第七話 分かれ道
「ウオラァ!!」
怒り狂うリヤが吠え、その異常に強くなった膂力でルクシアとの拮抗を崩した。
押し切られると同時にルクシアは背後へ飛び、羽を使ってふわりと着地する。
「これは…さすがに遊んでいるほどの余裕はないな。それに傷が癒えている…転化による肉体の再構成の影響か。」
左半身がすでに悪魔のそれとなってしまったその力を実感し、ルクシアの額にジトっとした汗が浮かぶ。
「さて、ここからは本気でかかろうか。」
ルクシアが右手に持つ剣の輝きが増し、まるで昼間であるかのように周囲を明るく照らし、空いている左手にも眩い光が収束し始める。
リアは強くなった光を嫌うかのように左腕で顔を覆い、ルクシアに向けるその視線はさらに憎しみの色が増していく。
「半身とはいえ魔族となった貴様にはさぞ辛かろう、だがこれはただの目くらましではないぞ。」
そう言うやルクシアは左手をリヤへ向け、掌に収束していた光を射出した。
光はリアを目掛けて飛翔する最中に鋭い矢のような形をとり、動きを止めていたリヤは避けることもままならず、もろに光を喰らう。
「ガッ!!」
光は衝突すると同時にパァンとはじけ、リアはその衝撃に耐えきれず上半身を大きく後ろにそらし一歩下がる。
衝撃から立ち直ると、今度はルクシアの放つ神々しい輝きを眩しそうにしながらも、その目をそらさず一歩一歩と距離を詰めていく。
「あれを受けてもほとんど無傷とはさすがに想定外だな…」
今しがたリヤへの評価を改めたばかりだが、それすらも認識が甘かったと理解する。
自身の急な変貌に戦慄するルクシアの様子など意に介さず、殺意の衝動に突き動かされるリヤは地面をダンッと力強く蹴り、再度の突撃をかける。
その急な動作にルクシアは一抹の恐怖を覚えるも、すぐに気を取り直し闇の塊となったリヤを迎え撃つ。
ズガァンと今までにないほどの轟音と衝撃を響かせ、再び光と闇の衝突が起こる。
「ウラァァァ!!」
獣のような雄叫びを上げこのまま圧し潰さんとする程の力で押すリヤに対して、ルクシアは背中の翼から力を放出しそれを推進力に対抗する。
「セアァァァ!!」
翼からキィィィィンと甲高い音をさせ、一気にリヤを押し返した。
「ガッ!?」
体制を崩し驚いた様子のリヤの隙を突き、そのまま斜め一直線に一撃を浴びせる。
「オッ…ラァッ!!」
受けた一撃にひるみながらもリヤは右手の折れた槍を突き出した。
「浅かったか!」
リヤの反撃にも即座に対応し、ルクシアは軽やかなステップで右へと躱す。
それを見たリヤもすかさず槍を右へと払う。
ルクシアはザッと地面を蹴って後ろへ飛びそれを躱す、しかし。
「何ッ!?」
リヤの払った穂先から闇をまとった斬撃が放たれたのを見てルクシアは驚きの声を上げた。
「フッ!」
だが驚きはしたもの光る剣を振るい斬撃を相殺する。
「ウラァァァァ!!」
自身の攻撃が相殺されたのを見てもリヤはひたすらに斬撃を飛ばし続けルクシアに迫っていく。
ルクシアは迫りくる無数の斬撃に一切怯むことなく、最小限の動きで、的確に斬撃を相殺し続ける。
「セイッ!!」
ルクシアの気合と共に振りぬかれた剣から、神々しい光の斬撃が放たれ、リヤの放った斬撃を次々と破壊しながら宙を駆ける。
「グッ!アアァァァァ!!」
リヤは両手に持つ折れた槍に闇の力を集め防御を試みるも、一瞬でそれは破られ家屋の壁を破壊しながら光の斬撃と共に飛んでいく。
ルクシアも背中の翼を羽ばたかせそれを追いかけていった。
家屋をいくつか破壊してようやく衰えた光の斬撃が最後の壁を破壊し、リヤは突入した建物の中で荒く息を切らしながら倒れ伏す。
「きゃあああ!」
甲高い悲鳴が聞こえて重たい頭をゆっくりと持ち上げると、そこには幼馴染であるユミの姿があった。
「ユ…ミ…?」
驚愕と恐怖の目で自分を見つめる幼馴染の姿を見てリヤの頭の中の暗い感情は薄らぎ、冷静さを取り戻す。
「ウソ…リヤ、なの…?」
