第八話 燃ゆる思い出
「ああぁぁぁぁ!!」
夜闇を煌々と照らす炎に包まれた故郷を目の当たりにして、ユーサは茫然として膝から崩れ落ちた。
ザッザッザッとユーサの後を追いかけ走ってくる三人の足音が聞こえてくる。
「まさかとは思ったけど、そんな…」
「なんてこった。」
「一体何が…」
三人は口々に驚きの声を上げるも、この中では最年長であろうソドウが固まる他二人に指示を飛ばす。
「ぼうっとしている場合じゃねぇぞ!お嬢!この火消せるな。消火は任せたぞ。カヅチ!お前と俺は逃げ遅れている人がいないか村を回るぞ。」
「大丈夫、炎のことなら任せて。」
「分かりました!」
二人ともソドウの指示に我に返り、動き出す。
「おっとカヅチ、一旦待っただ。」
ガシャガシャと鎧の音を立てながら燃え盛る村の中に突入しようとしていたカヅチが、急に制止をかけられ前に転びそうになり何とか持ちこたえる。
「ちょっと!ソドウさん何ですか!?」
カヅチの抗議の声を無視してソドウはユーサの真正面で屈み肩をガシッと掴んで、信じたくない現実に思考を放棄しているかのように光を失った虚ろな瞳をまっすぐ見つめる。
「こんな状況でこんなこと言うのは酷な話かもしれんが、坊主しっかりするんだ。」
「うぅぅぁぁ…」
ろくに返事もできないユーサに対してソドウは語りかけ続ける。
「俺たちはこの村について全く知らない。まず避難所になりそうな場所を教えてほしい。頼む!しっかりしてくれ!」
ソドウの懇願に近い呼びかけもユーサには届かず、いつも夢に見ていたあの景色を頭の中で繰り返し思い返していた。
燃え盛る街、その中を歩く自分。
ただの偶然という言葉で片づけられるそれが目の前の光景と重なって頭から離れなかった。
「…仕方ない、どこか安全な場所に退避させて俺たちは突入するぞ。カヅチ、頼めるか。」
「はい」と短く返事をして、カヅチがユーサを抱え上げようとしたときザッザッザッと誰かの足音が聞こえてきた。
「ユーサ君!と、どちら様で!?」
ユーサと同じ服を着て、左手に盾を腰には剣を携えた金髪の青年、ケインが四人の元に走り寄ってくる。
「おい!ここで一体何があった?」
焦りからかソドウがケインに強めの語気で問いかける。
ソドウの雰囲気に警戒をしながらも、カヅチの鎧とマホのローブについている文様を見て驚いた様子を見せる。
「その文様、央都の…」
少し同様しながらも、姿勢を改めてソドウたちへ状況を伝えた。
「警備隊屯所付近の民家に空から何かが落下し、火元はそこだと思われます。それが村全体 に引火し、このような事態に…」
そこまで聞くと「わかった」とソドウが制止する。
「避難所はあるのか?」
「はい、緊急時は村長の家が避難所になっているので皆そこに避難しています。」
ケインは自身が来た道を指さし説明を加える。
「場所はこの通りをまっすぐに行ったところに石畳の広場があります。そこから北に続く同じ石畳の道を行けば突き当りが村長の家です。」
そこまで聞いたソドウはカヅチ、マホと顔を見合わせ、頷きケインの方に向き直る。
「そういえば名前を聞いてなかったな。」
「はい、ケイン、ケイン・アンソムです。」
ケインの名前を聞いたソドウは「そうか」と頷き、後ろのユーサを指さした。
「ケイン、あそこで項垂れちまってる坊主を任せられるか。村のことなら俺たちが何とかする。」
「ユーサ君ですか、こんな状況じゃ無理もないでしょう、分かりました。でも村を何とかするっていうのは…」
「そこにいるお嬢様は魔法の天才だ、このくらいの火事なら何とかしてくれるさ。っと魔法の準備に集中してこっちの声は聞こえてないみたいだがな。」
