プロローグ
占いは、当たらない。
それが普通。
でも私は、ほとんど、当ててしまう。
見えるわけじゃない。霊感があるわけでもない。
ただ、何かが“ふと”わかってしまう。
たとえば、「この人、昔こんなふうに傷ついたんだろうな」とか。
「今、こんなことを考えてるんだろうな」とか。
そういうのが、不意に頭をよぎる。
そして、それは——たいてい当たっている。
私はそれを、“無意識が放っている微かな信号”なんだと思っている。
言葉にされていなくても、人の感情は、空気や間ににじみ出る。
それが、私には感じ取れてしまう。
そしてもうひとつ。
それとは別に——私は“芽”を感じることがある。
恋の芽。
相手の中に、私への気持ちが、まだ小さな形で生まれかけているとき。
まだ本人すら気づいていない段階。
でも、私はわかってしまう。
“ああ、この人、私のことを好きになりかけている”と。
目の温度、話すテンポ、沈黙の深さ。
無意識のなかで動き始めた気持ちの芽吹きを、私は肌で感じてしまう。
芽が出た瞬間を、私は見逃せない。
だから、摘むことができる。
——咲いてしまう前に。
——誰かが傷ついてしまう前に。
それは、私にとってとても個人的で、厄介な力だ。
でもそれは、占いとは別の話。
週末だけ、私は占い師としてタロットを広げる。
これはただの副業。
タロットを使えば、相手の話を引き出しやすいし、未来をぼんやりと照らすこともできる。
今日もまた、週末がやってくる。
雑居ビルの三階。
エレベーターもない古びた建物の、いちばん奥の小さな部屋。
外の喧騒は、ここまで届かない。
机は少し歪んでいるし、壁紙もところどころ剥がれている。
でも、この空間が私は好きだ。
午後の柔らかい光が、レースのカーテン越しに差し込んでいる。
机の上には、さっき整えたばかりのクロスと、よく切れるタロットカード。
準備はいつもどおり。
でも、どこかが、少しだけ違う。
空気の密度。
指先の皮膚感覚。
心の奥で、微かにざわつく“何か”。
理由のない予感は、私の中で一番あてになるものだ。
——今日の予約は、10件。
全部埋まっている。
次に空いているのは、再来週の土曜日。
ひとつひとつは短くても、10件はさすがに骨が折れる。
それでも、毎週末になると、ほとんどの枠が自然と埋まっていく。
私は特別な宣伝をしているわけじゃない。
それでも、人はなぜか途切れない。
“当たるらしい”と、誰かがどこかで話しているのだろう。
私は、今日の最初の予約時刻に目をやる。
あと数分。呼吸を整えるには、十分な静けさ。
そのとき——
カーテンの向こうで、ドアのベルが鳴った。
静かな空間に、やわらかく響く音。
扉が開き、
一歩、また一歩と、足音が近づいてくる。
私は、軽く深呼吸してから顔を上げた。
——初めて来る人だった。