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【短編】聖女様は、札束で。

 大きなステンドグラスや薔薇窓、アーチを組み合わせた天井。

 厳粛な雰囲気を醸し出しているここは『聖女の礼拝堂』である。

 その礼拝堂の最奥に設置された祭壇の前に居るのは、すらりとした肢体を持つ若い女性。


『聖女』ユディートだった。


 ただし、着ている服は修道服でも白いローブでもなく、豪奢且つ真っ赤なドレス。

 更に、その右手には札束が握られている。

 ユディートの前に、緊張しているのか強張った顔の騎士がひとり、進み出た。

 騎士をじっと見てから、ユディートは声を張り上げた。


「おーほほほほほほっ! 騎士ファルマンね! さあ、跪きなさいっ!」


 ファルマンと呼ばれた騎士は、言われたとおりにユディートの前に跪き、目をぎゅっと瞑った。

 ユディートは札束を持ったまま、その右腕を大きく振り上げる。そしてファルマンの頬を「スパーン」と音を立てて、思い切り叩いた。

 叩かれた頬を押さえながら、騎士はよろよろと立ち上がり、そうして礼拝堂から出て行く前に一礼した。


「あ……ありが、とう、ございま……す……『札束聖女』様……」


 パタンと、扉が閉まる音が、礼拝堂に響く。

 

「おいコラ待て、誰が『札束聖女』だっ! わたしはごく普通の『聖女』だっつーのっ! ちゃんと教会からも認定されてるっつーのにいいいっ!」


 地団太を踏みながら叫ぶユディート。

 閉められた扉の横に控えていた、ユディート付きの助祭であるラルフが短い黒髪を掻きながら、へらりと笑った。


「仕方がないっすよユディート様。台詞も、札束も、その恰好も、どこからどう見ても『聖女』じゃないですもん。ま、普通に見て成金令嬢。もしくは舞台なんかで流行している『悪役令嬢』役ってとこじゃないすか? でもこの間、言い間違われた『呪い祓いの悪魔』より、今日の『札束聖女』ならまだマシなんでは? 少なくとも『聖女』って言葉が入っていますし」

「誰が『悪魔』だっ! 誰が『成金』だっ! 誰が『悪役令嬢』だあああああああっ!」

「そりゃ当然『呪い祓いの聖女』でいらっしゃいますユディート様のコトでーっす」


 そう、教会から正式に認定された、ユディートの聖女名は『呪い祓いの聖女』なのである。

 だが、その名で呼ぶものはほとんどいない。

 まあ、それも仕方のないことだとラルフは思っている。


 まるで咲き誇る薔薇のようなドレープに、宝石で彩られた豪奢で赤い色のドレス。

 螺旋状にぐるんぐるんと巻かれている長い金色の髪。

 キツイ目線に派手な化粧。

 そして、手にしている分厚い札束。


 こんなユディートを『聖女』だと思う者はいるだろうか? 

 いや、居ない。

 いるわけはない。


 手にした札束から『成金』と、そして真っ赤なドレスとキツイ目線から『悪役令嬢』と呼ばれることもあるほどだ。


「毎日毎日、朝から晩まで神に祈り、そして、『呪い』を受けた者たちの、その『呪い』を祓ってやっているってのにっ! その『呪い祓い』を行うために、何故だか派手なドレスや札束が必要なだけなのにいいいいいっ!」


 ユディートの叫びと「ダンダンダンダンっ!」という地団太が、荘厳な礼拝堂の中に響きわたり続ける。


「札束を持って、何らかの『呪い』を受けた者の頬を叩く『聖女』なんて、ユディート様だけっすよ! よっ! 『悪役成金聖女』サマっ! 派手なドレスと札束がお似合いでっす‼」

「うっさいラルフっ! わたしだって修道服とか白い服とか、可憐で清楚ないかにも聖女っぽい格好がしたかったわっ!」


 しかしそれではユディートの『聖力』は発揮されないのだ。


(どういうことよ神様。ふざけてんの⁉)


