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婚活パーティーと元カレ

婚活パーティーの一環として企画された、イチゴ狩りバスツアー。

ふだんなら、絶対に断る類の仕事だった。


けれど今回は、少し違った。

「いい人を見つけてほしいんです」

そんな、どこか不思議な依頼——

しかも報酬は、かなりの額だった。


、、、報酬の高さもあって、私は参加を決めた。

10万円だ。


占い師として、ずいぶん有名になってしまった。



「恋愛対象になりそうな人がいたら、占いで教えてください」

依頼者の女性は、バスに乗り込む直前にそう言った。

声こそ軽やかだったけれど、その目は真剣だった。


私は黙って頷き、サコッシュの中に仕込んだカードの束を、そっと指先で確認した。


バスの中、彼女はすぐに周囲と打ち解けていた。

明るくて、話しやすいタイプ。

けれどふと沈黙が訪れると、指先がほんの少し震えていた。


——過去に、誰かに裏切られたことがあるんだろうな。


そんな感覚が、不意に胸の奥に落ちてきた。

私はそれをカードに問いかけ、一枚をめくる。


『月・逆位置』


——迷いと不安の中にありながら、そこから抜け出そうとしている。

カードは、そんな彼女の“いま”を映し出していた。




やがて、バスがゆっくりと停まり、車内に軽やかなアナウンスが響く。


「まもなく到着で〜す。皆さま、イチゴ狩りをお楽しみくださいね〜」


窓の外には、緑の畝と赤い果実。

春の陽射しが、きらきらと降り注いでいる。


ビニールハウスの受付を済ませ、ハウスの中へ。

赤く実ったイチゴが、低い棚にずらりと並ぶ。


彼女は隣にいた男性と、穏やかに笑い合っていた。

ふたりのやりとりは他愛なく、でもその歩幅は、自然とそろっていた。


——占ってみる。


その気配を感じ取った私は、人のいない隅でカードを1枚だけ引く。


『恋人・正位置』


それは、まるで“答え合わせ”のようなカードだった。


——この出会いは“選択”の始まり。

選べば、進めば、きっと何かが動き出す。


私は彼女の元へ戻り、そっと声をかけた。


「……さっきの方、悪くないかも」


「ほんとに?」


「カードにも、そう出てる。……まだ始まったばかりだけど、素直に会話できる人なら、信じていいと思う」


彼女の頬が、手に持っていた小さなイチゴと同じ色に染まった。


「ありがとう。なんか……ちょっと、希望持てそう」


そう言って、柔らかく笑ったその笑顔は、ほんの少し眩しくなっていた。


——その瞬間だった。


遠くで、誰かの声が聞こえた。


「……あれ? もしかして……」


反射的に振り返る。

見覚えのある横顔。

まさか、こんな場所で——


元彼。

こちらに向かって歩いてくるその姿に、


胸の奥の“摘んだはずの何か”が、ざわっと音を立てた。



「え?」


カジュアルなシャツに、少し無造作な髪。

でも、その目の奥にある“まっすぐさ”は変わっていなかった。


「もしかして、聡?」

問いかけた声が、少し震えていたかもしれない。


「あ、やっぱり結月だった? そうかなって思ったけど……話しかけるタイミング、ちょっと探ってた」


彼は、どこか気まずそうに笑った。

私は、うまく笑えなかった。


「……久しぶりだね」


言葉だけをなんとか整えて、形にした。

気まずさを隠すように、ほんの少しだけ、唇の端を持ち上げる。


「うん、ほんとに。……元気だった?」


「まあ、ぼちぼち。……そっちは?」


「同じく、ぼちぼち」


短く交わされる言葉。

けれど、その“間”に、あの頃のすべてが静かに詰まっていた。


沈黙に落ちないように、どちらからともなく口を開く。


「……まさか、こんなところで会うとは思わなかったな」


「うん。イチゴ狩りなんて……ふたりで行ったとき以来かも」


彼がそう言って、少しだけ照れたように笑った。

その笑みが、昔と変わらない温度を持っていたことに、気づいてしまう。


「……あのとき、私、はしゃぎすぎて……3パック分くらい食べてたよね」


「そう。で、帰りの電車で気持ち悪くなって……途中で降りる羽目になった」


ふたりで、ふっと笑った。

あの頃の光景が、ふいに鮮やかに甦る。

胸の奥にしまったまま、もう動かないと思っていた感情の輪郭が、

やわらかく浮かび上がってくる。


「でも、今日こうして会えたのって、なんか……変な感じだけど、ちょっと嬉しいよ」


「……私も」


言葉を交わしたあとの沈黙が、心地よく染み込んでいく。

ほんの一瞬だけ、時間がゆっくりになったような気がした——


「一ノ瀬さん! ちょっとだけ、こっち来てもらえますか?」


依頼者の女性の声が遠くから飛んできて、現実に引き戻される。


「あ……ごめん、ちょっと」


「うん。……またあとで」


そう言い合って、私は軽く会釈をして、その場を離れた。

けれど心のどこかに、さっき交わした彼の視線だけが、ぽつりと取り残されていた。


——摘んだはずだった。


でも、咲いていた。

あの頃と変わらない、鮮やかな黄色いひまわりが。


