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[3:実演]

 火曜日、武は興味津々で会場に乗り込んだ。20坪ほどの会場に30人ほどが集まっている。確かに結構いるじゃん。だけどこの中にサクラが混じってるはず。絶対、二、三人はサクラ。――しばらく説明聞いてればサクラが煽りだすはず。武はしばらく黙っていることにした。

「武さん……」おっ、野中さん来たな――野中さんが入ってきた。それに(おしゃべり)松井さんがおまけに付いてきた。

「あぁ、どうも、どうも」三人はヒソヒソ話をするために一番後ろの席に移動した。午後一時から、問題の『無限エンジン』の発表会――その二日目が始まった。

「皆様、お忙しいところ、わざわざお越しいただきまして誠にありがとうございます」

『無限エンジン』の発明者という芦田(あしだ)(ひろし)の解説が始まった。度の強いメガネをかけた痩せた男、いかにも学者風だ。

 まず野中さんの話の通り、『無限エンジン』のデモンストレーションを始めた。

「このとおり、電池とかは使っていません」といって芦田はエンジンの裏側を見せた。たしかに電池が入りそうなスペースはない。

「このエンジンが、いま私が特許出願中のシステムです。ここに出願書のコピーがあります。どうぞご覧になってください。内容は、はっきり申し上げて一般の方にはちょっと難しいです。もし詳しくお知りになりたい方がいらっしゃるなら、いくらでもご説明いたします。専門家でも学者でも、どうぞ質問なさってください。私は絶対の自信があります。この特許さえ下りれば世の中変わります……」と、説明は続いている。


「武さん、どうっ? どう感じる?」野中さんが小声で聞いてきた。

「今日初めて見たけどよぅ、正直、不思議な感じはあるね……インチキでも結構うまく作ってると思うよ。このあとどう突っ込んでやるか、いま考えてるとこ……」武は思案中だ。

「着てる服が貧乏くさいな――あれ、かなり安物のスーツだぜ。それってわざと貧乏学者のイメージを作ってるんじゃねえ?」と松井さんの観察が入った。


 デモンストレーションが次の段階に入った。芦田の説明に熱が入ってきた。

「皆さん、説明の最初のところを思い出してください。私、このエンジンに触っていませんよね……どこかにスイッチがありますか? ……ありませんね。なのにこのリングは回りだした……そしてずっと回っています。いいですか、なにも足さないのにこれは回っているんです。本来なら回りつづけるいうことは何らかのエネルギーが追加されていなければなりません……この状態は、見方を変えれば加速していると言えます。皆さんはモーターみたいな印象を持たれたと思いますが、回る原理はかなり近いです。いわゆる磁力が関係ありますからね。最初に私は手をかざした。それが弱い磁力に変わって、最初のごく小さなエネルギーが起き、増大して加速しはじめるんです。私、電気自動車を使ってまして、この『無限エンジン』を最大化して載せてみる予定なんです」芦田が言うように店の脇には黄色い電気自動車ビーバーが置いてあった。

「けっこう説明うまいな――まだ突っ込みどころがねえ……」武はちょっと感心した。

 デモが一段落し、質疑応答に入った。さっそく武が質問した。

「芦田さん、これ、いわゆる『永久機関』じゃないんですか? それって確か不可能っていうことが証明されてるはずなんですが」それを聞いた芦田はその手の質問には慣れているらしく、笑顔で話し出した。

「『永久機関』じゃ、ありません……『永久機関』は一度動き出したらずっと回り続けるものを指しますが、皆さんリングをもう一度見てください」芦田がリングを指さした。

「何か気付きましたか?」そう指摘されて武をはじめ、皆が一斉にリングを見つめ直した。

「あれっ、速くなってる」松田さんが叫んだ。……確かに、リングの回転速度がさっきより上がっている。

「わかりましたか? 加速しているのが」そう言って芦田は近くにあった照明スタンドを近くに寄せた。

「このリングは、ここを照らすと反射して、天井に模様が映るようになってるんです」芦田が照明の位置を調整すると、天井に模様が浮かんだ。なかなかきれいな光がグルグル回って天井に映る。「おおっ、」それを見て野中さんが思わず声をあげた。

