悪役令嬢は円満に追放されたい!〜完璧な悪事を重ねたのに何故か聖女扱い!?
「エリザベス・フォン・ヴァインベルグ!君との婚約を今この時をもって破棄する!」
王立アカデミーの卒業記念パーティ。
シャンデリアの煌びやかな光が降り注ぐホールの中央でこの国の第一王子であるオスカー様が高らかにそう宣言した。
その隣には潤んだ瞳で王子を見上げる男爵令嬢リリアーナ嬢。
この乙女ゲーム『星降る夜のシンフォニア』のヒロインだ。
よしっ!ついに来た!
私は内心でガッツポーズをした。
この日をどれだけ待ちわびたことか。
私の名前はエリザベス。
この国の公爵令嬢であり、王子の婚約者。
そしてヒロインをいじめ抜いた末に断罪され、国外へ追放される運命にある所謂「悪役令嬢」だ。
もっとも今の私の中身は乙女ゲームが大好きだった三十代の平凡なOL。
十年前にこのエリザベスに転生して以来、私はこの破滅フラグを回避するためではなくむしろ完璧に達成するために血の滲むような努力を重ねてきた。
だって、考えてもみてほしい。
悪役令嬢の破滅イベントの結末は「国外追放」。
貴族社会のしがらみや面倒な王妃教育から解放され、自由の身になれるのだ。
しかも、公爵家が持たせてくれる手切れ金で悠々自適なスローライフが待っている。
こんなに素晴らしいエンディングがあるだろうか。
だから私はゲームのシナリオ通り、完璧な悪役令嬢を演じきった。すべては円満な婚約破棄と追放のために。
オスカー王子が私の「罪状」を一つひとつ読み上げていく。
「君は、リリアーナがアカデミーに入学して以来、彼女に嫉妬し、陰湿ないじめを繰り返してきた!そうだな!?」
「ええ、その通りですわ」
私は扇子で口元を隠し、傲然と頷いた。
もちろん、ただいじめたわけではない。
緻密な計算に基づいた「悪役ムーブ」だ。
例えば、リリアーナ嬢が階段から落ちそうになるイベント。私はシナリオ通り彼女の背中を押した。
ただし、絶妙な力加減とタイミングで。
結果、彼女は体勢を崩したものの転倒はせず、むしろ私が彼女を庇って壁に手をついた形になった。
周囲には「リリアーナ嬢を守ろうとして……!」と見えたらしいが、知ったことか。目的は達成したのだ。
またある時は、パーティで彼女のドレスにお茶をわざとこぼした。そして言い放ったのだ。
「まあ、汚らしい!そのような安物のドレスは、そもそもあなたには似合わないのよ!」と。
そして、これ見よがしに最高級のドレスを侍女に用意させ、彼女に押し付けた。嫌味のつもりで。
周囲が「なんて不器用な優しさ……!」「ツンデレというものですわ!」と感動していたが、私の知るところではない。
王子へのアピールも抜かりはなかった。
ヒロインと仲睦まじく語らう王子の前に颯爽と現れ、リリアーナ嬢を罵倒する。
「オスカー様の隣に立つには、あまりにも無作法で無教養ですわね!」と。
その指摘は、私が前世の知識と公爵令嬢としての教育をフル活用して調べ上げた彼女の作法ミスや歴史知識の欠如に関する的確すぎるものだった。
まぁこれ以外の私の悪役ムーブはなぜかことごとく裏目に出続けたりした。しかし、結果がどうあれ婚約破棄というゴールは目前だ。これでやっと、すべてから解放される!
「エリザベス!これだけの証拠が揃っていて何か言い分はあるか!」
オスカー王子が勝ち誇ったように叫ぶ。
さあ、早く私を断罪してくれ。
「ございませんわ。すべて、オスカー様のおっしゃる通りです」
私がそう言って優雅に頭を下げた、その時だった。
「お待ちください、王子!」
ホールに響いたのは私の予想だにしなかった人物の声だった。声の主は国内でも有数の商家、バートレット商会の会長だ。
「エリザベス様がリリアーナ嬢に『安物のドレスは似合わない』とおっしゃったのは、リリアーナ嬢が身に着けていたドレスの布地が隣国から輸入された粗悪品だったからです。あの布地は肌に有害な染料が使われており、下手をすれば皮膚に重い障害を残した可能性が。エリザベス様はリリアーナ嬢の身を案じ、咄嗟にご自分のドレスをお与えになったのです!」
え?
そうなの?
ただの嫌味だったんだけど。
戸惑う私をよそに、今度は魔術師団の団長が前に進み出た。
「王子、階段での一件も誤解です。あの日、階段の梁には魔力の不安定なガーゴイル像が設置されておりました。リリアーナ嬢の持つ膨大な聖なる魔力に反応し、暴走する寸前だったのです。
エリザベス様はいち早くそれに気づき、リリアーナ嬢を突き飛ばす形で魔法の射線から庇われた。あのお方が身を挺してくださらなければ、リリアーナ嬢は石化していたやもしれませぬ」
いや、だから、ただの悪役ムーブだってば。
次から次へと、私を擁護する声が上がる。
「エリザベス様がリリアーナ嬢の知識不足を指摘されたのは、王子との会話に出てきた古代魔法に関するものでした。あの魔法は、知識なく語ると暴発の危険がある禁忌の魔法。エリザベス様は、お二人を危険から守ろうとされていたのです!」
「そうだ!エリザベス様は常に我々の見ていないところで、国のことを、王子のことを、そしてリリアーナ嬢のことまでお考えになっていた!」
……どうしてこうなった。
私はただ、シナリオ通りに悪役を演じて平穏なスローライフを手に入れたかっただけなのに。
ホールはいつの間にか私への賞賛と感謝の声に包まれていた。オスカー王子とリリアーナ嬢は、自分たちがピエロだったことに気づき、顔面蒼白になっている。
まずい。
このままでは婚約破棄がなくなるかもしれない。
国外追放が、私のスローライフが遠のいていく!
