ようこそアステリアへ
湊太が草原に着地すると、頭上が真っ赤に光っていた。
由梨香に反応したのだな、と理解してあたりを見回すと、世話焼きソフィアが由梨香の耳にラムダを掛けていた。昨日聞いていた通り、薄紫、ラベンダー色のラムダだ。
「ソータっ!」
振り返ったソフィアが、濃い青色のラムダを投げて寄越した。
「初期設定の呪文が分からん。大牙さんは?」
秀人がきょろきょろしている。
赤く光るゲートはやはり落ち着かないのか、ソフィアもあわあわして
「管理官飛んでくる~!」
と叫んでいる。
全然わかってない顔で、だがものすごくニコニコと楽しそうな顔で、由梨香は右往左往する秀人達を見ていた。
「全員揃ったね、じゃあ言語の設定から始めますか」
東屋から大牙と、見知らぬ男性が1名一緒にやってきた。見た目は地球人のような、普通の人間だ。大牙より少し背が低いくらいだから十分大きい。しかし、昨日のちっさいおじさんと同じ黄色いツナギを着ていたので、管理官だと分かった。
「ビジュえぐっ!」
大牙を見て、由梨香がいきなりのけぞった。外見を褒められることは日常茶飯事なのか、大牙は動じもしない。
「ユリカちゃんだね、まず初期設定始めるよ。詳しい話はそれからだ」
「…これは、湊太のお母さん絡みの案件?」
由梨香は大牙を完全に無視したかのような状態で、ちらりと湊太の方を見た。
「うーん、うちの母ちゃん絡みと言えばそう?間違ってはいないけど…」
「ええー、湊太のお母さんってプログラマーだったよね?ゲーム作る人だったんだ!…じゃキャラデザは別の人か?うわー、でもこれはいい趣味だわ、超アガるわー!」
由梨香が何を言っているのかわからない。
「いや、でも超嬉しい!テストプレイヤー任されたって事でしょ?実現してたとか超アツい!フルダイブ型VRMMO!」
「ん?」
「まあ、確かに…ダイブはしましたけど?リアルに」
湊太と秀人が顔を見合わせた。
―――これは…ゲームか何かと勘違いしている?
はっと大牙の方を見ると、見たこともないキラキラした笑顔をしていた。
―――いや、見たことがある。昨日の夜だ、なんだっけ。そうだ、俺がクレアさんに抱きつかれてた時、あんな顔してた!
ちょっとこれは何かまずい勘違いされたかも?との思いが同調したらしく、じわりじわりと湊太と秀人は後ずさりして、由梨香との距離を取った。
「じゃあ、呪文を復唱して?グローリングア、エールデーラ、ジャパン」
「グローリングア、エールデーラ、ジャパン」
由梨香はニコニコと大牙に従い復唱すると、彼女の目の前に「ようこそ」の表示が浮かびあがった。
「呪文って」
秀人も気付いたようで、湊太の方を振り返った。
―――大牙さん、悪乗りしてる!NPCのフリしはじめた!
「ここからは画面の指示に従って登録して…下さい。ペンネームとかハンドルネームは禁止、すべて本名と正確な住所で登録をお願いします。分からないところは湊太クンに聞いてください」
途中から妙に丁寧な言葉に切り替えて説明をし終え、きれいな回れ右で向きを変えると、大牙はすたすたと湊太達のところにやってきた。
「ノッてみたけど、ここからどうしよ」
大牙はまだキラキラ笑顔持続中だ。面白いものに出会うとこうなるのか、この人は。
管理官とソフィアもゆっくりと近づいてきて、遠巻きに設定している由梨香の様子を見ていた。
「ふむ、彼女はここをゲームの世界だと勘違いしている、という認識でいいですか?」
昨日の管理官と違い、随分落ち着いた人だ。先に来て待っていてくれたらしい。
「今日はあの小さいおじさんじゃないんですね。お待たせしたみたいですみません」
「ええ、あの小さい彼は今日は非番です。お気になさらず、私は彼と違って30分前行動を心掛けていますので、早めに来てそちらでお茶を頂いていました」
「湊太!ゲートの種類って何~?」
「あー、ちょっと待って」
向こうで由梨香が呼んでいる。湊太はそちらに顔だけ向けて
「グノメさん、ユリカのラムダにゲート情報共有できる?」
と聞いてみた。
『ゲート情報、共有しました』
「お、優秀じゃん」
こちらのグノメさんから上手く操作すれば、設定早いかも…
あれ?ひょっとしたら言語情報の設定もこれの共有で行けた?次に誰か連れてくることがあったら、試してみることにしよう。
そんなことを考えていると、湊太の後ろから小声で
「私もNPCと思われてる?最初の町の住人的な?」