 朝に夕に、神に祈る時にユディートは常に思う。


(ホント、何考えてんだ神様……と、文句の一つや二つや三つは言いたいところだけど、わたしに『聖力』を授けてくださったことには感謝しているのよね)


 生まれたばかりの赤子の頃、ユディートは教会の前に捨てられた。

 そのまま孤児院に預けられ、十六歳になって成人した後は、捨てられた教会で下働きをした。掃除、洗濯、食事の準備。神に祈りを捧げに来る信者たちの案内……。


 そんな毎日を繰り返していたユディートに転機が訪れたのは十七歳の時。 

 とある高貴なご令嬢が、暴漢に襲われて、侍女と一緒にユディートの居る教会へと逃げてきたのだ。

 そして、ご令嬢の身代わりになるために、ユディートはそのご令嬢の派手なドレスを着させられた。

 だが、ご令嬢が逃げる前に、暴漢がやってきてしまい、仕方がなくユディートはご令嬢を背に庇いながら、侍女と共に教会の中を逃げ惑った。


 逃げ場がなくなり「もう駄目」とご令嬢と侍女は目を覆ったが、ユディートは諦めなかった。


 まずは侍女が手にしていた鞄を掴み取り、それを暴漢に投げつけた。

 鞄の留め金が壊れ、中から出て来た宝石や札束が床に飛び散った。

 ユディートはその札束や宝石も手に掴み、それを暴漢たちに次々と投げつけたのだ。


 だがそんなもので、暴漢たちが怯むわけはない。


「ご令嬢、逃げてっ!」


 投げるものがなくなったユディートは、暴漢に向かい、体当たりをした。


 すると……ユディートの体が恐ろしいほどに光り輝き、暴漢たちの目を焼いたのだ。


 その後の話は冗長になるので割愛させていただく。


 が、結果として、派手なドレスに札束という小道具があれば、ユディートはかなり強力な『神聖力』を発揮できるようになってしまったのだ。


 結界は張れる。

 怪我も治せる。

 浄化だって簡単だ。


 特に顕著だったのが『呪い』を解く力だった。


 ただし……派手なドレスを着て、手に札束を持ち、更に「さあ、跪きなさいっ!」と叫びながら、相手の頬を叩かなくてはならないのだが。


(なんなのよ、このわたしの『神聖力』は。ねえ、神様。アンタ、絶対にふざけているでしょう⁉)


 祭壇に向かい、問いかけてはみるが、答えはない。


 そんなこんなで、ユディートは正式に『聖女』として認定されたのだった。


  近隣諸国を見回しても『呪い』を解けるようなものは、ユディートの他にはいない。派手なドレスと札束との相乗効果で、面白半分にユディートの名は伝わっていった。そう、近隣諸国にまで。


「まあいいじゃないっすか。名より実を取りましょうや。ユディート様がその『聖女』の力を振るえば振るうほど、この教会にお金が入るってもんです。おかげで食事も具の無い薄いスープから肉入りになりました。ありがたや聖女様。ありがたや神聖力」


 白い助祭服を着て、その首からU字形に折り返したストラと呼ばれる紫色の長い帯を左肩から右腰にかけて斜め掛けにしているラルフが、手を組み合わせて祭壇に向かい祈るように頭を垂れた。


 そこにステンドクラスを通して礼拝堂内に差し込んできた日の光が、色鮮やかに降り注ぐ。


 そのラルフの姿だけ見れば、教会の単なる下っ端である助祭ではなく、神の言葉を伝える高位の聖職者のようだった。


 実に神々しく且つ清らかな様子。

 ただし、台詞と態度はまったく一致していない。

 怒りも忘れてユディートは呆れてしまった。


「ラルフ、アンタねぇ……。ホント外見詐欺だわよね。この似非キヨラカ系イケメンめ」


 ラフルはニカッと笑って答えた。


「あざーっす!」


 返答の軽さにユディートは頭を抱えたくなった。

 まあ、ユディートだって腹を空かせるよりは、お腹がいっぱいの方が良いのだが。


「ということで、今日の糧のためにがんばりましょ~。それじゃ、次のお客さんをご案内しまーっす。 さっきの騎士様のように、国境を守っている時に魔物に呪われた正義のヒーローではなく、非常に油ギッシュなおっさんです。てっかてかです。地位は男爵だそうですよ。ちなみに愛人を囲うだけでは満足できず、王都にあるいくつもの娼館の、常連でもあるそうです」

