「12:バラモンの怪」
日曜日、武は剛田さんと合流、午後一時に蓮池家へ乗り込んだ。
幸い、前回の贈り物が効いたのか、若月さんと奥さんの対応が良い。とりあえず参拝後、隣の部屋で待ち構えることになった。僧侶は午後二時過ぎに到着の予定だ。
「ごめんください」袴を履いた中年の男二人が玄関に到着した。
さっそく若月さんが対応し、男達は宗教儀式のための座椅子を仏壇の前に運び込んだ。
暫くして「たのもう……」年寄りの声がする。
その声に若月さんがビクッとして立ち上がり、急いで玄関に向かった。
玄関で少しやりとりがあり、しばらくして若月さんに続いて『僧侶』が杖を突きながら、ゆっくりと部屋に入ってきた。追って男二人が蝋燭、太鼓などを運び込んだ。
痩せた男は70歳半ばだろうか、白髪だが真っ白ではない、髪も髭も長く、いかにも『仙人』のイメージだ。
「コホンッ」咳払いを一つ、男は座椅子に座った。座椅子は30cm程の高さの四角形の台座の上に乗っており、一段高い位置から見下ろすような体勢になる。
「良いかな?」僧侶は若月さんに向かって手を伸ばし、握手を求めるような仕草をした。
「ハイッ」と、若月さんは返事をして正座の姿勢を正した。奥さんも辛そうだが起き上がり、座椅子に寄りかかった。
僧侶が話し始める――「以前にお話した通り、この土地は呪われている。拙僧が今から悪霊を払うお祈りをする。この土地には江戸時代から繋がる霊が無数にさ迷っている、それを全て払うのは大変なことだ、私が全力で除霊をしても無理かも知れない。しかし大物を払うことで、土地は、ほぼ健全になることが出来る。そこで肝心なのは、あなたがこの土地を売り払うことだ。そうすれば悪霊は行き場を失い、もう戻れない程、地中深くに埋もれて行く。結果、あなたも、土地を買った人も害を受けないで済む」――そう言うと、持っていた扇で、いかにも悪霊を払うような仕草をした。
若月さんは頭を垂れてそれを受け入れた。奥さんも手を合わせて聞き入っている。
「なるほど、騙しの手口が分かった。こいつら許せねえ」と、隣の部屋から襖のすき間越しに見ていた武はいきり立つ。
「やっぱりね、そんな事だろうと思った。こいつら叩きだそう」と剛田さんが小声で同意した。
怒りに震える武に剛田さんが、「もうちょっとやらしてから、インチキを暴きましょう、若月さんたちは、まだ全然疑っていないから、今出るとこちらが悪者になっちゃいます」とクギを差した。
「ワーム、ティロフィンガー、ワダルカム」
突然僧侶が大きな声を上げた。
「何だ、何語だこれ?」
「わからない、アジア圏の言葉みたいに聞こえますけど……」
一瞬遅れて太鼓のリズムが始まった。
「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」、「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」
「ウィーチ、ティロフィンガー、ティドルカム」と僧侶が。
「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」、「ドンッ、ドンッ、…… ドンッ」
「ウィーチ、ティロフィンガー、ティドルカム」
このパターンが数分繰り返された。
「ティロティシー」、「ティロティシー」蝋燭を持っていた男たちが突然大きな叫び声を上げた。
「エッ」、その変化に驚いて若月さんが頭を上げた。
その瞬間、「バッ」、異様な音と共に僧侶が座った姿勢のまま空中に浮き上がった。
「ドンッ」、僧侶は少し姿勢を崩しながら元の高さに戻った。
「……」、「……」若月さんと奥さんは目を見開いたまま言葉が出ない。
「ウーメロシー」、「ウーメロシー」男達は「落ち着け」の意味だろう、低い声で唸る。
「ハハーッ」若月さんは床に頭を垂れ、ひれ伏してしまった。奥さんは目をつぶり、ひたすら手を合わせている。
武はこの展開に、正直驚いた。「まさか飛ぶとは……」
剛田さんもショックを受けたようだ。
様子を見て二人でインチキを暴く予定だったが、ちょっと「ためらい」が出た。
もう一度襖のすき間から隣を覗く。
「……、で……、直して……」男達が小声で話しながら僧侶を囲んでいる。
「カツラがズレたみたい、髭も取れてる……」武が現状を見極めた。
「ん……、ん……」剛田さんが口ごもり出した。
「芦田じゃねえか、あいつは!」と剛田さんが大声を上げた。
武も確認した。僧侶は変装した『詐欺師芦田』だったのだ。
剛田の大声は隣にも抜けた。僧侶と二人の男は手を止め、回りを見回している。
若月さん、奥さんも「何が起きたの?」と自然体に戻った。
「行くぜ!」武と剛田さんは言葉を交わす必要も無く、襖を開けた。
そこにいた全員が固まった。
「芦田、この野郎、許せねえ!」、剛田さんの一声に芦田が舞い上がった。
カツラを投げ捨てると、座椅子を降りようとして台座の角に足を引っかけた。
「ウワッ」転がる芦田、座椅子も台座から転がり落ちた。
台座の中は丸出しになった。そこには金属部品と電線のメカがセットされていた。
当然、全員の目は台座に向く。
「アワワッ」芦田が言葉にならない声を上げて逃げ出した。男達も慌てて芦田を追う。
芦田達が逃げた後、部屋は「ポカーン」とした空間になった。
しばらくして、剛田さんが口を開いた。
「若月さん、奥さん、驚かれたと思います、この台座を見れば分かるでしょう、これは電磁石を逆に使って飛び上がる力を得ているんです。こういう小道具を使う、あいつはプロの詐欺師なんですよ」
もうそれ以上の説明の必要はなくなった。武と剛田さんは芦田が持ち込んだ小道具を運び出し、
帰宅した。
良かった、あとはもう一件の買い手だな、アメリカ人だって? まともな人であることを願う、武は日記にそう記した。