とソフィアの声が聞こえてきた。
下手したら、俺と秀人以外全員NPCと思ってるかもな、と思いながら由梨香の方へ歩き始めたとき、由梨香の周りをくるくるとディスプレイが飛び回り始めた。身長体重測られてるな、と思ったので、その場で止まって終わるのを待った。うっかり体重など見てしまうと、命が危ない。
「全部行けた?」
「多分…あと遺伝子情報?身元保証人?なに、マイナンバーカードとか要った?」
由梨香らしい、あまりにも現実的な言葉が出てきた。
「ああ…レビだ…。来てないよな」
湊太が屋敷の方を振り返ると、のんびりと東屋から歩いてきているレビが見えた。
「いるじゃん!!」
ここの家主は最初から、大牙と管理官と3人で、東屋でお茶をしてたらしい。由梨香も近づいてくるその人に気付き、思わず声を上げた。
「エルフっ!お美しい!これもキャラデザ秀逸~!世界樹もあるし、そういう世界観ね?理解した!」
どうやら由梨香の脳内では、ここはファンタジーRPG認定されたようだ。
大牙がすれ違いざま、レビに何か耳打ちした。レビが一瞬、ものすごく嫌そうな顔をしたのが見えた。
ノるように伝えたのか、ばらすように伝えたのか定かではないが、あの不愛想なエルフが演技など出来ると思えない。
「シライシユリカ。星団間での滞在時は私が身元を保証する」
レビは昨日以上に言葉少なめだ。そして完全な無表情だ。
―――ロボだ、ロボに徹している!演技無理と踏んで、完全に感情殺してきた!
若干こっちの腹筋も殺しに来たのかと思うぐらい、ロボレビが面白かった。秀人たちの方を振り返り、何とか心を落ち着けようとしたが、大牙たちが声を押し殺して爆笑しているのが見えて余計におかしくなってしまった。
深呼吸で何とか呼吸を整えている間に、由梨香の目の前のディスプレイが明滅する。『保証人登録完了』と表示され、昨日の秀人の時と同じように
『グラーディア家に住民登録されました。保証人はシュラーツェン家のレーヴェリヒ』
と声が響いた。
レビは上手いセリフが見つからなかったのだろう、一瞬何か言いかけたが、諦めてくるりと向きを変え、大牙達の方に引き返していった。その先で大牙が、見たこともないようながっかり顔をしているのが見えた。
レビと入れ替わるように、管理官がこちらに近づいてきた。
「では、血液を採取します。腕を出してください、利き腕でない方で」
頭に載せていた紫のゴーグルを下げながら、細かい装飾の入った小瓶を取り出した。
「はあい…袖、捲った方が良いの?」
何というか、素直というか…疑わないのか?と湊太の方がびっくりしてしまう。
ふしゅっと血が抜かれるのを由梨香は面白そうに眺めていた。
「すご、全然痛くない。でもリアル!戦闘とかも痛くないのかな。痛覚とかどうなってるんだろ」
戦闘はしません!…多分。
アバターも設定してなければ服もそのまんまなのに、気づかんのかい!とか色々言いたくなってきた。
ちらりと後ろを見ると、レビまで含めて4人がヤンキー座りで何か相談している。ここからどうすればいいんだ、と額に手を当ててため息をつくと、管理官に肩をポンポンと叩かれた。
「私の仕事は終わったので帰ります。面白かったのでもう少々見ていたかったのですが。では、後は頑張ってください」
ゲートの赤い明滅が消えたのを横目で確認すると、管理官は片手をふわっと上げて軽く振り、踵を返した。そのままレビに何か一言二言言って、東屋の方に向かっていった。
「後は…どう頑張れと?」
これ以上ゲームと思い込んだまま進めると、いずれ気付いた時に由梨香が恥ずか死してしまいそうだ。
「えーっと。ユリカの登録終わったよー?」
少し離れた先のヤンキー座りの4人に声を掛けてみると、全員がはっとこちらを見、お互い顔を見合わせた後、まずはゆっくりと大牙が立ち上がった。
「ま、お茶でも飲みながら話そっか」
大牙は親指でくいっと東屋を指し示すと、例のごとくシリコン鍋つかみをポケットから取り出した。
「…ですね。…ユリカ?とりあえずあそこの東屋へ移動するって」
「東屋?あー、あの白いの?なんか屋根とかすんごい綺麗。凝ってるねー」
そう言うと、由梨香はもう一度世界樹の方を振り返り、街をきょろきょろと眺めていた。
ゲートを外して運ぶ大牙に、レビと秀人、ソフィアが続く。何か作戦会議でもしているように見えたので、大牙達に追いつかないよう、湊太はなるべくゆっくりと歩きはじめた。しかしそれを追い越し、由梨香は元気に丘を駆け上がる。