「油……ぎっしゅ? って、なにそれ?」


 ユディートの問いかけに、ラルフは厳かに答えた。


「見ればわかります」


 ユディートは言葉の意味が分からず、考えてしまった。

 ラルフが軽い足取りで礼拝堂の扉の前まで歩き、そしてその扉を開く。


「次の方、どうぞ~」


 入ってきたのは着ている服だけは高級感のある、中年男。

 だが、でっぷりとした腹によって、服のボタンははち切れる寸前だった。

 そして薄くなり、地肌が見え始めた頭部や額、鼻の頭は、確かに皮脂でテカテカに光っていた。


(な、なるほど。油ギッシュね……)


 言い得て妙だとユディートが感心している間に、中年男はでっぷりとしたお腹を揺らしながら、ユディートの前までやってきた。そうして遠慮なく、じろじろと、ユディートのことを嘗め回すようにして見る。


「何だこの女は。酒場の浮かれ女か? 儂は『呪いを祓う魔女』に用があるのだぞっ!」


 濁声を発する中年男に、ラルフはにこやかに対応する。


「はい、男爵様。こちらの赤いドレスの方が『呪いを祓う聖女』ユディート様でお間違えないですよ」

「本当に、儂にかけられた呪いが、こんな女に祓えるのか?」

「ええ。効果は抜群です。男爵様と入れ違いに、騎士様がいらっしゃいましたよね。彼も、今、まさにこの『呪いを祓う聖女』によって呪いが解かれたのです」

「ふん、ならばさっさと儂の呪いを解いてみるがいいっ!」


 ふんぞり返る中年男爵に、ユディートは後ずさった。

 ただし、中年男爵の服のボタンが飛び散るのを恐れたのではない。


「何なのよ……この《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》は……」


 ユディートの頬が、ひくひくと引き攣った。

 男爵の体の周りに取り巻く暗雲のような強力な呪詛。

 それは幽鬼のようにゆらゆらと、汚泥のようにべっとりと、男爵に憑りつきながら、《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》を延々と繰り返している。


「き、貴様には……この呪詛が聞こえるのかっ⁉ 妻の声で響きわたるこのおぞましい呪詛がっ! 儂以外には、息子達にも執事にも……誰にも聞こえなかったというのに……っ!」


 男爵は驚きに目を瞠った。

 同時にラルフが敬虔な助祭の仮面を脱ぎ捨てて、素で爆笑した。


「アッハッハッハ。モゲろですかっ! そりゃあ、男爵様の奥様にとってはねえ、いっそモゲてほしいですよねえ、そこ」


 ラルフが、そこと、中年男爵の股間を指さした。

 そんな場所を凝視したくもないユディートは、さりげなく、中年男爵の股間から視線を逸らす。


(あー……奥様の気持ちも分かるわよねえ。確かにそんなものモゲればいい)


 だけど 『呪い』を祓わないと教会にお金は入らない。

 ううう、こんな女の敵の『呪い』を解くのは業腹だが、仕方がない。これも仕事だ……と、ユディートは札束を構える。


「それでは男爵様。まずはあなた様にかけらえた暗雲のような『呪い』は見えておりますね? 呪詛の声も聞こえていますか?」

「ああ。妻の声で《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》と聞こえとるわっ! 実に忌々しいっ!」

「……聞こえるのは《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》の三つだけですか?」

「そうだ。いいからさっさと呪いを解け」

「いいえ、どの呪いを解くかによって、料金が異なりますので」

「は? 料金だと?」

「はい。《もげろ》の呪いだけを解くのなら、銀貨一枚。《もげろ、ハゲろ》の二つであれば銀貨二枚。《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の三つとも解くのであれば、銀貨三枚。前払いでお願いします」


