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しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編
3/59

ガゼボにて 前編

ガゼボ…西洋風あずまや。東屋でお茶会。

 気付くと、あのエルフは東屋でのんびりくつろいでいた。

 大牙はその姿を確認するとため息を一つつき、

「自由が過ぎるな、あの人は」

 と呟いた。


「まあ、立ち話もなんだ。あそこまで移動するか」

 と言うと、大牙はデニムの尻ポケットから、なぜかシリコン製の鍋つかみのようなものを出した。

 直接触れたくないのか、それでアンバーゲートと呼ばれたフレームをつかむと、木の枝から取り外した。

 あの警戒色のように激しく点滅していた赤い光が消えると、アンバーというには黒く、琥珀色とは程遠い色のフレームだった。歩きながら、説明が始まった。


「秀人君には自己紹介がまだだったね。僕は東雲大牙。まあ、君と同じく最近連れて来られた部外者の一人だね。ざっくり概要を話すと、ここは地球より遠く離れた、はるか彼方の星アステリア」

「そっか…やっぱり他の星だったのか」

 ソフィアが遠い目をしながら呟いた。

「気づいてた?」

「いや…さっきのおじさんの話からだよ。好きな時に行って帰れるお手軽な異世界くらいに考えてた」

 目線を東屋の男に動かすと「胡散臭いけどエルフもいるしね」とちょっと嫌そうに小声で吐き捨てた。


 僅かに登り坂だが、全然疲れないし息も上がらない。ここは何だか空気が澄んでいるような気がする。

 歩みを進めると、丘の頂上にある東屋の向こう側に、城かと思うような豪邸が見えてきた。エルフはあの家の住人なのだろうか。そんな事を考えている間に、東屋に到着した。




 東屋は、真っ白なおしゃれな鳥かごのようにも見える。屋根は遠くから見えた通り、やはりアラベスク模様のような透かし彫りの模様が入っていて、6本の柱で支えられていた。中央には屋根と同じような透かし彫りの模様の入った円形の金属っぽい素材のテーブルと、その周りにソファに近い形のずっしりとした椅子が6脚並んでいる。

 そして、すでにその内の一脚を占拠していた男は

「ずいぶん待たせてくれるな。そして胡散臭いとか全部聞こえてるぞ」

 と文句で出迎えたが、言葉に反して、大して気にもしていなさそうな口調だった。


「ざっくり概要は話し終わったから、僕の仕事は終わり」

「ええ?あれだけ?」

 エルフの隣の席に無駄のない動きで座る大牙に、3人一度に声を上げた。

「僕も知らないことが多いし、知っていても、部外者の僕の口からは言えないこともある」

「遠慮はいらんよ。話して悪いことは何もない」

「いや、レビは良いかもだけど、俺は責任もてねーよ。あ、この人はレーヴェリヒ。レビって呼んでる。

 僕たちが思うエルフって生き物と造形は似てるけど、地球上に今実物のサンプルが居ないから、生物的に同一かどうかは分からない。

 でも、コンシェルジュAIのグノメさんはエルフって翻訳するように設定されてる」


「物語に出てくる、悪い方のエルフならそっくりだと思う」

 ソフィアが眉間にしわを寄せて、明らかに嫌そうに言う。

「理想と現実の差は…まあ、文句はこの人に言って。若そうに見えるけど、還暦くらいだ。寿命だけはみんなの知るエルフと同じくらいじゃないかな」


 耳尖ってて、寿命長いって、もう充分エルフじゃん!

 と少年二人は心の中で叫んだが、表面上はとりあえず黙っておいた。


「ねえ、質問良い?私、ここに来始めて2か月ちょっとだと思うけど、この機械…ラムダっていうのも今日初めて知ったし、グノメってアプリも初めて使った。でも、このヒデト?シュート?この人みたいに設定なんかしてない。こっちのソータって子も設定要らなかったじゃない。密航者呼ばわりされたのも、ヒデト?シュート?だけだった。

