういう勘は鋭かった。


「……そっちは?」


「職場の後輩に誘われてさ。気分転換、ってやつ。……軽いやつだよ」


「……そうなんだ」


苺の葉が風に揺れて、きらきらと陽を返す。

その光のなかで、ふたりに落ちた静けさは、どこか心地よかった。


「……てかさ」

聡が、ふいに声を落とす。


「久しぶりに話したけど、変わったね。いい意味で」


「え? どういう意味?」


「なんか、“大人”になったって感じ。……ちゃんと、仕事してる顔してる」


「ふふ、それって……褒めてる?」


「もちろん。……ちょっと寂しいくらい」


私は軽く笑った。

彼の、こうして“思ったことをそのまま言ってしまう癖”は、あの頃から何ひとつ変わっていない。


「でも、君も変わったよ。……髪、ちゃんと整ってるし」


「いや、それ言う? 昔どれだけボサボサだったかって話になるじゃん」


「ボサボサだったよ、実際」


「ひどいな〜……」


言葉のやりとりは、驚くほど自然だった。

少しだけ、あの頃に戻ったみたいな心地がした。


「……てかさ」


彼が、ふと視線を逸らしながら言った。


「また今度……飲みに行こうよ。普通に」


「“普通に”って何?」


「いや、ちゃんと“大人として”。落ち着いてさ」


「へえ、落ち着いて飲めるようになったの?」


「……それは、どうかな」


くすっと、ふたり同時に笑った。

そのあとに訪れた沈黙は、今度は心地よかった。


「……会えてよかったよ」


聡が、ぽつりとつぶやいた。


私はそっと苺をひとつ摘んで、彼の手のひらに置いた。


「これ、甘いやつ」


「……占いですか?」


「そうだね。苺が……君に食べてほしいって言ってたから」


「じゃあ、食べないとね」


彼の手のひらの上で、苺が陽に透けて、赤く輝いていた。

ふたりの手が、ほんの一瞬だけ触れて、そして離れた。


その一瞬が、長く胸に残った。


バスに揺られて帰る道すがら。

窓の外には、夕方の光に染まった畑が、どこまでも続いていた。

誰もが少し疲れて、それでもどこか満ち足りた空気。

私の隣の席には、依頼者の彼女が静かに座っていた。


「……今日は、ありがとうございました」


ぽつりと、彼女が口を開く。


「こちらこそ。……楽しかったですね」


「うん。すごく……いい日でした」


その声には、噛み締めるような余韻があった。

少しの沈黙のあと、彼女は言葉を続ける。


「占いって……もっと、怖いことを言われるのかと思ってたんです」

「“あなたには恋人できません”とか、“向いてないです”とか……」


「そんなこと、カードは言いませんよ」


私は微笑んで応じる。


「……カードは、“選ぶ勇気”の背中を押してくれるだけです。

 道を決めるのは、あくまで、あなた自身」


彼女は目を瞬かせて、そしてふっと笑った。


「でも、“この恋はきっとあなたに優しい”って言ってもらえて……

 なんか、ちゃんと自分を信じていいんだって、思えたんです」


その瞳は、あの苺ハウスで“頑張ってみる”と誓ったときと同じ、まっすぐな光を帯びていた。


「……あのあと、連絡先、交換したんです。さっきの彼と」


「そうなんですね」


私は少しだけ声を抑えて返した。


「まだ、どうなるか分からないけど……

 でも今日は、ちゃんと前を向けた気がするんです」


窓の外では、空の色がオレンジから、静かな藍色へと変わっていく。

一日が終わっていく。

その移り変わりに、静かに、ひと区切りがつくような感覚があった。


そして私は、ほんの少し迷ってから、彼女のほうへ顔を向けた。


「……あなたも、もう気づいてると思うけど——」


彼女が、ゆっくりとこちらを振り向く。


「……彼との未来、ちゃんと視えました。明確に」


小さく目を見開いた彼女に、私は微笑んで続ける。


「大丈夫よ。

 そのまま、進んでみて。

 過去に裏切られたって思ったこと、きっとあるでしょう?

 でも、彼なら……大丈夫。そう感じたの。強く」


「ありがとうございました。私、ちゃんと次の恋に向けて進めそうです。」


彼女はそれきり言葉を閉じ、車窓の外に目を向けた。

私はそっと視線を伏せ、サコッシュの中の封筒を指先でなぞる。

きっちり、10万円。

「変わったお願い」に対して、彼女が提示してきた金額だった。


……たしかに、ちゃんと“儲かった”。


今日みたいな日も、悪くない。

誰かの恋を、ほんの少しでも動かせたなら。

それでちゃんと、お金ももらえるなら。

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