 男爵はユディートを睨みながらも、銀貨を三枚、投げて寄越した。

 床に落ちたそれをラルフが丁寧に確認する。偽物とか混じり物とかではなくて、きちんとした銀貨であると、ラルフがユディートに頷いた。


「それでは男爵サマにかけられた《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の、三つの呪いを解かさせていただきます」


 ユディートは手にした札束を、思い切り振りかぶり、「おーほほほ」と高笑いをする。

 そうして、「平伏しなさいっ!」と叫びながら、男爵の頬をその札束で思いっきり張り倒す。


 すっぱーん、すっぱーん、すっぱーん……と、三回。

 ついでにおまけでもう一回すっぱーんっ!


 切れ味鋭い音が懺悔室に響く。同時に男爵を覆っていた黒い暗雲が霧散する。

《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の三つの『呪い』は解かれた。


「お、おおおおお……っ! 体が軽いっつ! 暗雲ももう見えないっ! ははははははリザベルめっ! あいつとは離縁だっ! これで俺は自由に愛人の元へ行ける」


 浮かれながら男爵は懺悔室から出て行った。男爵の両頬は腫れている。だが、気分はすっきり爽快なのだろう。


 「うんうん、ヨカッタネ~」


 ラルフが手にした銀貨でちゃりちゃりと音を立てながら、言った。


「ユディート様、あっさりと『呪い』を解いちゃいましたねえ。女の敵とか叫んでぶつくさ言うと思っていたのに」

「だって、あれ。『呪い』は……三つだけじゃなかったし」

「あー、そうですねぇ」


 他を圧倒する強大な《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の三つの呪いは解いた。

 だけど、男爵の背中……というか、背後には、小さい呪いがまだまだ無数にあったのだ。


「あれ、そのうち大きく育つでしょうねえ……」


 ぐふふとラルフが笑う。

 ホントにやめなさいよその笑い方。ホント残念な美青年ね……と、ユディートは言いたくなったが、やめた。


「まだ呪いとしては小さいですが、《水虫になれ》《小さくなれ》《こけろ》……ぐっふっふ。どのくらいで育つかな~」


 楽しそうなラルフにユディートは「明日には立派に育つわよ。ついでに成長促進も願っておいたから。無料奉仕って聖女っぽいわね!」と告げた。


《水虫になれ》《小さくなれ》《こけろ》……その他もろもろ。

 男爵様の奥方様とは違う、別の声が幾重にも重なっている。男爵様は色々な人から呪われているらしい。


「ひゃっはっはー。ひでえ! ナイス! それで聖女様、おまけに一回殴ったんだ」

「ひどいの? それともナイスなの? それからそのアホみたいな笑い方、やめなさいっていつも言ってるでしょ」


 せっかくの美形が台無しだ。この嗤い方さえなければ……と、ユディートは常々思う。だけど。


 (恥ずかしながら、わたしの初恋はこのラルフなのよね……。ああ、わたしも趣味が悪い……)


 教会で育ったユディートが十歳の時に拾ってきたラルフ。


 (最初は汚れまくっていたけど、綺麗に洗ったら、出て来たのはホント地上に舞い降りた天使様のような可愛らしい少年だった。思わず両手を合わせて拝んでしまったのよね~)


「天使様、天使様」


 そんなふうにユディートが呼びかけていたら「天使ではないです」と言われ、「じゃあ名前は?」と聞いたら「……わかりません」と言われてしまった。


 だから、その天使様と見まごうばかりの美少年にユディートが「ラルフ」と名前を付けた。


 美少年は順当に美青年に育って今に至る。きっと年老いたら美老人になるだろう。……阿呆みたいな笑い方さえしなければ。


 (そんな老人になるまでずっと、ラルフはわたしのそばにいてくれるのだろうか?)

