3話 スタンプと言葉(6/7)
メガネの少年は、二段ベッドの下段で体を丸めて必死に笑いを噛み殺そうとしていたが、ついに堪え切れず笑い出した。
「おい、何いきなり大爆笑してんだよ」
机に向かってタブレットPCに絵を描いていた髪の長い少年が、同じ部屋でスマホをいじっていたはずの少年へ怪訝そうに声をかける。
「お前、アキちゃんの相談に乗ってたんじゃねーの? 何がどうしてそんな大爆笑にな……」
ベッドまでスマホ画面を覗きに来た長髪の少年を見て、メガネの少年は慌ててスマホを隠した。
「……なんで隠すわけ?」
「っ、……プ、プライバシーの侵害だろ?」
「プライバシー……。まあ別にお前らのやりとりに口出そうってんじゃねーけどさ」
拒まれて、長髪の少年は渋々机に戻る。
メガネの少年は、それを確認してからようやくスマホを取り出す。
『男だよ。確かに絵の感じだと女子みたいだよね。大地の絵、見たんだ?』
何やらそこそこ長い文を書いて送ったらしい様子のメガネ少年に、長髪少年は絵を描きながら話しかける。
「空はさ、アキちゃんの事好きなのか……?」
「うん」
軽い返事にチラと様子を見れば、空と呼ばれた少年は笑いの余韻を残した表情で目を細めてスマホ画面を見ている。
「いや、そうじゃなくてさ、恋愛的な好き。な」
「それってどういう感情?」
「……俺の少女漫画貸してやろうか?」
「読んでる暇ない」
「そこはちょっとくらい努力しようとしてみせろよ」
「まだ今日作る書類あと三つある。大地が要約して」
大地と呼ばれた少年が深いため息をこぼす。
空という少年が本当に忙しいことを、大地は知っていた。
「あー……つまり、こう、独り占めしたくなる……みたいな? 俺だけのものにしたいとか、他のやつに見せたくないとか、そんな感じの……。独占欲っつーのかな……って俺に言わすなよっ!」
言っていて恥ずかしくなってきたのか、大地は頬をじわりと赤くして叫んだ。
「大地が振った話だろ」と突っ込んでから、空はベッドに座り直して、大地の横顔をまっすぐ見ながら答えた。
「それなら違うよ。僕はアキさんを皆に見てほしいから。こんなにまっすぐで、こんなに好きがいっぱいの、キラキラしてる子。世界の宝だよ。僕だけ知ってるんじゃもったいない」
「世界の宝は言い過ぎだろ」
ぼそりと返事をしながらも、大地は手を止めずに描いている。
「皆にアキさんのこと見てほしいし、知ってほしいし。皆がアキさんの事を好きになってくれたら嬉しいよ」
「……ふーん。なるほどなぁ。……お前にしては饒舌じゃねーの?」
空はそれには答えずにスマホを見ている。
「ミモザさん、大地のファンらしいよ。かなり初期から追っかけてるとか」
「――はぁ!?」
ガタンっと椅子を鳴らして立ち上がった大地に、空はスマホ画面を見せた。「プライバシーはいいのかよ」と呟く大地に空が「本人の同意があれば、情報公開は自由だよ?」と笑顔で返す。
画面には、いつ頃から応援していたのか、どんな絵のどんな部分が好きなのかを散々聞かされたという内容が詳しく書かれている。
「ぅおー……。マジか……っ、っ……これ、……うわ……すげぇ嬉しいな……」
「よかったね」
「え、トイッターもフォローしてくれてんの? てか俺をフォローしたくてトイッター初めた……? ってマジかよ。何これ、ありがた過ぎねぇ? いや俺も、アキちゃんかミモザちゃんなら断然ミモザちゃん派だから!?」
興奮気味の大地に、空が眉を寄せる。
「……そんな事は聞いてないけど?」
「俺、ミモザちゃんの喋り結構好みなんだよなぁ。ほわんとしてて癒されるよな。顔わかんねーけど、この声と喋りなら結構美人な気がする。あと頭も良さそうだよなー。ほんわかトークなのに、言うべきことは大抵ミモザちゃんが言ってるしな」
「うちの学校の子かな?」
「うちの中学だとしたら、体型と髪型で三人にまでは絞ってんだけどな。アキちゃんと同じ一年だとしたらどっちかだな……」
「いや、特定しようとしなくていいから」
「お前はアキちゃんに言ってないのか? 正体知ってる事」
「言ってないし、言うつもりもないよ。迷惑なだけだろ」
「よし、俺はとにかくミモザちゃんのトイッターを速攻フォロバする!!」
「でもミモザさんはトイッターアカウント公開してないから、特定するのは難しいんじゃないか?」
「アキちゃんの方から探ってみる。リプの多い子とかさ」
大地はワクワクした表情で早速アキのトイッターのフォロー一覧を開いている。
「そこまでしなくても……。僕が聞いてみようか?」
「いや、こーゆーのはサプライズでやるからロマンチックなんだろ?」
「……僕にはその辺はよく分からないけど、あんまり驚かせないであげてね。繊細な子みたいだから」
空は一言忠告すると、またスマホに視線を戻す。
『大地もミモザちゃんのこと応援してるみたいだよ』と送れば『そうなんですか!? ミモザに伝えときますねっ! きっと喜びますっ!!』と嬉しそうなスタンプが届いた。
元気そうでよかった。相談はもう切り上げても良さそうかな。
そう思った途端、今日の廊下での光景が蘇った。
僕が声をかけた時、彼女は泣いていた。
驚いた拍子に落ちたあの雫は、一体いくつ目だったんだろうか。




