表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編
6/61

夕刻のお茶会

「とりあえずシュートの部屋はここにしといて、今後の部屋割りは明日にでもユリカちゃんと話し合って決めて。後日変更は可能だから」


 大牙は取り付けたゲートの伸びたアームをあちこち確認しながら言う。

 もう、ユリカが来るのが確定しているように聞こえて、湊太はもやっとした気分になった。

「ユリカ呼ぶのは絶対ですか」

「うーん…そこは夕湖さんに聞いて。何か考えがあるんだろうから」

 大牙も頼まれただけなのだろう。細かいことを聞かれても困るだろうな、と理解して、湊太はそれ以上の質問をやめた。


 大牙がゲートをぐっと押すと、後ろの金具がかくかくと曲がって、ぴたりと額縁のように壁面に畳み込まれた。

「垂直でも斜めでも使用可って言ってたけど、こういう事か。どっちでも問題なさそうなくらい強度あるな、これ」

 この部屋に入るのは初めてだと言っていた大牙は、取り付けの確認が済んだらしく「シリコン鍋つかみ」をお尻のポケットにねじ込み、湊太達の方へ振り返ると

「さて、帰るにあたり斜めと垂直どっちがいい?どの道ちょっと高さがあるから、トランポリンのフレームには乗らなきゃいけないだろうけど」

 と尋ねた。

 秀人は少し考え込むと、

「想像しただけでも脳が重力の向きでバグりそうだから、斜めのがいい気がするな」

 と呟いて湊太の方を見た。

 カップに全員分の紅茶を注ぎながら、湊太も

「多分斜め使いが正解だね。だから、このギミックと…トランポリンがが用意されたんだと思うよ」

 と同意した。




 湊太と秀人が大きなソファに、左右の一人掛けソファに大牙とソフィアがそれぞれ座ると、クレアの用意していた紅茶をいただく。

 一口飲むと喉の奥に熱が広がり、思ったより体が冷えていたことがわかる。

 ふっと一息つくと、大牙がゲートの使い方を説明してくれた。


「街中にはいわゆる駅みたいなものがあって、そこには各地に移動できる公共のゲートがある。それは到着ゲートと出発ゲートで完全に分かれてて、一方通行なのが普通。双方向OKにすると、出発する人と戻ってくる人でぶつかって、ラッシュ時に大人数が通るのに向かないからね」

 うんうんと3人は納得顔で頷く。


「で、この個人使用のゲートは、まあ元々すっごい高価で個人で持てるもんじゃない。らしい」

「え?つまりそこはさっきのレビが金持ちって話につながるの?だから用意できた?」

 ソフィアが眉間にしわを寄せながら、フィナンシェに似た焼き菓子を手にしつつ聞く。

「いや、違くて。その原料ってのが星団の連盟の中で、この星の、レビの土地でしか採取できない」

「なんと!」

 秀人が興味津々で身を乗り出した。

「ずっと気になってたんですよ、アンバーって事は琥珀、樹液でしょ?特殊な樹がこの土地にあるって事ですね?」

「これが、樹液じゃないんだ。シュートなら知ってるかな。龍涎香って分かる?」

「あ、クジラのお香の?」

「やっぱりすごいな、夕湖さんが呼びたがったのも納得だ」

 よどみなく返答する秀人に大牙も感心しきりだが、毎日のように顔を合わせている湊太の方が驚きは大きい。

「何それ、何でそんなの知ってんの?すごい通り越して怖いわ!」

 よく変な本を読んでるな、と思っていたが、ポンポン謎知識の出てくる秀人は理解不能だ。

「龍涎香…アンバー?クジラ…?」

 秀人は湊太の叫びをスルーしたまま膝に肘をつき、ぶつぶつと自分の思考に沈んでいった。


 ?がいっぱい浮かんだ顔をしている湊太とソフィアに、大牙が向き直る。

「クジラの腹の中で結石になってできる…石と言うか、分泌物のかたまりで、高価なお香の原料になるのが龍涎香、英語だとアンバーグリスだ。このアンバーゲートの原料、当然地球にないものだから翻訳できない。湊太のおじいさんが、その龍涎香から取って原料の石に地球名はアンバーストーンと名付けた。で、ゲートもアンバーゲートって名前になった」

「またじいちゃんか…」

湊太は、少し目を伏せた。


「例の30年前の事件の時、買い手のつきにくい小さな原料を、実験的に湊太のおじいさんに持ち帰らせたらしい。高いわりに小さいゲートしか作れないし、使い勝手が悪い、言っちゃうと規格外品だ。星団法でこの石の譲渡や販売とか、扱いは色々厳しい取り決めがあるらしいけど、ほら地球は星団圏外だから」

「なるほど、逆手に取ったんだ」

 にやりと笑う大牙に、湊太がぽんっと手をを打った。


「そう。でも一つどうにもできないルールというか、仕様があって。

 原料のアンバーストーンは自分より小さなアンバーゲートはくぐれない。だから、地球にストーンを運ぶのはこの軌道上にある宇宙船用のゲートを使って、君のおじいさま達を地球に戻す時の1度きりしか機会はなかった。

 アンバーゲートさえ設置してしまえば、宇宙船の運用は高価でリスキー、無駄でしかない。だから、何かよっぽどの状況変化がない限り上空のゲートを使うことはないから、今後地球上のゲートが増えることは、恐らくない」