 

 ふとそんなことを思い、ユディートは溜息を吐く。


 (ま、無理だよね。 こんな美形の従者、どっかの成金令嬢に持って行かれそうだもの。 それ、わたし、見たくないなあ……。なーんて現在進行形で恋をしているんだから、わたしも終わってる)


 ユディートは「はあ……」と、もう一つ溜息を吐いた。


「あー、ホントこんな毎日辞めたいわ……」


 ラルフがどこかの誰かに見初められて、どこか遠くに連れ去られる前に。

 自分から離れた方が、傷は浅くないかな……などと思っていたユディート。

 ついうっかり、思いが声に出ていたらしい。


「あれ? 辞めたいんですか? ユディート様のことだから、楽しんで札束で頬を叩いていると思っていたのに」


 驚いたように、ラルフが聞いてきた。


「……ラルフ、アンタね、わたしをなんだと思っているのよ。そんなの楽しむはずないじゃない。苦痛よ。わたしはもっと別の生き方がしたいのよ……」

「へー? どんな、ですか?」

「……笑われるから、言わない」

「笑いませんよ」


 絶対に笑われると、ユディートはそっぽを向いた。

 が、ラルフはしつこかった。

 仕方なく、ユディートは言った。


「……可愛くて、清楚な、お嫁さん……」


 美青年のラルフに似合うような、可愛くて清楚になりたかった。悪役令嬢っぽい派手顔じゃなくて。


 (もしもわたしのこの外見が聖女っぽかったら。

 ラルフのお嫁さんって、言えたかもしれないのに。

 だけど、天使様の横に悪役成金令嬢顔の女なんて似合わないわよね)


 三度目のため息をつきかけたユディートに、ラルフは言った。


「可愛くて、清楚になるのは無理ですよ。だって、ユディート様、どこからどう見てもド派手顔」

「知っとるわっ!」


 ムカッとして反論するユディート。


「だけど、最後のお嫁さんにはなれますよ。お婿さんにはこの俺なんてどうです? お似合いのカップルでしょ」

「ほへ?」


 さらっと言われた言葉の意味が、ユディートには理解不能だった。


「クソ汚くて、ぼろくずみたいだった俺を拾ってくれて、綺麗にしてくれて、しかも『天使様』なんて呼んでくれたユディート様を、俺はずっと好きだったんですよ。愛しているから結婚してください」


 (……えーと? 

 なんだこれ? 

 やっぱり神様がふざけているのか……?)


 ユディートが、ぽかんとしたままどれくらいの時間が経ったのだろう。

 呆けたままでいたら、ラルフがポリポリと頭を掻きながら、言った。


「俺の一世一代の告白の返事は?」

「ほへ?」

「へ・ん・じっ!」

「ほへ……」


(えと? 何をどう言えば?)


「あーっ! もうっ! 『はい』ってそれだけ言ってくれればいいんですよ『はい』ってっ!」

「ほへぇ……?」


「ここまで言ってもアンタ呆けてんのか……。やっぱり実力行使するしかねえか……」


 実力行使とは何ぞや? と呆けているうちに、着ていたドレスを剥かれてしまった。放り投げられて、床に広がる赤のドレス。


「ほへぇぇぇぇええっ⁉」

「ユディート様、アンタ、『ほへぇ』しか言えなくなったんですか?」


 くっくっく、と悪役顔で嗤いながら、ラルフはユディートを床に押し倒した。

 天使の顔はどこ行った? などとユディートが呆けているうちに、ラルフはユディートの唇をふさいでしまう。


 ふんわりと、柔らかな感触に、

 