 武も、ちょっと驚いたが、質問を変えた。「『永久機関』じゃなかったら何なんですか?」

「『無限エンジン』は言い方を変えると『宇宙エンジン』となります」と芦田が不思議な言い方を始めた。


「宇宙? ますます分からねえ、分かりやすく言ってくださいよ」武がちょっとムカついてきた。

「『ビッグバン』って皆さん聞いたことあると思いますが」芦田は手を開くしぐさで爆発を表現した。

「聞いたことあるよ、宇宙が一点から広がったっていう説でしょ」武が、そのくらい知ってるとばかりにぶっきらぼうに言う。

「その原理と同じです」芦田が自信満々に言った。

「同じ? ってどういうこと」松田さんが難しい顔で尋ねた。野中さんも――いくらなんでもちょっと話が飛躍し過ぎじゃねえの? ――という顔をしている。


「皆さん、ここが肝心です」芦田が声をちょっと低めた。

「ご存知かもしれませんがビッグバンンの後、宇宙は膨張し続けているんです。それも加速しながら……」芦田は腕を高く上げ、指をゆっくり回しながら続ける。

「いいですか、例えば原爆。爆発の後、一日後。爆発はさらに大きくなりますかね? ……爆発は収まるでしょ ――静まる。それが自然ですよね……じゃあビッグバンはどうかというと、爆発の後、さらに加速して宇宙は遠ざかっているんです。静まるんじゃなくて加速するんですよ。何かが押していると考えなければなりませんね。不思議です。さてそこで……ちょっと現実に戻りましょう……いまリングはどうなっていますか?」芦田に促されて再びリングを見ると皆がギョッとした。

「えっ」リングはさらにスピードを上げていた。

「これが『宇宙エンジン』なんです」芦田は、どうですかという顔で皆を見まわした。

「なにも足さないのにさらに加速していますね」芦田の説明に武は沈黙した。

 武は何か反論しようと考えたが、単純明快すぎて突っ込みようがない。

「ほかに何かご質問は?」芦田の質問に、一番近くにいたひげ面の太った客がズバリ聞いた。

「これって担当直入に言うと、投資してくれっていうことじゃないの?」それを聞いて芦田の顔が変わった。

「おっしゃる通りです……そこに積んである商品の『宇宙エンジン』、本物じゃありません。模型なんです。偽物を売るつもりはありません。模型です。本物は、今、リングが回っているこれだけなんです。これを一個作るのに財産をつぎ込みました。皆さま、趣旨を理解していただいて一個、一万円で買っていただけませんか? 特許が下りるまで食いつなぐ資金が必要なんです。正直、模型で一万円は高いです。皆さまには申し訳ありませんが、応援の意味で出資をお願いしたい。いかがでしょうか? これは説明が終わって最後にお願いするつもりでしたが、いま、成り行きでこうしたお願いになってしまいまして」芦田がそう懇願する姿を見て場の雰囲気が変わってきた。


 野中さんが、松井さんに手招きした。「ちょっと、ちょっと、松井さんよ、オレ、これ絶対インチキとばかりは言えないと思うんだ、どおっ?」

 松井さんは同調した。「オレも同感だな、この人まじめだよ。――必死さが伝わってくるよ。一万円ぐらいなら、騙されたつもりで払ってもいいな」

 さっきの客がさらに質問した。「見返りがあるなら私、少し余分に投資してもいいけど、どうすればいいのかな?」

 成り行きが変った。積極的に投資を申し出る人が現れた。

 そんな中、突然、武が発言した。「具体的に見返りの話を説明してくれない?」

 えっ、武さんが投資かよ? 松井さんと野中さんは顔を見合わせた。

 武の声に芦田は嬉しそうに頷いている。

「ありがとうございます。投資していただくのは無理かなと思っていましたが、一応条件は考えてあります。一万円を超え、一口(ひとくち)一万円単位でいくらでも歓迎です。特許が下りたら、頂いた金額の150パーセントをお返しするつもりです。」