「じゃあ、今地球にあるゲートっていくつなの?」

 ソフィアがおそるおそる聞いた。さっきレビにはぐらかされた質問だ。いや、あの時はぐらかしたかったのは別の理由の方だったか?と思いながら湊太も大牙の返答を待った。

「その時持って帰ったアンバーストーンは5つ。元々あったゲートが1つで、恐らく計6つだと思う」

「元々あった!?」

 ソフィアと湊太でハモってしまった。

「ずいぶん昔に地球に持ち込んだものがあるらしいよ。詳細は知らない。元々はこの星の人間で、今は地球人として暮らしている人の子孫が所持してるって事だけ聞いてる」

「そっか、太陽系とこの星の上を結ぶゲートがあったって事なら、あり得ない話じゃないわけだ…」

 アステリアの話を思い出しつつ、湊太が呟くと大牙が嬉しそうに頷いた。

「そういう事。そういう想像力大事だよ。でも、だれがゲートを持ってるかってのは僕が話すことじゃないな。ソフィアの家、湊太の家、僕の上司、今出てる情報はここまで。後は追々持ち主に会えることになるんじゃないかな。」

「OK、ありがとう。十分な回答よ」

 ソフィアは肩の力を抜いて、ソファの背もたれに体を倒した。


「ああ、話を戻すけど、公共のゲートは一方通行、だから行き来するにはゲートが2つ必要になるわけだ。でも個人所有のゲートは双方向で使う。1個で済むけど、起動時にトリガーが必要になる」

「トリガー?」

「微弱でもいい、電気だ。軽く電気を流せば、そちらが入り口となってゲートが開く」

「え、電気なの?あー、あれ…そっか、静電気だ。フレーム部分撫でると景色変わるのってそういう事だったんだ」

 思い切り背もたれにもたれ掛かっていたソフィアは、また前傾姿勢に逆戻りだ。

 電気と聞いて、湊太も大牙がいちいちシリコン製鍋つかみを使ってゲートに振れていた事に納得した。


「公共のやつは常に入り口側に微弱な電気が流してあるけど、個人所有はそうはいかない。特に持ち運びできるようにしてる場合はね。エルフたちはちゃちゃっと電気起こせちゃうけど、僕らにはできないから」


「ちょぉーっと!今さらっとスゴイ事言いましたね!?」


 先程まで自分の思考に沈んでいた秀人が、いきなり会話に戻ってきた。

「耳が尖って寿命が長いだけじゃないじゃないですか!ほか!他の特殊能力は!?」

「特殊能力と言うか…星の力を借りてるって言ってたけど。よく言うマナ?みたいなものがあって、僕らには見えないものが見えてるらしい。…っと、この話は多分長くなるからまた次の機会にしよう」

「えーじゃあ明日!明日も大牙さんココいます!?」

 さっきまでちょっと知的にさえ見えていた秀人が、異様な興奮っぷりだ。大牙が引き気味になるレベルで食いついている。

「基本土日はこっちで生活してるから、多分いるよ」


「明日来るのね?ユリカって子連れてきてよ!何時?そーだ、時差だ時差、何時間だっけ」

「ベルリンと東京だったら冬は8時間だね」

 なぜか異様にユリカの召喚をせがむソフィアに、紅茶の湯気を眺めながら大牙が答えた。


「昼1時?くらいかな。でもユリカ来るかなあ?風邪かもって言ってたし、多分怒ってるし」

 湊太はちょっとしょんぼりと答えた。

 帰ったらどう説明しよう。ずっと待たせて、何度も連絡くれていたとしたら…自分のせいではないとはいえ胸が痛む。

 人の気も知らず、ソフィアはわくわくと予定を詰めていく。

「1時ね。8時間引くっ…と。5時かあ。あ、今日と一緒か。明日も早いな~…。じゃあ、明日はさっきの東屋に集合ね。私ひとりじゃココ入れないから…」

「いや…自動で開かないだけだから、来客として鐘鳴らして入れて貰えば?回廊のソファで待てば良いでしょ。東屋遠いよ?」

「その手があったかー!って、え?玄関に鐘ってあった?」

「あるよ、入り口の両側に。それよりも、ユリカちゃんの予定も聞かずに突っ走ってどうすんだよ」

 なぜかソフィアはアクセル全開だ。大牙が軌道修正してくれなければ、勝手に来て勝手に待っていそうだ。


「じゃあ、湊太はユリカが来れるってなったら、一旦先にこっち来て、レビに連絡な?」

 明日も来る気満々の秀人もノリノリだ。ソフィアと秀人のノリについていけないまま、湊太はふぅっと軽くため息をついた。

 ちらりと大牙を見ると、なにか連絡が入ったらしく、彼の目の前にスクリーンが出て誰かと会話を始めていた。

「…ああ、分かった分かった。すぐ行くから。もうちょっと待って」

 何か呼ばれているらしい。こちらもいよいよ帰る時間が迫っていることに気付いた。

通話のスクリーンが消えたタイミングで、明日来てから必須になる質問だけ大牙に投げかけた。

「連絡ってどうすれば…?」

「ラムダ装着したまま、誰誰に電話とか通話とか連絡って言えばOK。…ああ、またレビだ。なんで食事だけは待てないんだ、あの人は…」


 もう、こちらでは夕食の時間らしい。大牙にしつこいくらいレビからの「早く来い」通知が来はじめたので、今日は引き上げることにした。


帰れなかった。次こそ帰還。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