ユミも半身が悪魔に変わり果てたリヤの姿を見て驚きを隠さないものの怪我を負っているリヤに駆け寄り傷の具合を確認する。
「その体…それにこんな傷一体何があったの!?」
「オレのことはいい。それよりおじさんとおばさんは?ここにはお前だけか?」
再びできた傷口を抑えながらリヤは体を起こす。
「お父さんとお母さんは村長の家に避難してる。私は忘れ物を取りに来ただけ。」
傷口から血を流し続けるリヤを気遣いながら問いにそう答える。
「そうか…それならよかった。ユミも早く逃げろ、すぐにでも奴が追ってくる。」
リヤは痛む体でゆっくりと立ち上がり、ユミに背を向けそう告げる。
「いやだよ、リヤを置いて逃げるなん…」
「タイガさんがやられた。」
自身の警告を無視して逃げることを拒むユミの言葉を遮り、一言それだけをこぼす。
「え…タイガさんって警備隊の…?」
村の誰もが知る警備隊のナンバー2が敗北したと聞いて、ユミは理解できないという顔を浮かべるが、すぐさま怯えた表情になりリヤの腕を縋り付くようにグッとつかんで引き留める。
「そんなの…リヤ一人じゃもっと駄目じゃない!逃げるんだったら一緒に逃げないと!」
「大丈夫だ、今のオレなら多分やれる。」
そう断言するリヤの瞳にいつもは違う禍々しい何かを感じたユミは「ヒッ」と短く悲鳴を漏らし、リヤを掴む手の力を緩めた。
リヤはその隙にスッとユミの手から抜け出し、グッと強く折れた槍を握りしめる。
「わかったなら早く逃げろ、お前を守ってやれるほど余裕がない。」
余裕がないのは敵との戦いに対してなのか、それとも自身の中の邪悪な何かに対してなのか、それすらも分からないままリヤは再びルクシアとの戦いに臨もうと一歩踏み出した。
その時、突然バッと光り輝く何かが現れリヤの前に立ちはだかる。
「やっぱり追ってきたか。」
先ほどの荒れ狂う様子とは違う物静かなリヤに「ほう」と驚きつつも、シュッと剣を払いルクシアは構える。
「多少はまともに話せるようになったか。」
「おかげさまでな、少しは頭が冷えたぜ。」
リヤは挑発的に返しつつ、首に手を当てぐるりと回す振りをしながら後ろのユミに「逃げろ」と視線を送る。
実際にタイガを討ったという相手を目の前にして、ユミは足がすくんだのかその場にへたり込んでいた。
それを見て「チッ」と舌を鳴らし、ユミをかばうように立ち、ルクシアを鋭く見つめる。
「なんだ、お邪魔だったか?」
からかうように笑うルクシアを一層鋭く睨みつけるリヤは、今にも飛びかかって行きそうなほどに強烈な殺気を放っていた。
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ。」
「フッ、まぁいい。貴様はここで始末するが、後ろの彼女は逃がしてあげよう。無抵抗な者を虐殺する悪魔のような趣味はないからな。」
「今更…」
『今更何を抜かす』と言いそうになった口をつむぎ、冷静に考える。
―ここで無意味に突っかかるよりも、ユミを逃がしてからのほうが遠慮なく戦れる…―
「わかった。ユミ聞いてただろ、早く逃げろいいな?」
ユミはコクコクと頷いて、未だ震えている足で何とか立ち上がりヨタヨタとその場から離れていった。
振り返りその様子を見届けたリヤは、ルクシアに向き直り両手に持つ折れた槍を構える。
それが再開の合図だったかのようにルクシアが踏み込み片手で正面からリヤに剣を振り下ろす。
リヤはそれを左手に持つ槍の下半分で防ぎ、右手に持つ穂先を相手に向けて突き出した。
しかし、その一撃はルクシアが放っていた光弾がリヤの背中に命中したことで、軌道がそらされ脇をかすめる。
ルクシアは突きの勢いで懐に潜り込んできたリヤの顔面を左手でガシッと掴み、直接光弾を顔面に叩きこんだ。
「ガハッ…」
顔から煙を吹きながらガクンと頭を垂らし、地面に膝をつく。
「これで終わりだ。」
それを好機と見たルクシアがリヤの首を斬り落とさんと剣を振り上げ、そして振り下ろした。
「ま…だだ!!」
