突撃!丘の上の豪邸訪問
秀人曰く、湊太の現在の家もかなり大きな家だが、レビの家はその比ではなかった。
「リゾートホテルの雰囲気あるよな」
ぼそっと秀人が呟くと、大牙が「ああ、確かに」と同意しつつ、
「ホテルっぽいね。しかも今まで見た部屋は、ほぼ全室スイート」
と言う補足を入れると、春から高校生男子の二人の足取りが急に早くなった。
「大牙さん、早く早く!」
「かわいいなあ、君たちは」
ぶんぶんと手を振り回す湊太の分かりやすい「はしゃぎっぷり」に、大牙は思わず笑った。
先に到着したソフィアが、正面玄関の前で待っていたクレアに円盤型キックボードを渡しているのが見えた。そのままクレアはキックボードに乗り込むと、東屋の方へ移動しはじめた。湊太達とすれ違いざま、少しスピードを落として
「ソータ様のお部屋に、皆様分のお菓子とお茶を用意しておりますので」
と言い残し、止まることなく東屋へ飛んで行った。見るとはなく、湊太はそのままクレアを目で追ってしまっている。
「…淡々としてるなあ」
「事務的!クールでいいね」
秀人はかなりクレアが気になるようで、何度も振り返りながら屋敷へと進んでいった。
二人がクレアに気を取られている間に、白い鳥に乗っていたこの家の主は、いつのまにか姿を消していた。
大きな両開きの玄関扉の前に立つと、重々しい扉が静かに外側へ開いた。ドアの周囲には湊太達4人の他に人影はなく、別に執事やメイドのような人間がいて開けたわけではなさそうだ。遠隔操作されているのか、人感センサーでもあるのか、自動的に開いたようだった。センサーかカメラがどこにあるのか、と湊太は好奇心から天井付近や扉周りをきょろきょろと見回していると
「この屋敷に住人登録されたから、僕や君たち二人は近づくと自動的に扉が開くんだ」
察した大牙が教えてくれた。
「ソフィアは別棟で登録されているから、こっちは開かない」
「こっちのが良かったのに…なんで私だけあっちの小屋なのよ…」
ソフィアはかなり不満そうだ。
建物の中は、いきなり正面がガラス張りで、その奥には薄暗い中庭が見えた。ぽつりぽつりと足元に照明のようなものも見える。
「ん?回廊になってるのか、ここ」
秀人の一言で、はっと湊太は左右を見渡した。簡単な応接テーブルが玄関扉入ってすぐの左右にあるだけで、正面は中庭。応接テーブルの左右奥にそれぞれ2階に上がる階段、その奥に廊下が広がっていて、今のところ部屋らしきものは見えない。
「中庭を囲んで、3面が2階建ての回廊になってる。住居スペースは奥の建物だ。回廊の何か所かに中庭に出る扉と、側面側の通路にもこのテーブルとソファみたいなのがあるけど、今日はとりあえず部屋に向かおうか」
―――うん、これは急いで帰ろうと思うと、意外と時間かかりそうだぞ。
今後の移動の際は、この距離も考慮しなきゃだな、と思いながら大牙について歩いた。
「どっちから回ってもいいんだけどね」
と言いながら、大牙は左側のルートを選んだ。ソフィアの家族用の「別棟」がある方だ。
基本的に外側の窓は装飾のある上部がアーチ状の小窓で、これが「城っぽさ」を演出していたのだな、と気付く。反対に中庭に向く内側の窓には装飾がなく、どこが区切りかもわからない。まるで1枚物の巨大なガラスのようだった。1つ目の角を曲がると、ガラスが腰壁の上部だけに変わった。大牙が言っていた通り、広めの廊下に等間隔に応接セットと扉がある。
「すっごい人数のガーデンパーティ出来そうだな」
ちょっと皮肉っぽく秀人が言うと、
「レビの父親、この家の前の主人ってことになるのかな。彼は随分なパリピみたいで、しょっちゅうパーティ開いてたみたいだよ。レビは面倒くさがりだから一切やってないみたいだけど」
「まあ、あの人が友達大勢に囲まれてパーティーってのが想像無理だわ」
大牙からのプチトリビアに、ソフィアはあからさまな皮肉顔で毒を吐いた。
中庭を通り過ぎた突き当りのエリアは吹き抜けのホールになっていて、小さめの体育館ぐらいの広さがあり、玄関側と同じように2階に上がる階段があった。
「ここにもテーブルが置かれてたらしいけど、邪魔くさいからレビが片付けたんだって。はい、ここからが居住エリア」
ホールの一番奥、ど真ん中に玄関扉と同じくらい大きな扉があった。近づくと、やはり自動で扉が向こう側へ開いた。
「君たちの部屋は2階。1階はここで働く人たちの社員寮と食堂と思ってもらえばいい。2階が客人用、3階がレビの一族のエリア」
「いや、ここも広いな!」
食い気味に秀人が突っ込んだ。
今までは直線的な構造だったが、この居住エリアの入り口のホールは曲線的で、ぐるりと円を描くように曲線の階段が左右に伸びていた。ホールの左端には、グランドピアノとハープのような楽器が置かれている。
「で、基本エスカレーター右を選んで」
「エスカレーター?」
湊太と秀人が同時に首をかしげた。二人に何も返答しないまま大牙が右側の階段に近づくと、階段は静かに動き出した。
「え、ああそういう事」
一段一段が、やけに幅広いエスカレーターで上り始めると、その途中で入口ドアの真上あたりの中空に、大きな地球儀のようなホログラムが浮かんでいるのに気付いた。