 芦田が明るい顔で答えた。

「150パーセントなら悪くないけど野中さん、どうする? やってみるか?」松井さんは乗り気だ。

「申し訳ありませんが、出資法があるので、領収書には品代としか書けません。……見返りはあくまで口約束です。それでよろしければ……」芦田が控えめに小さな声で言った。

「わかったよ、わかった……あんた気に入った。こんな風にがんばってるのに困ってる人に出す金は惜しくねえ。買うよ」武は三万円出すことにした。松井さんと野中さんも同額だ。会場がざわざわとなってきた。全員が少なからず投資する気になったようだ。申し込みが相次いだ。

「がんばってよ」、「がんばって」、「よろしく」三人は芦田の肩をたたいて店を出た。

『金を捨てるかもしれないが、今日は気分がいい』日記はこの一行だ。


 翌日の夕方、松井さんが顔を出した。

「今日は最終日で40人はいたぞ。解散するとき皆、なんか嬉しそうな顔をしていたから、やっぱりほとんどが投資したんじゃないか?」

「まあ、なかなかいい話じゃね、町の発明家に皆が応援するのは……」武が胸を張った。

「おう、そうなんだけど……いまふと思ったんだが、あの人この辺の人じゃないよな……」松井さんはそう言いながら、会場でもらったパンフレットを開いた。

「東京都足立区? ――足立から来てるのか……」ちょっと遠いな。

「あちこち出向いて投資してもらうんだろ、たいへんだよな、よくやるよ……」武はそう言いながら暗算を始めた。一人平均三万として、二十、三十、四十人だと三日で九十人、「おい、二百七十万だぞ。少なく見積もっても二百万はいくな……」計算をしてみて武は少し冷静になった。今思うと、日増しに人数がどんどん増えたのが不思議だ。武は、はっと気が付いた。

「松井さん、あんた話を拡散しなかった?」と松井さんを睨む。

「あっ、ああ、あちこちに言ったよ、いい話だからさぁ」松井さんは、はにかんだ顔で答えた。

「いいけど、あんまり増えるとちょっと怖くねえ?」武はちょっと不安になってきた。

『発明は結構金になる。オレには無理だが』とその日の日記に書いたが、なぜかすっきりしない。


 木曜日、野中さんが息を切らして入ってきた。

「今日は例の店を片づける日なんだが肝心の芦田さんが来ねえ。電話しても繋がらねえ。片付けは別料金なんだが、これじゃやれねえぞ……電話しても、『その番号は現在使われていません』になっちゃう、ほったらかしで雲隠れだ。ちょっとおかしいぞ、これ……」それを聞いて武も急に不安になってきた。――まさか?。

 金曜日になっても芦田からは何の音沙汰もない。野中さん、松井さんが集まって来たが、顔を見合わせるだけで、言葉が出ない。沈黙に耐えかねて武が発言した。

「来週、このままで済むわけないぞ……」

「ポスター配ったのオレだから、絶対何か言われるな」野中さんがそう言ってため息をついた。

「一番ヤバイのは私ですよぉ」松井さんがオドオドしている。

「まだインチキに引っかかったとは言えないけど……いや、局面が変わったな。どうも悪い方らしい……」武が観念したようなイヤな言い方を始めた。

「これ、……詐欺だとしたらオレたち自身も被害者だよな……あの真面目そうで頑張ってるイメージにコロっと騙された。でも形としてはあの商品を気に入って買ったことになってるし……」と武は首を振った。

「そうそう、ちゃんと全員に領収書出してるし」野中さんも下を向いている。

「連絡取れないのが決定的にヤバイですぅ……」松井さんは泣きそうな声になった。

「こうなったら来週、三人で警察の防犯課に行ってみるしかないな……」武は覚悟を決めた。

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