「お待ちくださいまし!」
私はたまらず大声を出した。
「私はただ、この男爵令嬢が気に食わなかっただけですのよ!嫉妬ですわ!醜い嫉妬心から彼女をいじめておりましたの!」
必死の告白に、ホールはシンと静まり返った。
すると今まで黙って成り行きを見守っていた、一人の騎士がゆっくりと前に進み出た。
筋骨隆々とした体躯に寡黙だが鋭い眼光を持つ、近衛騎士団長のアレクシス・グレイフォード様。
ゲームでは攻略対象ですらない完全なモブキャラだ。
彼は私の前に立つと静かに、しかしホール全体に響き渡る声で言った。
「……それこそが、エリザベス様の深いお考えの表れでしょう」
は?
「エリザベス様は、ご自分の功績が表に出ることを望まれなかった。それどころか、ご自分が悪役となることでリリアーナ嬢の評価を高め、王子との仲を取り持とうとされていた。すべては王国の安寧と、お二人の幸せのため。その気高き自己犠牲の精神に、私は心からの敬意を表します」
そう言ってアレクシス騎士団長は私の前で深く、深く膝を折った。
その瞬間、堰を切ったようにホールにいた貴族たちが次々と私に倣って膝を折っていく。
「「「エリザベス様に、心からの敬意を!」」」
もう、だめだ……。
私のスローライフ計画は、木っ端微塵に砕け散った。
この異常事態を収拾したのは玉座から静かに降りてこられた国王陛下だった。
「……エリザベス。そなたの深謀遠慮、見事であった」
「いえ、陛下、ですから私は……!」
「よい、もうよいのだ。そなたの功績は、この国の誰もが知るところとなった」
国王陛下は青ざめた顔のオスカー王子とリリアーナ嬢を一瞥し、重々しく口を開いた。
「オスカー、そなたの望み通り、エリザベスとの婚約は白紙に戻そう。人を見る目も、国の未来を担う覚悟も持たぬ者に、彼女はあまりにもったいない」
よ、よかった……!
婚約破棄だけは、どうにか達成できた!
あとは追放処分を待つだけだ。
これで自由の身に……!
「そしてエリザベス・フォン・ヴァインベルグに、新たな王命を授ける」
国王陛下は私に向き直ると、厳かに宣言した。
「そなたを、北方の辺境伯に任命する!魔物の森と未開の土地が広がるあの地を、そなたのその類まれなる知恵と行動力で、豊かな土地に変えてみせよ!」
……へんきょうはく?
追放、ではなく?
貴族の最高位の一つである、伯爵に?
「そんな……!話が、話が違いますわーっ!」
私の悲痛な叫びはホールに響き渡る万雷の拍手にかき消された。
こうして悪役令嬢エリザベスは国外追放を免れたばかりか、前代未聞の大出世を遂げてしまったのだった。
数週間後。
私は辺境伯領へ向かう馬車に揺られていた。
「はぁ……なんでこうなったのかしら……」
私の夢だった手切れ金でのんびりスローライフ計画は泡と消えた。これからは、魔物だらけの未開の地で領地経営に身を粉にする日々が待っている。悪夢だ。
「エリザベス様、何かご心配でも?」
向かいの席から涼やかな声がかけられる。
声の主はなぜか私の護衛として同行しているアレクシス騎士団長だった。
「団長様こそ、なぜこのような辺境に?近衛騎士団長のお仕事はよろしいのですか?」
「陛下からあなた様の護衛と補佐を直々に命じられましたので。それに私の忠誠はあなた様に捧げると決めております」
彼はそう言ってこともなげに微笑む。
その笑顔になぜか私の心臓がトクンと跳ねた。
いけない、いけない。
この人は私の完璧な悪役計画を台無しにした張本人なのだから。
「……そうですか。せいぜい、私の足手まといにならないでくださいましね」
私はツン、と顔をそむけて言った。
もはや癖になっている悪役ムーブだ。
するとアレクシス騎士団長は、心底嬉しそうに目を細めた。
「はい、お望みのままに。あなた様がその気高いお心でこの地を治める限り、このアレクシス・グレイフォード、いかなる脅威からもあなた様をお守りし、剣となり、盾となりましょう」
……この人も、私のことをとんでもなく勘違いしている。
窓の外には荒涼とした大地がどこまでも広がっていた。
私の望んだ穏やかで平和なスローライフは一体どこへ行ってしまったのだろう。
けれど、まあ、いいか。
この有能で、ちょっと(かなり)ズレている騎士様がいれば領地経営も案外、退屈しないかもしれない。
悪役令嬢エリザベスの波乱万丈なセカンドライフは、こうして幕を開けた。
願わくば、いつかこの地でささやかな家庭菜園でも作る時間ができますように。
心からそう願いながら私は前を向いた。
お読みいただきありがとうございました。
これからもいろいろと書きます。