「これってアステリア?」
湊太ははーっと感嘆の息を漏らした。
直径、どれくらいあるのだろう。かなり大きいホログラムだ。
「なんか…地球と全然違うな」
秀人はゆっくり回っているホログラムをじっくりと眺めている。
「俺たちがいるのってどの辺なんだろ」
湊太の言葉に反応したのか、いきなり惑星儀がぐるんと回り、見える範囲で一番大きな大陸の沿岸近くを赤い点滅で指し示した。一番近い沿岸と赤い点滅との間には、世界樹のものらしき木のイラストも投影されている。
「グノメさんに聞いても詳細は見れるよ」
大牙に言われて、湊太はそれもそうかと気が付いた。もっとグノメを有効活用しないと、大牙に負担が掛かりすぎるな、と反省した。
「地球に比べて、サイズって大きいの小さいの?あ、これもグノメに聞けばいいのか」
大牙に質問しておきながら、ソフィアははたと気付き耳元のラムダに手をやった。
「うん、地球より一回り小さいとは聞いてるけど、正確なサイズは僕も知らない」
2階に到着すると、奥に向かって真っすぐな、中央が1階から吹き抜けになった通路だった。左右に分かれた通路は、ところどころ渡り廊下のようなスペースで繋がっていて、そこには必ずソファがあり、プランターで縁取られていて花が咲いていた。
「ショッピングモールっぽいな」
「わかる」
秀人の感想に、湊太は速攻で同意した。左右の通路に面しているのが店ではなく、誰かの部屋だという違いだけで、見た感じはほぼショッピングモールのテナントスペース前だ。
「君たちの部屋はこっち」
大牙が左側の通路を進みはじめると、3人はぞろぞろと後ろをついて歩いた。
最初の扉が現れた。エスカレータホールからゆうに家一軒分の距離は歩いたはずだが、そう思うとかなりの広い部屋であることが予想できる。それとも、間に倉庫でもあるのか、などと色々考えていると、その一つ目の扉の前で大牙が止まった。扉には金づちと言うか、ハンマーのようなイラストがレトロにアレンジされたパネルがついていた。
「あー…分かりやすっ」
ちょっと気が抜けたように笑う湊太に、大牙がアンバーゲートを握ったままドアを指差した。
「今ここでこの部屋のドアを開けれるのは湊太だけだ。開けて貰えるかな」
「は、はいっ」
元気に返事したものの、鍵のようなものもなく、ただ縦型の大きな取っ手がついているだけだ。構造を見て内開きだな、と思ったのでそのまま取っ手を押してみると、何の抵抗もなく扉は開いた。
中は広めの談話室だった。正面は全面ガラス張りの窓で、左側の壁には暖炉のようなものがある。左右にそれぞれ1人掛けのソファ4脚が置かれた円卓と、中央には正面の窓に向かって3~4人掛けの大きなソファと、その目の前の長いローテーブルの左右に一人掛けのソファが置かれていた。
中央のソファの目の前のローテーブルには、4つのカップとお茶菓子、ティーポットが用意されている。
「クレアさん…せっかく用意してくれたけど、俺ら急いで帰らなきゃいけないのに…」
申し訳なさでいっぱいになりつつ湊太が呟くと、まあまあと秀人が押し止めた。
「今更急いでも仕方なくね?頂いていこうぜ。にしても多いな、応接セット。外にもあるのに」
秀人のツッコみも尤もだと思う。ここに来るまでにいくつ応接セットを見ただろう。回廊から入れると10以上は余裕であったと思う。
隣だという大牙の部屋も、ほぼ同じ間取りらしい。
「右に、あんまり使わないと思うけどダイニングルームと、ミニキッチン。その奥にバストイレ、さらに奥にベッドルーム。左にはベッドルームが2部屋。特にどこが誰の部屋って決めて使ってなかったみたいだけど、一応右端の1部屋がゲストルーム的な扱いにしてるって言ってたから、そこをユリカちゃんに使ってもらうかシュートが使うか決めればいいと思うよ。希望すれば、外の通路の反対側の部屋が全部個人サイズの部屋だから、そっちを貰うことも出来るけど…」
「個室貰えんの⁉」
「え、私も個室こっちに欲しい!」
秀人が目を輝かせると、被せ気味にソフィアも叫んだ。
「全然今個室は空きだらけだったと思うから、貰えると思うよ。ただ…」
説明しながら、大牙は部屋の奥に移動していく。
左奥の角、窓際の足元に、小さなトランポリンのようなものが見えた。その上の壁から、不揃いな長さの変な形の金具が飛び出している。
「この家の居住エリアの部屋登録は一人一つにしてあるので、シュートとかが別の部屋に登録しちゃうとこの部屋に入れない。つまり、別行動してて湊太がうっかり先に帰っちゃうと、帰りたくても帰れなくなっちゃう」
壁から出た不揃いの金属棒に、向きを確認しながら大牙がアンバーゲートを取り付けた。
「はい、元通り」
「いやいやいや、ふざけすぎでしょコレ」
アンバーゲートは湊太の目の高さぐらいの位置から上に向かって斜めに取り付けられた。しかも足元にトランポリンということは…
「…そういう事でしょうか?」
秀人がトランポリンとゲートを交互に指差しながら大牙の目をじっと見た。
「そういう事…だと思うよ?」
「バカなの?じいちゃんバカじゃないの?」
叫ぶ湊太の横目で、ゲラゲラとソフィアが笑っていた。
ゲートは、ぴょーんと跳んで飛び込む仕様。