 …つまり、私と、ソータって子は…昔ここに来たことある…って事よね?」

「そうだな、君たちはかなり小さい頃ここに来ている」

 ソフィアの質問に答えたのはレビだった。


「何で、私たちが?」

「何で?」

 ふむ、とレビは机に肘をつき、口元に手をやった。

「強いて『何で』と言うならば、私からは今後のためとしか言いようがない」

「だから!お前は嫌われるんだろうが!」

 かなり年上と言いながら、大牙はついに「お前」呼ばわりになっている。


 レビという人は、空気を読まないタイプなのか、言葉選びが下手なのだろうか。本人は意図していないのかもしれないが、結果的に言うことが意地悪に聞こえる。


 諦めたように、大牙がソフィアを誘導する。

「ソフィアの通ってきているアンバーゲートは、どこにある?君の家か?」

「…おじいちゃんの家。…にあったけど…死んだおばあちゃんの部屋にあったから、えっと…」


 大牙の問いに、急にしどろもどろになったソフィアに、つっこんだのは湊太だった。

「え、黙って持ってきたの?」

「いや?いや違うし!おばあちゃんの部屋のもの、好きなもの持ってっていいっておじいちゃんが言ったから!見た目、六角形のきれいな鏡だったから!」


 大慌てで身振り手振りを繰り返すソフィアを尻目に、いつの間にか現れたメイドが淹れた紅茶を、レビは静かに味わっていた。カップをそっとソーサーに戻すと

「問題ない、君が持って帰ったことはクラウディアも承知している」

 と視線も動かさずに呟いた。

「え…?お母さん…知ってるの…?」


 皆に紅茶とお茶菓子のようなものを勧めているメイドはエルフ耳で、湊太も秀人も思わず目が釘付けになってしまっていた。もう、ソフィアとレビのやり取りより目の前のメイドが気になって仕方ない。

 秀人がものすごく小さい声で「うわあ…うわあ…」と繰り返しているのを聞きながら、湊太は「わかる!」と心の中で頷いていた。


 メイドは全員分のお茶とお茶菓子をセットすると、キッチンカートのようなものを東屋の端の方に寄せ、「ごゆっくり」と微笑んだ。そのまま東屋の外へ出ると、外に置いてあった円盤型のキックボードのようなものに乗り、地上からわずか20~30cmほどに浮きあがると、その高さのまま、ロングスカートのメイド服を軽くなびかせ屋敷の方に去っていった。


「ロングスカートってのがまたいい…」

 秀人は、心の声が漏れだしてしまっている。

「バカ!…いや、ちょっとわかるけど!あーもう!話戻すけど、根本から説明が欲しいのよ。地球にいくつこのポータルがあって、どういう関係…いや、なんでおばあちゃんの家とか、このソータの家とかにあるのかって!」

 ソフィアは秀人に一瞬同意してしまったが、この全く空気を読まないエルフからどうやって欲しい答えを引きずり出すか、考えながら質問方法を変えているようだった。


「ふむ、これは…私は答えたくないな」

「なんだとぉ…」

 話して悪い事はないと言っていた割に、レビ自身はいきなりの拒否だ。

 ソフィアがピリピリしているのがわかって、湊太は

「ちょっと質問変えていいですか!」

 と手を挙げた。


「俺たち二人がここに呼ばれたってことは、何かして欲しいことがあるんですか?何かと戦って倒すとか!」

 若干の中二病的な発言だが、湊太としては聞かなくてはいけない事だった。

 途端にレビはふっと口元を緩め

「知ってるよ、地球で…君たちの国でなのか?異世界転生ものってジャンルが流行っていることは。でも、君たちのような年端もいかないような子ども達を無理やり呼び出して、こちらの世界のために命を危険に晒して戦ってもらうとか、そんな不条理なことをさせる必要はここにはないな」

 と笑った。


「簡単にこの周辺の星々の説明をすると…何千、何万年と星々の間で戦争は行われていた。疲弊して、消耗して、貴重なハビタブルゾーンの星もかなりの数破壊され、消滅した」

「ハビタブルゾーン?」

「太陽と地球の距離の関係みたいなもんだ。太陽に近すぎて熱すぎて住めない星、遠すぎて寒すぎて住めない星もあるだろ?その間、太陽みたいな恒星からちょうど生物が住める…かもしれない距離?温度の範囲がハビタブルゾーン」

 湊太の問いに、なぜか秀人が答えた。広範囲オタはこんなことも知ってるのか、と感心しつつ

「なるほど…」

 と頷くと、湊太はまたレビに向き直った。


「最後の戦争から、もう5千年は経ってる。今は共同の惑星間連盟を立ち上げ、各星々からの代表が運営して、円滑に交流している。文化も技術も成熟期に入っている状態で、君たちに命を懸けさせるような話はないよ」

「ええ…じゃあ、ますます、何のために俺たち呼ばれたの?」

「用があるかと言われると…何か解決すべき問題があるとすれば、地球側だな」

「ん?」

 淡々と言葉を紡ぐレビのその一言に、少年少女3人は思わず顔を見合わせた。




「ああもう、面倒だな。それぞれ当事者からこの件は聞いて欲しかったのに」

 レビは心底嫌そうにため息をついた。

「当事者…とは…」

 湊太が問うと、銀髪のエルフに

「アンバーゲート…そのポータルになるフレームの持ち主たちのことだよ」

 と面倒くさそうに返された。


 この六角形のフレーム、アンバーゲートの持ち主…死んだじいちゃんの事か?