ソドウはマホをちらりと見て、まるで娘を自慢する父親のようにニッと笑う。
「そうです、マホさんはすごいんです。」
カヅチも加わりマホを褒める、当の本人はそんな二人の声も聞こえないほど集中し魔法を練り上げていく。
「という訳だ、時間が惜しい坊主を任せたぞ。」
ケインにそう言い残し、ソドウは燃え盛る村のへ駆けていく。
カヅチも着込んだ鎧をガシャガシャと派手に音を立てながらソドウに続いていった。
「それにしても、なんで軍の人が…?」
遠ざかっていくソドウたちの背を見送りながら疑問を溢すが、すぐにユーサの方へ振り返る。
「こんなことしてる場合じゃない!ユーサ君大変だ!」
血相を変えてユーサに駆け寄り激しく肩を揺さぶる。
「大変なんだ!君の家からも火の手が上がっている!村から離れているのに!!」
それまで虚空を見つめていた瞳が、光を失ったままのその瞳が揺さぶってくるケインをまっすぐ見つめる。
生気のないその瞳にぎょっとするが、それでもユーサの瞳を見つめ返す。
「隊長の指示で僕は今から様子を見に行くところだったんだ、君も一緒に行くだろう?」
「家が…母さん…ミ…ラ…」
ケインの手を払い、ユーサはゆっくりと立ち上がる。
「ケインごめん、ちょっとどうかしてた。」
立ち上がったユーサは先ほどと様子が違い、はっきりとした言葉でケインに謝り明るくなっている自宅の方に目を向ける。
「こんな状況じゃしょうがないさ、でも調子戻ったみたいでよかった。」
二人は顔を見合わせ頷き、ユーサの家に向けて走り出した。
いつも通っている道を二人で全力で駆けていく。
ユーサは悪魔との戦闘で、ケインは火災の混乱と救助活動で、二人とも既に体力は限界に近く呼吸も荒くなっているがその速度は落とさない。
「ハァ…ハァ…そういえば、火の原因は落下物とか言ってたっけ?」
走りながらユーサがケインに問いかける。
「あぁ、そう…だよ、でも落下物が何だったのかは…不明だけどね。」
全力疾走で息も絶え絶えになりながら言葉をつづける。
「落下地点に確認に行った…タイガ班長もその近くで…倒れていたし…班長が起きないことには…わからないかな。」
「落下物…」
―あいつら以外にも他にいて、それが落ちてきたとか…?―
ユーサはまっすぐ行く道を見据えながら少し考えを巡らせるが、ケインの言葉で中断する。
「で…落下物が、何か気になることでも?」
「まぁ、そうだけど、今は後回し!」
そう言うやさらに速度を上げてケインを突き放していく。
「ちょっと!君から言い出したんじゃないか、まったく…」
ユーサのその反応に呆れながらも、そのあとを追いかけていく。
ユーサの家の前の上り坂で、さすがにケインは速度を落としたが、近くで自宅が燃えているのを確認したユーサは速度を落とさないまま坂道を駆けあがっていく。
「ゼェ…ハァ…」
坂を上りきったところでユーサの足がもつれ、どさっと地面に倒れ伏す。
「グッ、クッソ!」
疲労で鉄塊がのしかかったかのように重い頭を持ち上げ、自宅の惨状を目の当たりにする。
炎はめらめらと燃え盛り、その勢いは衰える気配がなく家を燃やし尽くしていく。
玄関の扉は閉まったままで誰かが外に出た痕跡はない。
絶望でまた思考が止まりそうになるのを、唇から血が出る程に噛みしめて耐え、重たい体を気合で持ち上げて立ち上がる。
遅れて上がってきたケインもその惨状を目の当たりにして息をのむ。
「もしかしたら窓から逃げ出してるかもしれない。あたりを探してみよう。」
「分かった」
ケインの提案に即答し、左右に分かれて家の周りを確認する。
家の裏手まできてケインと顔を合わせると、互いに誰もいなかったことを首を横に振り伝える。
「だとすれば。」
