表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

[2:無限エンジン]

 金曜日だった。電話が鳴った。妻の尚子が電話に出た。

「野中ですけどー、あした十時頃予約できますか?……」

「ああ、野中さん毎度ありがとうございます。十時ですね、えーと、いつもどおりでいいですか? ……空いてます。大丈夫です」

「じゃ、お願いします」

「ハイ、毎度ありがとうございます」


「土曜日は混むわね、また食事取れないかもよ」

 妻の尚子はちょっと心配だ。

「いいよ、飯なんか客の合間に一瞬で食うからさ」

 武はここで四十年、地の古い床屋である。店がちょうど上町と下町の境に位置することから、八百屋のおやじから政治家まで客層は広い。

 「野中さんっていい人だけどさぁ、グチが多くて聞くのが大変でしょ、あなたストレス溜まんない? ……」尚子は側で聞いていてもイライラするらしい。

 「確かにな、会社のうっぷんをここで晴らさなくていいじゃん、て思うけど、聞くのも商売のうちだからしょうがないべ、……」武は慣れている。

「でもあの人、散髪終わってもしゃべり続けて帰らないし……」

「適当なところでうまく話を切るのも話術」、と武は言い切る。

 四十年も床屋をやっていると、客から聞く話しもいろいろだ。椅子に座ると開放感からか、思いがけない話を聞くことがある。


 土曜日、野中さんがやってきた。

「いらっしゃい」武はいつもの調子で出迎えた

 野中さんが、何か持ってる。

「武さん悪いけどこれ貼ってくれねえかなぁ」野中さんは巻いてあるポスターを開いた。

「なんですか、コレ? ん……『無限エンジン』って何ですか?」武が聞いた。

「それ、絶対インチキ臭いんだが無理押しされて困ってんだ」

「断ればいいんじゃね……」武はあっさりと言った。

「それが断れねえんだ」

「どうして?」

「そこの工事受けたのよ、内装工事を」

「それで?」

「完成日が一日ずれた。それで相手は損害が出たっていうのよ。ミスじゃねえよ、ちょっとした行き違いだな。確かに契約書には期日が書いてあるんだが、オレはもう二、三日後(あと)でいいってニュアンスで聞いてたんだ。それで他の仕事を一日入れちゃったら、約束日に出来てねえってクレームつけやがってよ、ちょっと内装直すだけの大した工事じゃねえのにでけえ事いいやがる」

 野中さんは怒りでブルブル震え始めた。

「その変な商品の販売に協力しろって言うのさ。そしたら許すって。もうしょうがねえから、『ハイハイッ』ってポスター受け取ったわけよ」


 武はあらためてポスターを見た。じっと見て察しがついた。

「これ、永久機関じゃん。野中さんよぉ、永久機関は成立しないって証明されてるぞ」

「オレもそうだろうと思うよ」野中さんがうなづいた。「だけどさぁ、発表会を開いて証明するって言ってるんだ」

「たぶん手品みたいなことで騙す手口じゃねえ?」武は発表会でインチキを暴いてやろうと思い始めた。

「発表会っていつやんの?」

「来週、月、火、水の三日間」

「よし、オレ火曜日行くわ。行って詐欺暴く!」と、武は床屋の休みの日に発表会に顔を出すことに決めた。

「ちょっとあなた、またそういうのに首突っ込むの? いつもそうなんだから。やめてよ! 騒動にしないでよ!」聞いていた尚子があきれて忠告した。

 今日の日記

『野中さんが変な商売に巻き込まれたらしい。オレが暴いてやる。だが、尚子が警戒しててやりにくい』


 日曜日に野中さんから電話が入った。

「武さんよう、あのあと先方から工事費ちゃんともらったんだ。月曜の予定だったが、今週中に払うからってな。……武さん、火曜日行くのはいいけど、あんまり……ほらさ、あんまり過激にやらないでな……」と、野中さんのテンションはちょっと下がっている。

「いや、ぶち壊すみたいなことは考えてねえけど、……ようするにまっとうな話なら問題ないわけよオレもさぁ」武も――ちょっと冷静にしなきゃな、と思い直した。

 月曜日、また野中さんから電話が入った。

「今日見てきたぞ」

「どんな感じ?」

「いやぁ、意外にまあまあ人が集まってるんだ、二十人以上いたな。……けっこう(とし)の人が多かった」

「それでどんなことやった?」

「おもちゃのミニ4駆とかいう自動車を、まず電池で動かして見せて、そのあと電池をはずしてその『無限エンジン』っていうのと電線でつなぐんだよ、それでそのエンジンの上に手をかざすと、それがスルスルーっと回りだすのよ。……少し経つとミニ4駆も同調したように回りだす。それだけなんだが、それがずーっと回ってるのさ」と、野中さんは不思議そうに言う。

「そのエンジンってどんな物よ?」

「丸い台の上にな、十センチぐらいの丸いリングみたいのがあって、ただそれだけ。なんか仕掛けがあるだろうって裏も見たけど電池とかはないんだよな……」

「やっぱり手品っぽいな」武は疑っているが現物を見ないことにはなんとも言えない。

「明日も同じデモをやるって?」

「三日に渡ってやるみたいね。最終日に気に入ったら買ってくださいって」

「へえー、意外と消極的なんだな、こういうのってバンバン(あお)って買わせるもんだと思ったんだが」武は思いが外れた。

『あやしい、あやしい、明日絶対しっぽをつかんでやる』と日記に記して武は明日が待ち遠しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