「いや死んでるし!」

 先にソフィアが叫んだ。

「ソフィアの祖母も、湊太君の祖父も聞ける状態じゃない。当事者に聞けってのは意地が悪すぎるな」

 横から大牙が助け舟を出したが、レビは嫌そうな顔のまま答えようとしない。


「…ならば他の残ってる連中に聞け。お前の上司とか」

「他の…か。じゃあ、あんたの嫁もそうだな」

 大牙がにやりと意地悪な目を向けると、今まで飄々としていたレビの顔に初めて焦りのような表情が浮かんでいた。

「…彼女が知ってることだって伝聞に過ぎない」

「あんたは見たんだろ、30年前、ここで何が起こったか」


 ―――30年前。去年死んだじいちゃんに、30年前何があったのか。


 湊太の母・夕湖の父で、湊太の父の上司だった。

 物作りが好きで、大手の電機メーカーで色々な家電を企画・製作していたらしい。昔は祖父と父とのチームで試作品をいくつも作っていたそうだ。

 発売前のテスト製品だったり、発売に至らなかったボツ家電など、かなりの数が家に持ちこまれて、謎の家電があふれていた時期もあった。


 ―――そういえば、あの机もじいちゃんの手作りって言ってたな…


「あー!そうだ、あの机!」

 引っ越すと同時に湊太に譲られて半年、あんなギミックがあるなんて気付きもしなかった。

「昨日…いや、今朝まで!普通に引き出しだったのに、なんで急にこうなった?」


「ロックを掛けていたはずだ、ポータルが起動しないように。ジュケン?が終わるまで?連れてくるなとユーコに釘を刺されていたのでね」

「かーちゃんかよ!この件の犯人は!」

 元のしれっとした表情に戻ったレビの解説に、湊太は頭を抱えた。


「じゃあ、夕湖さんに聞けば俺たちが欲しい情報は聞けんの?聞いていいの?」

 秀人も初めて追及に参加してきた。

「じゃあ、じゃあ、私もお母さんに聞けばいいの?…答えてくれるの?」




 その時、直前まで緩やかに凪いでいた風が、急に強く東屋の中を駆け抜けた。

「…お出ましか。よほど楽しみにしていたようだからな」

 レビが遠く、街の方へ視線を移したのを見て、向かいに座ってた少年たちもその視線を追って振り返った。

 あの「巨大な樹」の方から、真っすぐに何かが飛んでくるのが見えた。先程の管理官のキックボード型ではない、大きな翼のようなものが見える。

「…え?まさか…」

 知っている、いや、知っているものに近い。あの形状はまるで…

「ドラゴン…白いワイバーン?」

 ぽつり、と秀人が呟いた。

「やっぱり?シュートもドラゴンに見える?」


 興奮気味に会話する湊太達とは裏腹に、レビは渋い顔だ。

「あー、あの勢いで来られると全員吹っ飛ぶな…アステリア様、少し速度をお考え下さい」


 レビの忠告がどうやって聞こえたのかわからないが、ドラゴンの翼の角度が変わって内側が見え、スピードが落ちたのが分かった。

 急に影が落ち、東屋のほぼ真上で影の主は大きく羽ばたいたかと思うと、ゆっくりと巨体を草原に降ろした。ぶわり、と大きな風が来たが、吹っ飛ばされるほどのものではなかった。


「すまぬ、少し興奮してしまったようだ」


 殊の外かわいらしい声がドラゴンから聞こえてきた。ドラゴンがひれ伏すように地面近くまで首を下げると、その背中を滑るように少女が降りてきた。耳はやはりエルフのように尖っている。見た目は湊太達と同い年か、若いくらいに見えた。

「アステリア様、ソータと…こちらがヒデトです」

「ソータ、久しいの。まあ覚えておらぬだろうが。ヒデトは…どう呼べばよい?」

 空中に現れたスクリーンを見ながら、アステリアと呼ばれた少女は首を傾げた。

「シュートとお呼びください」

 レビの物言いから何となく偉い人であることを察したのだろう、秀人も丁寧に返した。

「それとたびたび遊びに来ておったな、ソフィア。会いに来れずにすまなかった。お主も久しぶりじゃ」


 ―――ああ、確定だ。俺もソフィアも、間違いなくここに来ていた。あの大きな木も、何となく見覚えがあると思ったのも間違いじゃなかった。


 湊太は、振り返って後ろの『世界樹』を見た。


「…で?なんじゃ?どいつもこいつも説明を面倒臭がって、巻き込まれただけのタイガに押し付けておるのか」

 ふわりと近づいてきた少女に、大牙が当たり前のように手を取り、席までエスコートした。

「ふふ、タイガは実にいい男じゃの。レビのボンクラっぷりが際立つわ」

「えー…ちょっとお待ちください。先に紹介させてください」


 話を逸らすためなのか、更に混乱しそうな状況を落ち着かせるためか、レビはドラゴン乗りの少女の言葉を遮ると、色々なことが起こり過ぎてきょとんとしている3人に向かって

「こちらはアステリア様、この星の名前を冠する、この星の代弁者だ」

 と告げた。


「星の代弁者?」


 何を言っているのかわからない、という表情で、ソフィアが鸚鵡返しで尋ねた。

空中で急ブレーキ。

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