「坂なのに全然疲れない!たーのしー!」
これは昨日湊太もチラリと思った事だ。確かに疲れにくい。マナとやらの関係だろうか。
その時東屋のあたりから、先ほどの管理官が例のキックボードのような円盤に乗って飛んで行くのが見えた。
「もー、すごいね!あれも乗ってみたいな~!!世界観も気になるけど。そして装備とクエスト早くクレ!」
とても楽しそうな由梨香に、ゲームじゃないなんて、ますます言いづらくなってきた。
東屋に近づくと、柱の一本にはレビの白い鳥が繋がれていて、中ではクレアがお茶を入れ替えていた。彼女がこちらを見た瞬間、心臓が一瞬どきっと跳ねたが、小さく深呼吸して湊太は平静を装った。
「美人エルフ!」
湊太の動揺など気付くはずもなく、由梨香はハイテンションのままだ。
「はあ~!クレアさんだ。こんにちは」
普段学校では、周囲の女子に全く興味のなさそうだった秀人の嬉しそうな声を聴くと、ますます昨日の事は言いにくい。別に自分が悪いことをしたわけでもないのに、なんだろうこの罪悪感。湊太は誰にも気づかれないように、そっとため息をついた。
「6名。丁度ですね。席が足りなかったらどうしようかと思いました」
完全に仕事モードのクレアの声だ。レビが昨日と同じ席に座ると、他の皆も何となく昨日と同じ席に座っていく。結果、昨日アステリアの座っていた席に由梨香が座った。
全員が座ったところで、クレアが紅茶を運び始めた。何となく話がまとまらなかった気配を感じる。
「えー、面白かったのでもう少々続けようかって話もあったんだけど、説明が2度手間になりそうだったのでやめまーす」
いきなり大牙が宣言した。これが決定事項らしい。
「自己紹介からやり直すね、俺は東雲大牙。残念ながらチュートリアルNPCではありません」
「しののめ…東雲…え、あ、似てる?プロレスラーの東雲氷牙の関係者ですか?」
「なんで由梨香まで知ってんだよ」
最速で由梨香の口から大牙の兄の名前が飛び出したことに驚いて、湊太は何だか分からないが、体の力が抜けた。
「うちのおか…親が格闘技系大好きなんだよね」
「一応氷牙は俺の兄だけど…。あいつの名前あんまり聞きたくないので、なるべく話題に出さないように。俺のご機嫌がナナメになります」
そのままサイン色紙でも欲しがりそうな由梨香に、大牙が先制で釘を刺した。
昨日の時点で仲が悪いらしいという推測は出来たが、ここまではっきりと口にするとは相当な事だ。しかし、実際のところはどうなのか、この様子ではもう今後も確認することさえ難しそうだ。
由梨香も何か言いたそうだったが、ぐっと堪えたらしく口を手で押さえていた。
「ちなみに私もNPCじゃないよ。ソフィア・バーンスタイン、ドイツ人です」
ソフィアも、由梨香の顔を覗き込むように自己紹介した。
「すまない、えぬぴーしーが何だか良く分かってないのだが、そもそもゲームじゃないと誰か言うべきではないのか」
順に自己紹介でもする流れになっていたところを、レビがごもっともなことを言って止めた。確かに、このままでは全員がNPCからゲームプレイヤーに代わっただけで、フルダイブ型ゲームとして話が進んでしまいそうだ。
大牙はちょっと感心したような顔すると、小声でレビに説明する。
「NPCってのは、ゲームの中でプログラムで動いてるキャラだよ。説明とかしてくれて、まあ一緒に冒険してくれたりもするけど、基本決められたことしか言わない、人が操作してないやつだ」
「ああ、街の入り口とかで街の名前教えてくれるアレか。ようこそア〇ア〇ンへ、とか言う…」
「うーん、そのゲームだと、レビが動かしてる勇者以外全員NPCだな、ぶっちゃけ」
こそっと大牙がレビに説明をしていたが、どうやら地球で有名どころのRPGをレビは履修済みらしい。この時点で由梨香の目線は完全にレビに向いていた。
「ゲームじゃないなら、エルフが存在している意味が分からなくて困ってる…あと、あの世界樹とかも…」
「じゃあ、ここからの解説は俺と湊太で進めます。間違ってたり補足があったら大牙さんとレビさんでお願いします」
秀人が軽く咳払いしつつ挙手した。どうやら先程の円陣で、そういう役割分担になったらしい。
昨日の話を、秀人なら上手くまとめて話してくれるだろう。湊太は秀人の安定感に、心底ほっとした。
レビはRPG好き。シナリオに文句を言うタイプ。