「ほ、ほげえええええええええっ!?」


と、ユディートは叫びをあげた。

あまりの色気のなさに、ラルフが悪人顔で「くっくっく」と笑う。


「色気も欠片もないですね、ユディート様。しかも今度は『ほげえ』って何ですか?」


 笑いつつ、それでもラルフは止まらない。

 唇を、ユディートの首筋に這わせて、さらに右の手で、柔らかなはずの胸に、そっと手を添えた。


「ほんげえええええええええっ!」

「じゃ、いただきまーっす」


 ユディートが叫んでいる間に、ラルフはユディートの頭のてっぺんから足の先までを、堪能した……。


「こ、ここ……懺悔室、なのに……」


 神様に罪を告白する場所で、この狼藉。


「とか言いつつも、ユディート様、抵抗しなかったどころかオレの背中に手まで回していたんだから、合意ですよねー」

「ご、合意、して、いない。わたし、叫んでいただけ……」


 ううう、腰が痛い……と、ユディートは突っ伏したまま。


「こうでもしないとアンタ、俺の気持ちに一生気が付かないでしょう? 懺悔はしても良いけれど、後悔はしないし、させませんから」

「う……っ!」

「というわけで、懺悔室を出て、聖堂に向かいましょう。大丈夫、ユディート様のだーい好きな、清楚で白いドレスを用意してありますからねっ!」

「清楚で白いドレスって……それ、ウエディングドレスって言わない?」

「言いますねっ! さ、神父様の了承も取っています。アンタの『悪役聖女』生活ももう終わりです。これからは俺のお嫁さんとして、大事にしてあげますからねっ! さっきの客みたいに愛人なんて作りませんよ。俺はユディート様に一途ですから」


 いつの間にそんな許可を取ったのか、とか。

 順番が逆じゃないか、とか。

 ちゃんと求婚してから押し倒せ、とか。


 言いたいことはいろいろと飲み込んで。


 清楚で可憐な乙女らしく。


 ユディートはラルフに


「はい」


 とだけ、呟いた。







 終わり





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


おまけ


聖女様もラルフも出てきませんが。

男爵の、奥様のお話です。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





服のボタンが吹っ飛びそうな、ぱっつんぱっつんの樽のような腹。

ふさふさだった髪は薄くなり、地肌が見え始めた頭皮。

その頭皮は油でもかぶったかのように、てっかてかに光っている。


……詐欺だと思う。

……いくら何でも、これはないと思う。


リザベルは盛大にため息を吐いた。


……結婚した当時、いいえ、あの女から奪ったときは、学園一の美貌を誇っていたというのに……。


今の男爵を見て、誰が過去の美貌を思い浮かべられるだろうか。

いや、思い浮かべられる者などいないだろう。


多くの令嬢に囲まれた、学園一のモテ男。それが、この樽腹になった男爵の約二十年前の姿だった。


婚約者はもちろんいたが、そんな存在など無視をして、多くの令嬢があの手この手で手に入れようとした男。


取り巻きのご令嬢たちも、婚約者も蹴散らして、リザベルが、あの手この手でなんとか捕まえた白皙の美青年。


その美青年は、二十年が経過したのちに、禿げかかったデブ男となり果てた。

てっかてかの、ぱっつんぱっつんのその男爵の姿を見るたびに、リザベルは思う。


……詐欺だわ。

……こんな男を手に入れるために、あたしは死力を尽くしたんじゃないのに……っ!


そう、当時、物語の『虐げられたヒロイン』のように、男に縋った。

男爵の元婚約者を『悪役令嬢』に仕立て上げて。

『真実の愛』なの、どうか許して……。

ぽろぽろと涙まで流して。

手に入れて、婚約をして、結婚をして、子までなして。

最高に幸せだった。

そのはずだった。


なのに。


モテ男だった夫は、リザベルが妊娠と出産をしている間に何人もの女性と浮気をした。恋愛遊戯だけではない。賭け事に興じ、娼館へ行き、女を買い、借金を重ね、飽食の限りを尽くし……。


気が付けば、体脂肪は増え、体は縦には伸びなかったが横には成長した。

どこかで他の人間と入れ替わったのではないかと思われるような変容っぷり。

白皙の美青年も、たるたるどころかダルダルのてっかてか。


……こ、こんな、醜悪な油ギッシュ妖怪に、誰が成り果てると思うのよっ!


だがしかし、リザベルはこの男爵と離縁をすることができない。


愛ゆえに、ではない。

愛などとっくになくなっている。


……離縁したら、元婚約者のあの女に莫大な慰謝料を払わなくてはならないのよっ!