依頼者のもとへ歩きながら、私は自分の鼓動を何度も確かめていた。

速い。落ち着かない。

でも、嫌な感じじゃない。ただ、懐かしいだけ。


「……ごめんなさい、待たせて」


そう声をかけると、彼女はにこりと笑って首を振った。


「いえいえ。……さっき、ちょっと話してた人、知り合い?」


「……昔の恋人」


ぽつりと、そう答える。

彼女はほんの一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、すぐに「そうなんですね」とだけ言った。

その“深く踏み込まない距離感”が、やけに優しかった。


少しの沈黙のあと、彼女がそっと口を開いた。


「ねえ、タロット……今、引いてもいいですか?」


私はうなずき、サコッシュの中からカードを取り出す。

彼女の手が一枚を引いた。


『恋人』『節制』『力』


——まっすぐで、穏やかで、優しいカードたち。


カードを見つめながら、私は静かに告げた。


「……大丈夫。この恋は、きっとあなたに優しい」


彼女は、小さく頷いた。

その頷きが、さっきよりもほんの少しだけ強く見えた。


イチゴ畑に向かう途中、また彼の姿が目に入った。

彼は、数人の参加者と並んで歩いていたけれど、

時々、ふとした拍子にこちらを見ている気がした。


そのたび、胸の奥がざわつく。


——摘んだはずだった。


でも、彼の中で咲いていた。


あの黄色いひまわりは、

もう二度と咲かないと思っていたのに。


記憶じゃない。幻でもない。


太陽に向かって、まっすぐに首を伸ばすその姿に、

私は目を逸らすことができなかった。


「……どうしてまだ、咲いてるの?」


誰にも届かない小さな声が、風にさらわれて消えていった。

けれど——

心の奥ではもう、答えを知っていたのかもしれない。


だって、

私はまだ、終わらせていなかったから。


 


「甘い苺、あてられます?笑」


依頼者の彼女が、にこにことこちらを見ながら声をかけてきた。


「え? そんな特技あるんですか?」


隣にいたツアー参加者の男性が、目を丸くする。

朗らかで、優しい印象の人。

どこか彼女と相性がよさそうだと、私は感じていた。


少し肩をすくめて、私は笑った。


「うーん……気まぐれですよ?

でも、“このへん甘そう”って雰囲気は、なんとなく感じるかも?」


「占いじゃなくて、“苺リーディング”……新境地ですね」


くすっと笑い合うふたりの空気が、微笑ましい。

そのあたたかさに包まれて、さっきの胸のざわつきがほんの少し遠のいた——そのときだった。


「——じゃあ、あっちの列は?」


ふいに、背後から聞き慣れた声が届いた。


反射的に、指先がわずかに震える。

振り返らなくてもわかる。

その声、その間合い、その気配。


「こっちの列、日当たりいいから甘いですよ。

……さっき、ちょっと試食してみたんで」


聡——

彼は、当たり前のようにそこに立っていた。

まるで、最初からこの輪の一部だったかのように。


「ほんとですか? じゃあ、僕もこっちに移動しようかな」


参加者の男性が楽しそうに言って列の向きを変える。

彼女もふっと笑って言った。


「“苺の専門家”がふたりもいたら、心強いですね〜」


「いやいや、僕は素人ですけどね」


聡が肩をすくめて笑う。


「でも、なんか説得力あった。さっきの言い方」


「でしょ。声に妙な自信あった」


私も、少し茶化すように笑って彼を見た。

すると、彼は私に向けて目を細めて、ぽつりと呟いた。


「……昔、よく、こういうの来てたからね」


その瞬間、空気がふっと揺れる。

小さな風が、心を撫でていくようだった。


「えっ、もしかして……」


依頼者の彼女が、くすっと笑って目を見開く。


「忘れられない人、いるんですか〜?」


聡は、少しだけ肩をすくめるようにして笑った。

照れたような、でも穏やかな表情。


「バレました?……いや、まあ、いますよ」


「えー、どんな人だったんですか?」


彼女が身を乗り出す。どうやらこういう話が好きらしい。


聡は一瞬だけ言葉に詰まったあと、遠くを見るようにして、静かに言った。


「……ギャルになりたがってた子ですね」

「なんか、流行ってたんです。髪も明るくして、

日焼け止め塗らずに焼いたりして。

俺は……応援してました。笑」


参加者の男性が吹き出す。


「不思議な人ですね!でも、なんか愛情こもってるなあ。

……もしかして、まだ引きずってたり?」


その言葉に、聡は苦笑したまま、なにも言わなかった。

ただ、どこか遠いところを見つめたまま。


——ギャル、なりたがってた。


……うん、そうだった。


あの頃、私は“今っぽくなりたい”って言いながら、

やけに明るいミルクティーカラーのカラコンを買って、

頑張って焼いて、髪も巻いてた。


不器用で、流行に流されてばっかりで、

正直、ぜんぜん似合ってなかったのに。


それでも彼は笑って言ってくれた。


「いいじゃん」って。


何も否定せず、

ただそばで、見ていてくれた。


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