そう呟いたかと思うと、グンと首を持ち上げ両手に持つ槍を交差させてルクシアの剣を受け止める。
「オォォォォォォ!!!」
腹の底から絞り出すような声を上げルクシアを押し返し、弾き返した。
タイガが一度見せたそれを、タイガほどの完璧なものでは無いにせよリヤは無意識にやってのけた。
既に一度見ていたことと、不出来な仕上がりであったことも併せて、ルクシアはすぐさま体制を立て直しリヤに向けて立て続けに三発光弾を左手から放つ。
ルクシアの放ったそれを、片膝をつきながら両手の得物で一、二、三と叩き落していく。
立ち上がりざま、体を回転させながら力を込めた飛斬をルクシアに向けてお返しとばかりに放った。
「フンッ」
ルクシアはそれを軽くあしらい、今度は両手で剣をしっかりと持ち、翼と足の力を推進力にしてバッとリヤへと斬り込む。
「早いッ!!」
横に転がり何とかそれを避け、二撃、三撃と続く斬撃を地を這うようにして避けていく。
―何とか見える、避けられる。―
「フン、まるで地を這う鼠のようだな。」
逃げ続け再び距離をとったリヤに、見下し、蔑む言葉を吐きながらも、自身の動きに対応され始めているのを感じたのか、ルクシアに焦りが見え始める。
「ハッ!言ってろ。」
立ち上がったリヤは、両手の得物を構え腰を落とし、相手の動きにいつでも対応できるよう構えをとる。
「これ以上時間をかけるわけにはいかないのでな、そろそろ終わりにさせてもらおう。」
ルクシアの剣がさらに光を強くなり、見ているだけでも目が焼けそうなほど光り輝き、真夏の太陽に照らされているかのようなジリジリとした暑さがリヤにまで伝わってくる。
―あんなのまともに打ち合ったらまずい!―
直感でそう感じ取ったリヤは、すぐさまルクシアに背を向け、大地を蹴り片方しかない翼で飛び立とうとする。
しかし、ルクシアがそれを許すはずもなく光のような速さでリヤに接近し、転化していない右半身目掛けて刃を振り下ろす。
「グアァ!!」
リヤは無意識に闇の力を背中に集め守りを固めていたが、それは容易く破られ右肩から腰まで深々と刃が切り裂いていく。
転化前に斬られた時よりも熱いその傷跡から熱が広がり、体の内側すべてが燃やし尽くされたかのような錯覚に襲われ、リヤは意識を手放した。
「あ…ぁ…」
「戦場で敵に背を向けるなど愚の骨頂。しかし、あれでもまだ仕留めきれんとはな。」
どさりと倒れ、ピクリとも動かないリヤを見下ろし首筋に刃を当てる。
「半分魔族になっていない現状でこれほどまでの力、生かしておくのは危険すぎる。」
ルクシアが手に力を籠めリヤの首を斬り落とそうとしたとき。
「だめぇぇぇ!!!!」
離れた建物の陰から悲鳴と同時に強烈な閃光が迸ったかと思うと、リヤの周りに光が集まり、膨張しルクシアを弾き飛ばした。
「ッ!!何が起こった!」
弾き飛ばされるもすぐに体制を立て直したルクシアが警戒を最大限に強め周りを見渡す。
先ほどの閃光が生まれた場所を見てもすでに消えており、視線をリヤへと移す。
「何だあれは!?」
倒れて未だ動かないリヤの周りを半球状の光がまるで守るかのように取り囲んでいた。
警戒しながらもルクシアは近づき、間近でそれを確認する。
「光の結界か…?しかし誰がこんなものを。」
そう口に出しつつも、光の結界を生み出した者について薄々予想はできていた。
「フンッ!」
ルクシアは光の結界目掛けて剣を振り下ろすも、刃は光に拒まれリヤに近づくことができない。
「ハアァァ!」
力を籠めもう一度振り下ろすも、結界はびくともしなかった。
「固い、訳ではないが強い力で拒まれているな…」
一瞬考えた後、ルクシアは破壊を諦め、結界を生み出したであろう人物のもとへと歩み始める。
先ほど悲鳴と閃光が発せられた建物に近づき、陰から倒れている人の手を見つけルクシアは小走りになってそれに駆け寄った。
「おい!大丈夫か!」
うつ伏せに倒れているその姿を見て、そばで屈み無事を確かめる。
「しかし、これは…私以外が下りてきた気配はなかったが。」