「まだ中にいるかもしれない。」
二人一緒に玄関前まで戻り、燃え盛る家の中への突入を決意する。
「行くぞ!」
ユーサがドアノブに手をかけるも「熱ッ」と悲鳴を上げ、とっさに手を引く。
「ちょっと、当たり前だろう!さすがに焦りすぎだよ。」
「クソがッ!!」
悪態を突きながらユーサがドアを蹴破る。
バゴッと音を立てドアが外れ、ドンッとドアを踏みつけ家の中へ入っていく。
直ぐに食卓の近くで倒れている母親を見つけて駆け寄る。
「母さん!!」
倒れている母親の体を起こし、無事を確認する。
―息はしてる、早くここから連れ出さないと。―
まだ呼吸のある母親を外に連れ出そうと抱えて立ち上がったところ、ユーサを追いかけてケインが家の中に突入してくる。
「ケイン!母さんを頼む!」
ケインに抱えたばかりの母親を預け、ユーサは二階へ続く階段へ向かおうとする。
「おっと!ユーサ一体どこに…」
「ミラがまだ見つかってない!探してくる!!」
ケインの言葉を遮り階段をかけあがって行く。
「くッ!仕方ない今は早く外へ連れ出さないと。」
ケインはユーサの母親を抱きかかえ燃え盛る家から避難する。
ダダダッと階段を駆け上がったユーサは、そのままの勢いでミラの部屋の前まで走るとバンッとドアを開いた。
炎に包まれる部屋の中へ突入しミラの無事を確認しようとするも人のいる気配は全くなく、
床に落ちていた、白い石をあしらった紐の切れたペンダントがユーサの目に入ってきた。
―これは、ミラのペンダント…―
燃え盛る家の中、灼熱に晒されているはずなのに、凍えるような寒さに震えが止まらなくなる。
震える手でペンダントを拾い上げ握りしめた。
屋根か柱か、どこかがバキッと折れる音でユーサは我に返り他に何かないか部屋の中を探し始める。
ベットは慌てて飛び起きた後なのか、布団がベットから半分ほど落ちている。
ベットから目を離し、次に窓の方を見る。
ミラが飛び出たのか窓は割れており、その下にはガラスが飛び散っていた。
割れた窓にユーサは走りより外を見る。
窓の外は家の炎で照らされ、辺りは見えるものの人の姿は見えない。
「クソッ!!」
と短く悪態をつく。
―さすがに出ないと不味いか―
早く逃げないと自分も危ないと判断したユーサはミラの部屋から退散し階段へと走る。
そのまま階段を駆け下り、開け放たれたままの扉から外へと飛び出した。
「ユーサくん!無事かい!?」
ユーサの母親を安全なところへ避難させたケインが安堵の顔でユーサに駆け寄って来る。
しかし、ユーサが一人なのを見てその表情を曇らせた。
「ミラは何処にも居なかった。」
そう言いユーサは右手に握ったペンダントをケインに見せ首を横に振る。
「でも逃げた跡があった、多分無事だと…思う。」
自分に言い聞かせるように力なく答え項垂れる。
しかし、すぐに顔を上げ
「ケイン母さんを安全なとこまで…」
ユーサが全てを言い終わる前にケインがその言葉を遮る。
「一人で行くな、と言いたいところだけど仕方ない。分かったよ君のお母さんは村長の家まで送り届ける。」
とユーサの肩にコツンと拳を当て
「でも、その後は僕も戻ってくるよ。それまでは一人で深追いしすぎないようにね。」
と続け礼を言うユーサに背を向け、意識のない彼の母親を背負い村に向けて歩き出す。
―家のまわりに誰かが逃げた痕跡なんて無かったつまり…―
と不穏な考えを巡らせながら。
そんなケインを見送り、ユーサは振り返りミラを探し始めた。
第八話、お読みいただきありがとうございます!!
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それでは、また次にお会いするまで。