そう、油ギッシュ男爵が、白皙の美青年だったころ。当時の婚約者である令嬢はリザベルに言ったのだ。


「わかりましたわ。わたくしは身を引きましょう。もちろんそちらの有責ですので、慰謝料をと言いたいところですが、一つ、条件を呑んでいただけましたら、そちらは不要です」

元婚約者令嬢の条件とは「リザベルが一生男爵と添い遂げること。何があっても離縁は認めない」だった。


その程度の条件で、慰謝料を支払わなくてもいいのならと、当時のリザベルは喜んでその条件を承諾した。


「仮に将来離縁となれば、相場の十倍の慰謝料をお支払いただきます」

「あたしと彼は『真実の愛』で結ばれているもの。離縁なんてありえない。物語の結末のように『二人はいつまでもしあわせにくらしました』となるわよ」


そう言い切った過去の自分を、リザベルは殴りつけてやりたい。

いや、殴るのなら自分ではなく、油妖怪と化した夫かっ!

あまりの変容。あまりの散財。

既に借金は山となり、借りる当てがない。それどころか、リザベルのドレスや宝石を売って、なんとか金を作るが、その金を持って、男爵は娼館に女を買いに行くありさまだ。


別れたい。

相場の十倍の慰謝料を支払ってでも別れたい。

が、別れるための金もない。


男爵の愛人たちは、金の切れ目は縁の切れ目で去ることは可能だが、リザベルは金が無いから離縁ができない。


リザベルにできることは、男爵を呪うことだけだ。


もげろ。

禿げろ。

地獄に落ちろ。


呪うたびに、男爵の元婚約者の女の高笑いの幻聴が聞こえてきそうだ。


「おーほほほ、ざまぁっ!」と。




終わり







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


さらにおまけ


登場人物設定など


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



■ユディート

 螺旋状にぐるんぐるんと巻かれている長い金色の髪。

 キツイ目線に派手な化粧。ど派手な赤いドレスと札束で呪いを払う『聖女』

 「おーほほほほほほっ! さあ、跪きなさいっ!」

 などと言うが、本人は清楚で可憐なお嫁さんを希望する乙女ちっく。

 治癒力もあるし、結界も張れる。『聖女』として結構万能。

 だが、呪い払いの仕事以外、あまり回されてはこない。

 孤児。17歳の時『神聖力』に目覚める。今19歳くらい。

 すらりとした肢体。じつは胸はあまりない。下着で盛っている。

 身長は165センチくらい。

 初恋はラルフ。惚れた弱みでラルフには弱い。

 ちなみにユディートのモデルは某ポ●モン。

 「ほげえええっ」という叫びから、推察してください(笑)

 結婚しても神聖力は保持。常連となった男爵の頬を叩き

 「もう辞めたい……っ! だけどラルフが肉を食べたがるから稼がないと」と

 意外にも健気げな日々(笑)

 

■ラルフ

 短めの黒髪。身長は175センチくらい。

 神殿の助祭。

 似非キヨラカ系イケメン。外見詐欺的な美形。

 神に祈る姿は本当に神々しく、また、清らか。

 口を開けば、下町のおにーちゃん。へらりと笑う。

 こんな美形な平民がいるわけはないので、たぶんどこかの偉い人の庶子。

 で、捨てられたとかではと推察される。

 が、本人はそんなことどうでもいいから、ユディートゲットに実欲行使。

 肉を食って、体力つけて、で、ユディートをいただく日々。本人的に大満足。


■騎士ファルマン

 真面目。短髪。


■高貴なご令嬢

 派手なドレスを着用。侍女付き。


■油ギッシュな男爵

 でっぷりとした腹。服のボタンははち切れる寸前。

 薄くなり、地肌が見え始めた頭部や額、鼻の頭は、確かに皮脂でテカテカ。

 妻のリザベルさんは、離縁したいができずに、日々男爵を呪う。

 そして、呪いエンドレス(笑)


■神父様

 ユディートとラルフのせいで、影の薄いおじいちゃん。

 「……ま、いいか」が口癖。

 よきに計らえ、全ては神のご意思である……と、ひなたぼっこの毎日。














カクヨム様のサポーター御礼で書いた小話の、加筆修正版です。

お楽しみいただければ幸いです。

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