そう呟くルクシアが見つめる人物の姿は服装こそ違えど、背に生えた一対の翼と、純白の髪という彼女とよく似た姿をしていた。
倒れている人物を仰向けにして抱え、その顔を見た時、ルクシアは今日何度目かの驚きの表情を浮かべた。
「先程逃げた少女か!?まさかこの子も転化しているだと!?」
ただの与太話だと思っていた事象が目の前で二度も起きたことに思考停止しかけたが、なんとか気を取り直して状況を整理する。
―まず、この子が結界の張られる直前に光った場所に倒れているということは、その時に転化し結界を張ったのだと考えられる。それも私が破壊できないほどの強度で…―
―あの槍使いもそうだが、人間が転化するとああも強い力を宿すものなのか…いや今このことについて考えても仕方がない。―
頭を振って一度思考を切り替える。
―槍使いも気がかりだが、今はこの子をどうするかだ。人間は未知なるものを恐れると聞く、ここにいればこの子がどんな目に合うかはわからない、それにあの力、放っておくには惜しい。―
―槍使いを始末しようにも結界が消える様子もない、それに消えるまで待っている余裕もないな。―
一度リヤのほうを見てすぐに目を離し、ユミを両手で抱えるとスッと立ち上がり翼を目いっぱいに広げる。
「この子は我々の新しい仲間として迎え入れるとしようか。」
そう言うと広げた翼をバサッと羽ばたかせ、ユミを抱えたルクシアは暗い空へと消えていった。
ルクシアが飛び立ったのを確認して、瓦礫の中に倒れていた悪魔の女がむくりと起き上がる。
魔法で治療したのか、それとも、もともと治りが早いのか、傷の塞がった胸元を抑え、ゆっくりと歩きだす。
まず近くで倒れていたタイガに歩み寄り、腰に帯びている細身で短い杖を抜きタイガへと向ける。
「静かなる闇よ、この者に癒しを…」
小さく呟いたかと思うと、宵闇色の力がタイガの全身を包み傷がみるみるうちに塞がっていく。
「これでよし、後は。」
タイガと同じく倒れているリヤの方に視線を向け、再び歩き出す。
リヤを包む結界に触れるとバチッと閃光が走った。
「いたっ!」
小さく声を上げるも、すぐさま杖を振り結界を解除しようと試みる。
「ん、これでもダメか、そりゃあんな斬る、壊すしかできない蛮族にはどうしようもならないか。」
ルクシアを罵りながらも杖を構え再び解除を試みる。
「すごい、あんな一瞬でこれほどの守りの結界を…この子を守りたいって気持ちがすっごく伝わってくる。」
悪魔の女は解きほぐすように結界を解除していく。
「愛のなせる業ってやつ?大丈夫だよ、この子を傷つけたりはしない、助けたいんだ。」
結界を張った誰かへ語りかけながら結界を解き、そして解除する。
「やった!」と短く喜びリヤへと歩み寄っていく。
「この子もひどい傷…いま治してあげるから。」
背中の傷を見て苦々しい表情を浮かべながらも、悪魔の女は杖をリヤに向け、タイガにした時と同じ言葉を呟く。
背中の傷が塞がっていきリヤの顔も心なしか穏やかな表情になっているように見えた。
「まさか人間が私を助けるためにこんな危険を冒すだなんて思いもしなかった。」
リヤの傷跡を優しくさすりながら柔らかな笑みを浮かべる。
「それにこの子、魔族になっちゃってるし、このままだとまずい…よね?うん、この子にはお礼もしたいし連れて帰っちゃうか。」
右半身も完全に魔族となったリヤを「んしょ」と小さな掛け声とともに両手で抱き上げ立ち上がる。
「あれ、完全に魔族になっているのに右の翼がないな…転化の途中であんな強烈な光の一撃受けちゃったからそのせい?」
その違和感も「まあいいや」と一言で片づけ、リヤを抱えたまま数歩駆けた後、翼を羽ばたかせて夜の闇へと消えていった。
第七話、お読みいただきありがとうございます。
面白いと感じていただけたら幸いです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
それでは、また次にお会いするまで。